14
悠斗を呼び出したのは、それから三日後の事だった。
大学の裏手にある、小さな公園。
昼間は子供連れで賑わうそこも、夕暮れ時には人気がなくなる。
錆びたブランコに、俺と悠斗は並んで腰掛けた。
「で、話って?」
悠斗が、いつもの調子で笑う。
「珍しいじゃん。春樹からこんな所に呼び出すなんてさ」
俺は、何も言えなかった。
言わなきゃいけないのに。
言うために呼んだのに。
喉が、震えて動かない。
「……春樹?」
悠斗の声から、笑いが消えた。
長い付き合いだ。
あいつも、何かを察したんだと思う。
俺は、ブランコの鎖を握りしめた。
冷たい鉄の感触が、手のひらに食い込む。
……言え。
自分に発破をかけて、深く息を吸った。
「俺さ」
「ん」
「病気なんだ。ALSっていう……正式名称は筋萎縮性側索硬化症って奴」
「身体を動かす神経が、少しずつ駄目になる病気でさ」
「……治らないんだってさ」
言葉にする度、現実が重みを増していく。
悠斗は、何も言わなかった。
ただ、目を見開いたまま、俺を見ていた。
その顔が、だんだん歪んでいく。
「……嘘だろ?」
絞り出すような声だった。
「なぁ、冗談だろ? そうだろ!?」
「冗談だったら、良かったんだけどな」
俺は笑おうとして……また失敗した。
* * *
しばらく、悠斗は黙っていた。
俺も、何も言わなかった。
公園のどこかで、カラスが鳴いている。
西の空が、ゆっくりと赤く染まっていく。
やがて、悠斗が、掠れた声で訊いた。
「……美咲には、言ったのか?」
俺は、ゆっくりと頷いた。
悠斗の喉がごくりと動く。
「……そっか」
それだけ言って、また黙り込んだ。
だから俺は、続けた。
言わなくてもいい事まで、続けてしまった。
「美咲に、言われたんだ」
「お前は私の半分だって」
「……お嫁さんに、なるつもりだったって」
悠斗の肩が、びくりと跳ねた。
「でも俺、応えなかった」
「応えられるわけ、ないだろ」
「こんな身体で、美咲の人生、もらえるわけがない」
言い切って、俺は俯いた。
これで、全部話した。
病気の事も。
美咲の事も。
俺が、美咲を諦めた事も。
全部、悠斗に話せた。
――その時だった。
ガシャンッ、と。
悠斗が、勢いよくブランコから立ち上がった。
鎖が激しく鳴る。
「……悠斗?」
悠斗は、俺に背を向けて立っていた。
その背中が、小刻みに震えている。
「……ずりぃよ」
「え?」
「ずりぃって、言ったんだよ……!」
振り返った悠斗の顔を見て、俺は息を呑んだ。
――泣いていた。
あの、いつも豪快に笑う悠斗が。
くしゃくしゃの顔で、泣いていた。
「お前が病気だって聞いて……!」
「俺、最初に何考えたと思う?」
悠斗の声が、震えている。
「可哀想とか! 何とかしてやりたいとか! そういうの、ちゃんとあったよ!!」
「……あったけどさ……ッ」
悠斗は、自分の髪をぐしゃぐしゃに掻きむしった。
「その後にさッ!! ほんの一瞬……一瞬だけど……ッ」
一瞬言葉が詰まりかけても、それでも悠斗は吐き出した。
恐らく、彼が一番言いたくなかった事を。
「『じゃあ、美咲は』って!!」
「そう、思っちまったんだよ……ッ!」
その瞬間、俺の心臓が、嫌な音を立てた。
なぜなら。
俺も、同じ事を考えたからだ。
卒業写真を見た、あの夜に。
悠斗の顔が浮かんで。
その隣に立つ美咲を想像して。
俺も、そう思ってしまった。
だから俺は、悠斗を責められない。
責められるわけが、なかった。
「最低だろ? 俺……」
悠斗が自嘲気味に笑う。
泣きながら、自分を責めるみたいに固く固く拳を握り込んでいた。
「親友がさ。病気だって。治らないって。そう言ってんのに」
「俺はその裏で、美咲の事、考えてたんだ」
「お前が美咲を諦めるなら」
「俺にも、チャンスがあるんじゃないかって」
悠斗は、両手で顔を覆った。
「最低だ……!」
「最低だよ、俺……ッ!!」
その声は、もう、嗚咽になっていた。
「お前を、親友だと思ってる」
「本気で、思ってる」
「世界で一番、大事な友達だよ!!」
絞り出すように、悠斗は叫んだ。
「なのに!!」
「……なのに俺は……ッ」
言葉にならない叫びが、夕暮れの公園に響いた。
その叫びは、怒りでも、悲しみでもなかった。
自分自身への、どうしようもない嫌悪だった。
親友を想う気持ちと。
一人の女を欲しがる気持ちと。
その二つに自分の心を引き裂かれ、悠斗は叫んでいた。
俺は、そんな悠斗を、ただ見ている事しかできなかった。
声をかける事も。
慰める事もできなかった。
だって、俺も同じだったから。
俺達は二人共、美咲を欲しがっていた。




