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誓いのキスは手の甲に  作者: 濃厚圧縮珈琲


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 美咲との決別があったその夜、スマホが鳴った。

 悠斗からの、メッセージだった。



『ちょっと出て来いよ』



 たった、それだけ。

 いつもみたいなスタンプも、絵文字も無い。


 短い、その一文。


 ……美咲が、話したんだと、すぐに分かった。


 無視しようかと、思った。

 でも、できなかった。



 あの短さの裏に、何かがある気がして。

 俺はのろのろと、上着を羽織った。



*   *   *




 家の前の、街灯の下。


 悠斗は、立っていた。


 俺を見つけると、何も言わずに、近付いてくる。

 その顔は、いつもの笑顔じゃなかった。


「……よお」


 俺が、ぎこちなく声をかける。


 悠斗は、答えなかった。

 ただ、黙ったまま俺の前に立って、じっと俺を見ている。


「……悠斗?」


 次の瞬間、悠斗が拳を振り上げた。


 ……殴られる!


 俺は咄嗟に目を閉じ、歯を食いしばる。



「……ぐっ……!」


 鈍い音と、僅かな呻き声。



 恐る恐る目を開けると、悠斗の拳は、彼自身の腹にめり込んでいた。



「ゆっ悠斗!? お前、何やって……!」


「……うっせぇ」


 悠斗は、腹を押さえたまま、絞り出すように言った。



「……お前を、殴ろうと、思った」


「……」


「美咲を泣かせて。連絡も無視して。一人で勝手に塞ぎ込んで。……ぶん殴ってやろうと思った」


 悠斗が、ゆっくりと顔を上げる。

 ようやく交わったその目は、僅かに潤んでいた。


「……でも、できねぇよ」


 自嘲気味に笑みを浮かべる。


「殴ったら、春樹……壊れるかもしれないから……さ」

「だから……自分を殴った」


 悠斗はくしゃりと顔を歪めた。


「気付けなかった、馬鹿な俺を、殴ったんだよ」




*   *   *



 家の壁に二人並んで背を預け、しばらく黙っていた。

 でも、意を決したのか、悠斗が顔を上げて俺の目を見た。


「春樹がさ」


 悠斗の声が、震えている。


「あんなに、追い詰められてたなんて……俺、全然気付けなかった」


「……」


「能天気に、世話焼いて。パンとか買って。おぶってやろうかとか、ふざけて」


「……はは」


「その裏で、お前が一人でどんどん沈んでってる事に……気付いて、やれなかった」


「親友、なのにさ」


 悠斗の頬を、涙が伝う。

 俺は、何も言えなかった。


 違う、と言いたかった。

 お前のせいじゃない、と。


 気付かなかったのは、俺が、隠してたからだと。




 言葉の代わりに、別のものが込み上げてきた。


「……っ」


 目の奥が、熱い。


 ずっと、一人で抱えてきた。



 病気も。

 恐怖も。

 美咲への想いも。


 誰にも、見せないように。

 

 なのに、悠斗は俺が隠していたものに、勝手に気付いて。

 俺の代わりに、自分を殴って。

 俺の代わりに、泣いている。


「……ごめん」


 やっと、出た声は、掠れていた。


「ごめんな、悠斗」


「謝んなよ」


「……でも」


「謝んなって、言ってんだろ……!」


 悠斗が俺の肩を掴む。

 そして、ぐいっと、引き寄せらた。


 俺の額が、悠斗の肩に、ぶつかった。



「一人で、抱えんな」


 耳元で、悠斗が言う。


「俺がいるだろ」

「美咲も、いるだろ」

「なんで、俺達を頼らねぇんだよ」


 その言葉に。


 俺の中で、ずっと張り詰めていた何かが、静かに溶けていった。


 悠斗の肩に額を押し当てたまま、俺は声を上げて泣いた。


 悠斗も、声を上げて泣いていた。


 街灯の下で。

 二十歳の男が、二人。


 みっともなく、肩を震わせて、泣いていた。




*   *   *




 どれくらい、そうしていたのか。

 ひとしきり泣いて、さっぱりした俺達は、近くの自販機で缶コーヒーを買った。


 あの夜と、同じだ。

 悠斗に、美咲が好きだと、打ち明けられた、あの夜と。


 縁石に、並んで腰掛ける。

 夜風が、火照った頬に、心地よかった。


「……落ち着いたか?」


「……悠斗こそ」


「へへ、すっきりした顔してるじゃん?」


「お前のおかげでな」



 自然とお互いにグータッチを交わす。

 二人して吹き出して、浮かんだのはいつもの悠斗の笑顔だった。


 久しぶりに……ちゃんと笑えた気がした。



 缶コーヒーは、相変わらず、苦くて。

 でも、あの頃より、少しだけ、美味く感じた。


 しばらく、二人で、黙って空を見上げていた。


 星は今夜もよく見えない。


 それでも、隣に悠斗がいる。

 それだけで少しだけ息がしやすかった。



 

 ……。


 

 あんだけ泣いて、すっきりしたせいだろうか。

 それとも、親友と初めて喧嘩した事でアドレナリンが出ていたのか。


 妙にすっきりした頭で物事が考えられた。



 悠斗は……馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。


 でも、誰よりも優しくて、真っ直ぐな良いヤツだ。

 さすがは、俺の親友だ。



 だからこそ……。ううん、そうあるべきなんだと思った。



「なぁ、悠斗」


「ん?」


「……お前さ」


 俺は大きく、息を吸った。



「まだ、美咲の事、好き?

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