18
美咲との決別があったその夜、スマホが鳴った。
悠斗からの、メッセージだった。
『ちょっと出て来いよ』
たった、それだけ。
いつもみたいなスタンプも、絵文字も無い。
短い、その一文。
……美咲が、話したんだと、すぐに分かった。
無視しようかと、思った。
でも、できなかった。
あの短さの裏に、何かがある気がして。
俺はのろのろと、上着を羽織った。
* * *
家の前の、街灯の下。
悠斗は、立っていた。
俺を見つけると、何も言わずに、近付いてくる。
その顔は、いつもの笑顔じゃなかった。
「……よお」
俺が、ぎこちなく声をかける。
悠斗は、答えなかった。
ただ、黙ったまま俺の前に立って、じっと俺を見ている。
「……悠斗?」
次の瞬間、悠斗が拳を振り上げた。
……殴られる!
俺は咄嗟に目を閉じ、歯を食いしばる。
「……ぐっ……!」
鈍い音と、僅かな呻き声。
恐る恐る目を開けると、悠斗の拳は、彼自身の腹にめり込んでいた。
「ゆっ悠斗!? お前、何やって……!」
「……うっせぇ」
悠斗は、腹を押さえたまま、絞り出すように言った。
「……お前を、殴ろうと、思った」
「……」
「美咲を泣かせて。連絡も無視して。一人で勝手に塞ぎ込んで。……ぶん殴ってやろうと思った」
悠斗が、ゆっくりと顔を上げる。
ようやく交わったその目は、僅かに潤んでいた。
「……でも、できねぇよ」
自嘲気味に笑みを浮かべる。
「殴ったら、春樹……壊れるかもしれないから……さ」
「だから……自分を殴った」
悠斗はくしゃりと顔を歪めた。
「気付けなかった、馬鹿な俺を、殴ったんだよ」
* * *
家の壁に二人並んで背を預け、しばらく黙っていた。
でも、意を決したのか、悠斗が顔を上げて俺の目を見た。
「春樹がさ」
悠斗の声が、震えている。
「あんなに、追い詰められてたなんて……俺、全然気付けなかった」
「……」
「能天気に、世話焼いて。パンとか買って。おぶってやろうかとか、ふざけて」
「……はは」
「その裏で、お前が一人でどんどん沈んでってる事に……気付いて、やれなかった」
「親友、なのにさ」
悠斗の頬を、涙が伝う。
俺は、何も言えなかった。
違う、と言いたかった。
お前のせいじゃない、と。
気付かなかったのは、俺が、隠してたからだと。
言葉の代わりに、別のものが込み上げてきた。
「……っ」
目の奥が、熱い。
ずっと、一人で抱えてきた。
病気も。
恐怖も。
美咲への想いも。
誰にも、見せないように。
なのに、悠斗は俺が隠していたものに、勝手に気付いて。
俺の代わりに、自分を殴って。
俺の代わりに、泣いている。
「……ごめん」
やっと、出た声は、掠れていた。
「ごめんな、悠斗」
「謝んなよ」
「……でも」
「謝んなって、言ってんだろ……!」
悠斗が俺の肩を掴む。
そして、ぐいっと、引き寄せらた。
俺の額が、悠斗の肩に、ぶつかった。
「一人で、抱えんな」
耳元で、悠斗が言う。
「俺がいるだろ」
「美咲も、いるだろ」
「なんで、俺達を頼らねぇんだよ」
その言葉に。
俺の中で、ずっと張り詰めていた何かが、静かに溶けていった。
悠斗の肩に額を押し当てたまま、俺は声を上げて泣いた。
悠斗も、声を上げて泣いていた。
街灯の下で。
二十歳の男が、二人。
みっともなく、肩を震わせて、泣いていた。
* * *
どれくらい、そうしていたのか。
ひとしきり泣いて、さっぱりした俺達は、近くの自販機で缶コーヒーを買った。
あの夜と、同じだ。
悠斗に、美咲が好きだと、打ち明けられた、あの夜と。
縁石に、並んで腰掛ける。
夜風が、火照った頬に、心地よかった。
「……落ち着いたか?」
「……悠斗こそ」
「へへ、すっきりした顔してるじゃん?」
「お前のおかげでな」
自然とお互いにグータッチを交わす。
二人して吹き出して、浮かんだのはいつもの悠斗の笑顔だった。
久しぶりに……ちゃんと笑えた気がした。
缶コーヒーは、相変わらず、苦くて。
でも、あの頃より、少しだけ、美味く感じた。
しばらく、二人で、黙って空を見上げていた。
星は今夜もよく見えない。
それでも、隣に悠斗がいる。
それだけで少しだけ息がしやすかった。
……。
あんだけ泣いて、すっきりしたせいだろうか。
それとも、親友と初めて喧嘩した事でアドレナリンが出ていたのか。
妙にすっきりした頭で物事が考えられた。
悠斗は……馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。
でも、誰よりも優しくて、真っ直ぐな良いヤツだ。
さすがは、俺の親友だ。
だからこそ……。ううん、そうあるべきなんだと思った。
「なぁ、悠斗」
「ん?」
「……お前さ」
俺は大きく、息を吸った。
「まだ、美咲の事、好き?




