20
あれから、一年が過ぎた。
俺と美咲と悠斗は、相変わらず三人でつるんでいた。
ただ、関係は少しだけ変わっていた。
美咲は宣言通り俺のそばに居続けた。
いや居続けたなんて、生易しいものじゃない。
美咲は、諦めていなかった。
俺が「恋人にはなれない」と言ったあの日から、美咲は事ある事にその線を越えようとしてきた。
「春樹~! はい、あーん♪」
「自分で食えるって」
「いいから! 練習練習!」
「何の練習だよ」
……そんな調子で。
俺が拒んでも、笑ってまた距離を詰めてくる。
しつこくて。
お節介で。
……でも、その明るさに、何度も救われた。
俺の身体が、少しずつ言う事を聞かなくなっていく中で。
美咲の諦めの悪さは、不思議と俺の心を腐らせなかった。
* * *
身体の方は、ゆっくりと確実に蝕まれていた。
長く歩くと、足が縺れるようになった。
だから俺は、杖を使い始めた。
最初はもちろん抵抗があった。
二十一歳で杖をついているだなんて、コスプレか何かか? と、周りの目が気になった。
でも、悠斗がけらけら笑って言った。
「いいじゃん、渋くて! ステッキって呼べよ、ステッキ」
その一言で、なんだか、どうでもよくなった。
……あいつには敵わないや。
* * *
大学三年になった。
同期達と受ける講義も、少しずつ雰囲気が変わり始めていた。
周りが就職活動の話をするようになったのだ。
エントリーシートやら業界研究やインターン等々。
みんな自分の将来に向かって動き出している。
学食でもその話題が増えた。
「美咲はもうどこ受けるか決めた?」
同じゼミの友達が、美咲に訊いていた。
「んー。まだ、ちゃんとは決まってないかな」
「えー、早く動いた方がいいよ? 美咲、成績いいんだから、選び放題でしょ」
「あはは、どうかなぁ」
美咲は笑って誤魔化していたが、俺はその横顔を黙って見ていた。
* * *
帰り道。
いつものように、三人で駅へ向かって歩く。
俺の歩調に合わせて、二人がゆっくり歩いてくれる。
悠斗が、コンビニに寄ると言って、少し離れた。
二人になった時、俺は何気なく訊いた。
「美咲はさ。将来、何になりたいんだ?」
美咲が、きょとんとした顔をする。
「なんで、急に?」
「いや。みんな、就活の話してるからさ……。美咲って頭いいし、やりたい事あるんじゃないのかなって」
美咲は、少し、考えるような顔をした。
それから、ふっと空を見上げて記憶を辿るように目を細めて口を開いた。
「……私さ、昔から子供が好きなんだよね」
「そうなの?」
「うん。早くお母さんになりたいなって。……まぁ、しばらくは無理だろうし、保育士とか、幼稚園の先生とかいいなって! そう思ってたんだ」
その横顔はどこか夢を見るような顔だった。
「小さい頃に憧れてた先生がいてさ。その人みたいに、子供達に囲まれて、笑ってる毎日って、いいなぁって」
「……あ、もしかして恵子先生?」
「当たりっ! やっぱり春樹も覚えていたかぁ~!」
嬉しそうに表情を綻ばせたその笑顔を見て――胸の奥が、ちくりと痛んだ。
子供。お母さん。
……それは、美咲の未来の話だった。
俺がいたら、叶えられない未来の話だ。
「でもね」
さっきまでの、夢を見るような顔がふっと消える。
「最近はちょっと違う事も考えてて……」
「違う事?」
「うん」
美咲は俺の方を見なかった。
顔は空を向いたまま、言った。
「介護の勉強も、同時に進めてるんだ」
心臓が、嫌な音を立てた。
「……それ」
「あ、言っとくけど、春樹の為にじゃないからね?」
美咲は先回りするように言った。
「私がやりたいから。私が決めた事だから」
でも、そう告げる声には少しだけ、無理をしているような色が混じって聞こえていた。
俺は、何も言えなかった。
言えるわけが、なかった。
美咲が、夢を諦めようとしている。
保育士になって、子供達に囲まれる未来を。
……俺の為に。
でも美咲は『自分の為』だと言った。
……本当にそうなのだろうか?
俺がいなければ。
俺が、こんな身体じゃなければ。
美咲は何の迷いもなく、夢に向かって走っていけたんじゃないのか。
コンビニから戻ってきた悠斗が、「何の話?」と、明るく訊いてくる。
「なんでもないよ」
美咲はいつもの笑顔で答えたが、俺には彼女の笑顔が、今日はやけに遠くに見えた。




