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誓いのキスは手の甲に  作者: 濃厚圧縮珈琲


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 俺が美咲とギクシャクしている間も、悠斗は変わらず隣に居てくれた。

 重い物を運ぶ時も、シャーペンを落とす事が多くなった俺に、雑貨屋で見つけてきた太いグリップのシャーペンをプレゼントしてくれたり。


 気を使ってくれてるのは分かる。ただ……申し訳なさが日に日に積もっていった。

 

 美咲も美咲で、目が合えばぷいっと視線を逸らす癖に、一緒に帰る事も、一緒に食事する事も、講義で隣に座る事をやめなかった。


 俺は……。


*   *   *




「春樹、学食何食べる? 俺が並んでくるからさ!」


「……自分で並べるって」


「いいからいいから。お前を並ばせて、もし転んだら寝覚め悪いだろ?」


 悠斗はけらけら笑いながら、食券機に並ぶ。


「えーと、今日の春樹はカレーだったな?」


「……なんで俺の食べたい奴分かるんだよ」


「んぁ? 4年近く一緒にいたら分かるぜ?」


「いや、無理だろ……」



 俺が間違っているのか……?


 そう首を傾げているうちに、悠斗はもう受け取りカウンターの列に並びに行ってしまった。

 ……俺の分の食券も手にしたまま。


 

 仕方なく悠斗と美咲と一緒に座れる席を確保し、悠斗がトレーを持ってきてくれるのを待つ。 


 

「……はぁ」


 あの夜——公園で泣き叫んだ夜の事なんて、まるで無かったみたいに。

 悠斗は、いつも通りだった。



*   *   *



 階段で、足がもつれた時もそうだった。


「おっと」


 倒れかけた俺の腕を、悠斗が、ぱっと掴む。


「あっぶな!! 手すり使いなよ! 手すり!」


「……ああ、ごめんね」


「なんなら、おぶってやろうか?」


「いらねぇよ」


「遠慮すんなって。俺、力には自信あるんだぜぇ?」


 悠斗は、力こぶを作ってみせる。

 俺は、笑った。

 

 笑ったけど……笑いながら、別の事を考えていた。

 


 こいつ、本当はあの夜の事を、まだ気にしてるんじゃないか。


「美咲が欲しい」と思ってしまった、自分の事を。

 その罪滅ぼしに、俺に優しくしてるんじゃないか?



 考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなった。


 だって、おかしいだろう。


 あんなに泣いて。

 あんなに叫んで。 

 最低だって、自分を責めてたのに。


 次の日には、けろっとして、俺の世話を焼いてる。

 

 そんなの、普通は無理してるに決まってる。

 

 きっと悠斗は、あの夜の醜さを……優しさで埋めようとしてるんだ。

 親友に欲望を抱いてしまった、その後ろめたさを俺に尽くす事で、帳消しにしようとしてるんだ。

 


 ……そう思ったら、悠斗の優しさが、苦しかった。




*   *   *




「悠斗」


 ある日、俺は言った。


「お前さ、無理すんなよ」


「んあ? なんの話?」


「俺の世話とか。……いいから。お前まで、巻き込みたくない」


 悠斗は、きょとんとした顔をした。

 それから、ぷっと吹き出した。


「何言ってんだお前」


「いや、だから」


「巻き込むも何も。俺がやりたくてやってんだよ」


 悠斗は、あっけらかんと言った。


「親友が大変なんだぞ? 手ぇ貸すのなんて、当たり前だろ?」


 その顔に、嘘は無いように見えた。

 ……いや。

 嘘が、無いように、見せてるだけかもしれない。


 俺には、もう分からなかった。

 悠斗が、本心で言ってるのか。

 それとも、罪悪感を隠して言ってるのか。

 見分けが、つかなかった。



*   *   *



 その夜。

 俺はベッドの上で、ここ最近の事をぼんやりと考えていた。

 

 美咲を傷付けた。

 悠斗にも、気を遣わせている。

 

 ……俺は、二人の何なんだろう。

 

 昔は、ただの幼馴染みと、ただの親友だった。

 一緒にいて、楽しいだけの存在だった。


 なのに今は……俺がいるだけで、二人が苦しんでいる。

 

 美咲は、俺に拒まれて泣いている。

 悠斗は、罪悪感を抱えて、無理に笑っている。

 

 ……俺のせいだ。

 

 俺が、病気になんてなったから。

 俺が、二人のそばに、居続けているから。

 

 

 天井を見上げたまま、ふと俺は思った。

 

 もし、もしも俺が、二人の前からいなくなったら。



 ――二人は、楽になるんじゃないか?




 その考えが浮かんだ瞬間、ぞっとした。

 慌てて、頭を振る。

 何を考えてるんだ。

 そんなの、駄目に決まってる。

 

 ……決まってるのに。

 

 一度浮かんだその考えは、まるで暗い水の底に沈んでいく石みたいに。

 ゆっくりと、俺の心の奥へと沈んでいった。

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