表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誓いのキスは手の甲に  作者: 濃厚圧縮珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/30

22

 車椅子の生活にも少しずつ慣れてきた、ある休日の正午頃。


「動物園行こうぜ! 動物園!」


 遊びに来ていた悠斗が、突然そう言い出した。


「は? なんで急に」


「いや、春樹お前最近家に籠もりがちだろ。たまには、外の空気吸わないと」


 悠斗は、にっと笑った。


「それに俺、ペンギン見たい」


「子供かよ」


「お前もだろ!」


「いいねぇ! 行こうよ! 動物園!」


 ……結局、美咲も乗り気になって。

 俺達三人は、飛び込みで動物園へ行く事になった。



*   *   *



 車椅子での外出は、思っていたより悪くなかった。

 悠斗が車椅子を押してくれて、美咲が隣を歩く。

 

 パンフレットを広げ「次どこ行く?」なんて騒ぎながらも、しっかりと俺の事を気にかけてくれている。

 その心遣いがありがたくて……温かくて、申し訳なかった。 




 昼間のライオンは、やっぱり寝てばかりだった。

 続けて見た象は、車いすで視点が低いのもあってか、悠斗並みに大きく感じた。


 ……悠斗お目当てのペンギンは、確かに可愛かった。



「見ろよ春樹! 可愛すぎだろ……! よちよち歩いてる!」


「うるさい。頭上で叫ぶな」


「ひでぇ!」


「あっはは!!」


 美咲が、けらけら笑っている。

 ……久し振りだった。

 こんな風に、何も考えずに笑えるのは。

 車椅子だって事も。

 病気の事も。

 今だけは忘れていられた気がした。


*   *   *



 園内の休憩スペースでベンチに腰掛け、三人でソフトクリームを食べていた時だった。

 悠斗が飲み物を買いに自販機を探して人混みに消えた後、俺と美咲は並んでぼんやりと、行き交う人達を眺めていた。

 

 家族連れが多い。休日の動物園だから当たり前だ。

 

 すぐ近くを小さな男の子が走って通り過ぎた。


「まてー!」


 きゃっきゃとはしゃぎながら、全力で走っている。

 その後ろから、父親が必死に追いかけてくる。


「こら、危ないぞー!」


 父親は男の子をひょいと抱き上げて、そのまま肩車をした。

 男の子がきゃー! と、嬉しそうな声を上げる。


 その親子の歩いていく先には、男の子の母親と、手を繋いでいる小さな女の子もいた。

 「ぞうさん、おっきかったねぇ」なんて話しながら、笑顔で歩いていく。

 ……どこにでもある、休日の家族の風景だった。



 俺は何の気なしに、隣の美咲を見た。

 そして……気付いてしまった。


 美咲は俺と同じ親子を見ていた。

 肩車をされた男の子を。

 手を繋いだ、女の子を。


 ソフトクリームを舐める手を止めて……目で、追っていた。

 その横顔には、何の表情も浮かんでいなかった。

 

 笑ってもいない。

 泣いてもいない。

 

 ただ、静かに……その風景を見ていた。

 ……まるで、自分には手の届かない、遠い場所を見るみたいに。


 俺は咄嗟に目を逸らした。

 見てはいけないものを見てしまった気がしていた。



「……春樹?」


 美咲が、こちらを向く。

 既にいつもの美咲の顔に戻っていた。


「どうしたの? ソフト、溶けてるよ?」


「あ……ああ、悪い」


 慌てて溶けて垂れかけているソフトクリームを舐めた。

 美咲はそんな俺の様子を見てくすっと笑って、それから何事もなかったようにまた話し始めた。

 

 次は、どの動物を見ようか、とか。

 お土産は何を買おうか、とか。

 

 ……美咲は、何も言わなかった。

 さっき、自分が何を見ていたか。

 その時、何を思っていたか。

 何一つ口にしなかった。

 

 いつも通り、明るく笑っていた。


 ……でも、俺は見てしまったのだ。

 美咲が本当は、何を求めているのかを。



 肩車をする父親。

 手を繋ぐ母親。

 子供と笑い合う家族。

 

 ……それは、俺には絶対にあげられないものだった。

 車椅子の俺には。

 これから、手も動かなくなる俺には。

 美咲を肩車する子供の隣に立たせてやる事はできない。

 

 美咲が欲しいもの。

 美咲が本当は手に入れるべきだったもの。

 それを、俺は一つもあげられない。


 戻ってきた悠斗が、「お、何の話してたん?」と、缶ジュースを差し出してくる。


「別に! 次、どこ行くか考えてた所だよ~!」

 

 美咲が明るく答える。

 俺も笑って話を合わせた。

 


 空は、よく晴れていた。

 絶好の動物園日和だった。

 楽しい、一日だった。


 ……それなのに。

 胸の奥には小さな棘が刺さったまま。

 その棘は、家に帰ってもずっと抜けなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ