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あの日、悠斗と別れてからの帰り道を、俺はどうやって歩いたのかよく覚えていない。
ただ、悠斗の言葉だけが、何度も頭の中で繰り返されていた。
『美咲が好きなんだ』
それも高校の頃から。……つまりは、出会ってから、ずっとだ。
つまり。
文化祭も。
夏祭りも。
修学旅行も。
受験勉強の時も。
俺達が三人で過ごした時間の全部を、悠斗はそんな想いを抱えたまま過ごしていた事になる。
そんな事にも気付けなかった自分に、少しだけ腹が立った。
* * *
「春樹、おはよー!」
翌朝。
大学へ向かう途中の駅前で、美咲がいつものように手を振りながら駆け寄ってきた。
見慣れた笑顔。
見慣れた声。
見慣れた仕草。
そのはずなのに、何だか昨日までと違って見えた。
「……春樹?」
「ん?」
「何か元気なくない?」
「そうか?」
「そうだよ」
美咲が身体を寄せ、じっと顔を覗き込んでくる。
近い。
近すぎる。
胸が苦しくなって、思わず視線を逸らした。
「……寝不足」
「あー。春樹たまにあるもんね」
美咲はあっさり信じて身体を離した。
……昔からそうだ。
美咲は俺を疑わない。
それが少しだけ申し訳なかった。
* * *
講義中、ふと隣の席へ目を向ける。
隣では美咲がノートを取っていた。
講義を真面目に聞く、真剣な顔。
時々少し首を傾げる癖。
考え込む時に唇へ指を当てる仕草。
昔から知っているはずなのに。
改めて見ると妙に意識してしまう。
健康的な桃色の唇に、視線が吸い込まれてしまう。
時々さらりと垂れる髪を、耳にかける仕草を目で追ってしまう。
……長く一緒に居過ぎて、麻痺していただけで、美咲は……。
——それ以上考える事をやめて、視線をノートに戻した。
* * *
講義が終わり、次の教室へ移動する間、自動販売機で飲み物を買いに行った時だった。
飲み物を手に美咲の元へ戻ると、同じ講義を取っていた同期の女子が何かを美咲へ話しかけている所だった。
美咲が笑い、その笑顔につられて周囲も笑う。
自然と人が集まる。
昔からそうだった。
美咲の周りにはいつも人がいた。
でも、美咲の隣に立てるのは、いつだって俺だけだと思っていた。
それは本当に俺だけの特権だったんだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
昨日までは考えもしなかった事だった。
ゴトンッ
「っ……。まただよ」
手から滑り落ちたペットボトルを拾い、美咲に話しかけるタイミングを失ったまま次の教室へと歩いた。
* * *
「春樹お疲れー!」
昼休み。
学食へ向かう途中で悠斗と合流する。
彼はいつも通りだった。
まるで、酒に酔った自分が見た幻だったのではないかと思うくらいに。
「腹減ったぁ~。あ、今日俺何食べると思う?」
「かつ丼」
「正解! なんで分かった?」
「お前だから」
「ふはっ。さっすが春樹君だ」
豪快に笑う。
いつもと変わらない態度と笑顔。
……変わったのは俺だけだった。
悠斗を改めて見る。
背が高く、顔も良い。
運動もできて性格だって良い。
そうだ、彼は高校時代から女子に人気があった。
……もし美咲が悠斗を好きになったとして。
それを責める資格なんて、俺にあるだろうか? ……いいや、俺にはない。
そう、思ったのに。
胸の奥がまたズキズキと痛んだ。
* * *
その日の夕方。
講義が終わり、三人で駅へ向かって歩いていた時だった。
「うわっ!?」
不意に身体が傾いた。
何でもない場所。
何でもない段差。
なのに足が引っ掛かった。
「「春樹!」」
美咲が慌てて腕を掴んで引っ張り、悠斗が俺が倒れる寸前で何とか身体を支えてくれて事なきを得た。
「大丈夫?」
「……ああ、助かったよ」
「びっくりした……どうしたよ春樹」
「疲れちゃった? 今日一日何か不調だったみたいだし……」
「……かもな」
最近そんな事ばかりだ。
缶コーヒーを落としたり。
ペンを落としたり。
今日も朝から二回ほどシャーペンを取り落とした。
でも、そんなの誰にだってある事だ。美咲の言う通り疲れてるんだろう。
だから俺は、その時も気にしなかった。
* * *
ベッドに寝転びながらスマホを見る。
ホーム画面には高校の卒業式の日に撮った写真。
俺と美咲と悠斗。
三人が笑っている。
その写真を眺めながら、ふと気付いてしまった。
ずっと認めたくなかった。
ずっと前から分かっていたはずなのに、気付かないふりをしていただけだった。
俺は、美咲が好きなんだ。
幼馴染みとしてじゃない。家族みたいな存在だからでもない。
女性として。
一人の異性として。
ずっと。
ずっと昔から、好きだったんだ。
天井を見上げる。
胸の奥が苦しかった。
嬉しい訳じゃない。
幸せでもない。
ただどうしようもなく苦しかった。
なぜなら、その想いを自覚した時にはもう……。
悠斗も同じ場所に立っていたからだ。




