表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誓いのキスは手の甲に  作者: 濃厚圧縮珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/30

20

 あれから、一年が過ぎた。

 

 俺と美咲と悠斗は、相変わらず三人でつるんでいた。

 ただ、関係は少しだけ変わっていた。

 美咲は宣言通り俺のそばに居続けた。

 

 いや()()()()なんて、生易しいものじゃない。

 美咲は、諦めていなかった。

 俺が「恋人にはなれない」と言ったあの日から、美咲は事ある事にその線を越えようとしてきた。


「春樹~! はい、あーん♪」


「自分で食えるって」


「いいから! 練習練習!」


「何の練習だよ」


 ……そんな調子で。

 俺が拒んでも、笑ってまた距離を詰めてくる。

 しつこくて。

 お節介で。

 ……でも、その明るさに、何度も救われた。


 俺の身体が、少しずつ言う事を聞かなくなっていく中で。

 美咲の諦めの悪さは、不思議と俺の心を腐らせなかった。



*   *   *



 身体の方は、ゆっくりと確実に蝕まれていた。

 

 長く歩くと、足が縺れるようになった。

 だから俺は、杖を使い始めた。


 最初はもちろん抵抗があった。

 二十一歳で杖をついているだなんて、コスプレか何かか? と、周りの目が気になった。

 でも、悠斗がけらけら笑って言った。


「いいじゃん、渋くて! ステッキって呼べよ、ステッキ」


 その一言で、なんだか、どうでもよくなった。

 ……あいつには敵わないや。



*   *   *

 

 

 大学三年になった。

 同期達と受ける講義も、少しずつ雰囲気が変わり始めていた。

 周りが就職活動の話をするようになったのだ。

 

 エントリーシートやら業界研究やインターン等々。

 

 みんな自分の将来に向かって動き出している。

 学食でもその話題が増えた。


「美咲はもうどこ受けるか決めた?」


 同じゼミの友達が、美咲に訊いていた。


「んー。まだ、ちゃんとは決まってないかな」


「えー、早く動いた方がいいよ? 美咲、成績いいんだから、選び放題でしょ」


「あはは、どうかなぁ」


 美咲は笑って誤魔化していたが、俺はその横顔を黙って見ていた。



*   *   *



 帰り道。

 いつものように、三人で駅へ向かって歩く。

 俺の歩調に合わせて、二人がゆっくり歩いてくれる。


 悠斗が、コンビニに寄ると言って、少し離れた。

 二人になった時、俺は何気なく訊いた。


「美咲はさ。将来、何になりたいんだ?」


 美咲が、きょとんとした顔をする。


「なんで、急に?」


「いや。みんな、就活の話してるからさ……。美咲って頭いいし、やりたい事あるんじゃないのかなって」

 

 美咲は、少し、考えるような顔をした。

 それから、ふっと空を見上げて記憶を辿るように目を細めて口を開いた。


「……私さ、昔から子供が好きなんだよね」


「そうなの?」


「うん。早くお母さんになりたいなって。……まぁ、しばらくは無理だろうし、保育士とか、幼稚園の先生とかいいなって! そう思ってたんだ」


 その横顔はどこか夢を見るような顔だった。


「小さい頃に憧れてた先生がいてさ。その人みたいに、子供達に囲まれて、笑ってる毎日って、いいなぁって」


「……あ、もしかして恵子先生?」


「当たりっ! やっぱり春樹も覚えていたかぁ~!」


 嬉しそうに表情を綻ばせたその笑顔を見て――胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 

 子供。お母さん。

 ……それは、美咲の未来の話だった。

 俺がいたら、叶えられない未来の話だ。



「でもね」


 さっきまでの、夢を見るような顔がふっと消える。


「最近はちょっと違う事も考えてて……」


「違う事?」


「うん」


 美咲は俺の方を見なかった。

 顔は空を向いたまま、言った。


「介護の勉強も、同時に進めてるんだ」


 心臓が、嫌な音を立てた。


「……それ」


「あ、言っとくけど、春樹の為にじゃないからね?」


 美咲は先回りするように言った。


「私がやりたいから。私が決めた事だから」


 でも、そう告げる声には少しだけ、無理をしているような色が混じって聞こえていた。


 俺は、何も言えなかった。

 言えるわけが、なかった。

 美咲が、夢を諦めようとしている。

 

 

 保育士になって、子供達に囲まれる未来を。

 ……俺の為に。

 

 でも美咲は『自分の為』だと言った。

 ……本当にそうなのだろうか?

 

 俺がいなければ。

 俺が、こんな身体じゃなければ。

 

 美咲は何の迷いもなく、夢に向かって走っていけたんじゃないのか。

 

 コンビニから戻ってきた悠斗が、「何の話?」と、明るく訊いてくる。


 「なんでもないよ」

 

 美咲はいつもの笑顔で答えたが、俺には彼女の笑顔が、今日はやけに遠くに見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ