表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誓いのキスは手の甲に  作者: 濃厚圧縮珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/30

19

 次の日。

 俺は久しぶりに大学へ向かった。

 


 二週間ぶりの外の世界は、日差しがやけに眩しかった。

 ふらつく足取りでも、怖くない。

 何故なら……隣には、悠斗がいる。


 昨日、あれだけ泣いて。

 散々、語り合って。

 その流れで、悠斗が言ったのだ。


「明日、大学行くぞ。送ってってやるから」と。



*   *   *



 キャンパスの、いつもの中庭。

 その手前で俺の足が止まった。

 

 ……向こうに、美咲がいる。

 ベンチに座り、ぼんやりと空を見上げている。

 その横顔はどこか寂しそうだった。



「……行ってこいよ」


 悠斗が、俺の背中を、軽く叩く。


「ほら。あんだけ練習しただろ」


「……は? いつ練習したんだよ」


「昨日の夜、缶コーヒー飲みながら」


「してねぇよ、そんなの」


「いいから!  行ってこいっ!」


 悠斗が、俺の背中を、どんっと押した。


 よろけながら数歩、前へ出る。

 振り返ると、悠斗はニッと笑って親指を立てていた。


 ……まったく。

 あいつには、敵わないな。


 俺はゆっくりと深呼吸をして、美咲の方へ歩き出した。



「……美咲」


 声をかけると、美咲がはっと顔を上げた。

 俺を見て、目を丸くする。


「……春樹?」


 思わず笑顔が浮かびかけるが、すぐに気まずそうに視線を逸らした。


「……大学、来れたんだ」


「……うん」


「もう、平気なの?」


「……まあ、ぼちぼちかな」


 ぎこちない、会話だった。

 あんなに、何でも話せた相手なのに。

 今は一言一言が重い。


「……隣、いい?」


「う、うん!」



 俺は美咲の隣にゆっくりと腰を下ろした。

 少しだけ、距離を空けて。

 


 しばらく、二人とも、黙っていた。

 中庭の木々が、風に揺れている。

 ……言わなきゃ。

 ここに来たのは、その為なんだから。


「美咲。あのさ」


「……うん」


「この前は、ごめん」

 

 美咲がこちらを見る。


「ドアの前で、あんな態度取って。連絡も無視して。……美咲の事、散々、突き放して」


「……」


「全部、俺が、悪かった」


 美咲は、何も言わなかった。

 ただ、俺の言葉を待っている。

 

 ――謝ってほしいんじゃない。


 分かってる。

 だから、俺は続けた。

 今まで、言えなかった事を。


「俺さ。ずっと、一人で抱えようとしてたんだ。病気の事も。これから、できなくなる事も。……全部、一人で」

「美咲に迷惑かけたくなくて。美咲の人生を、巻き込みたくなくて……。だから、突き放した」

「美咲が優しくしてくれる度に怖くなって。……撥ね除けたんだ」


 言いながら、自分の、情けなさが、込み上げてくる。


「でも昨日さ。悠斗にめちゃくちゃ怒られて……。一人で抱えるなって。俺達がいるだろって」

「……それで、やっと、分かったんだ」

 

 俺は、美咲の方を、向いた。


「俺一人じゃ、もう無理だって」


 情けない、告白だった。

 でも、嘘偽りのない本心だった。




 美咲の目から、ぽろりと、涙が零れた。

 でも、今度は悲しみの涙ではなかった気がする。



「……やっと、言ってくれた」



 美咲が、笑った。

 泣きながら、笑っていた。


「私、ずっと、待ってたんだよ」


「春樹が、頼ってくれるの。……ずっと」


 その笑顔を見て、俺は、胸が締め付けられた。

 ああ、彼女は。

 こんなにも、俺の事を。


 ……でも。

 だからこそ、言わなきゃいけない事が、あった。


 ずるい、お願いを。


「美咲。あのさ。……一個だけ、ずるい事、言ってもいいか」


「……何?」


 俺は、息を吸った。


「俺は、美咲と恋人にはなれない」


 美咲の笑顔が固まる。


「こんな身体だし。これからもっと動かなくなる。……美咲にその人生を背負わせるわけにはいかない」

「それだけは、変えられない。……変えたくないんだ。……ごめん」



 美咲が、俯く。


「でも」


 俺は、続けた。


「それでも、そばに、いてほしい。恋人としてじゃなくて。……幼馴染みとして、親友として。俺のそばにいて、支えてほしい」


「……」


「……勝手だよな。突き放したり、そばにいてくれって言ったり。……最低だよ。我ながら」


 言い切って、俺は俯いた。

 虫のいい話だ。

 恋人にはなれない、でもそばにいてくれなんて。

 断られても、仕方ない。

 


「……ふふっ」


 美咲が小さく笑った。


「何だよ」


「ううん。……春樹らしいなって」


 美咲は涙を拭い、まっすぐに俺を見た。


「いいよ」



 ほっとした。

 断られなくて、良かった。

 虫のいいお願いを、美咲は、受け入れてくれた。

 ……そう、思った時だった。


「でもさ、春樹」


 美咲がふっと笑っている。

 さっきまでの泣き笑いじゃない。

 もっと、不敵な……どこか悪戯っぽい笑みだった。


「私、諦めたわけじゃないからね」


「……は?」


「恋人にはなれない、でしょ? ……今はね」


 顔を近付けてくる。


「私、ずっとそばにいる。支える。我儘も聞く。……でも、その代わり」

「いつか、春樹のその『なれない』を、ひっくり返してやるから」


 その目は潤んでいたけど、まっすぐで強い。

 ……俺の知っている、美咲の目だった。


「だから、覚悟しといてよね」


 俺は言葉を失った。

 ……敵わない。

 

 本当に、美咲には敵わない。

 俺がどれだけ理屈を並べても。

 どれだけ、線を引いても。

 

 美咲はその線の上を平気で歩いてくる。

 断られても、引かない。

 諦めろと言っても、諦めない。

 ……ずるいのは、俺だけじゃなかったらしい。


「……勝手にしろよ」


「うん、勝手にする!」


 そう言って、彼女はニッと笑った。

 いつもの男の子みたいなその笑顔で。


 俺達は、恋人にはならなかった。

 でも、他人にも戻らなかった。


 名前のない、新しい距離で。

 

 ただし——片方はその距離を縮める気満々だが。


 何にせよ、俺達はもう一度隣に並ぶ事が出来た。


 中庭を、風が抜けていく。

 遠くで見守っていた悠斗が、こっちを見て手で〇のサインを作った。

 俺は苦笑して、親指を立てて返す。


 ……まだ、何も、解決していない。


 病気は、進んでいく。

 俺の身体は、動かなくなっていく。

 そして美咲は諦めてくれない。

 

 厄介な事ばかりだ。

 それでも今だけは――


 この穏やかな時間を、信じてみたいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
美咲ちゃん……理想のヒロインすぎる。。。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ