13
あれからどうやって家まで帰ったのか、よく覚えていない。
気付けば、俺は自分の部屋のベッドに、仰向けに倒れ込んでいた。
電気も点けないまま。
鞄も放り出したまま。
ただ、天井を見上げている。
河川敷で泣き尽くして絞り出したはずなのに、まだ胸の奥が、じくじくと痛んでいた。
目を閉じると、さっきの美咲が浮かぶ。
「お嫁さんに、なるつもりだったんだよ」
あの言葉が、何度も、何度も、頭の中で響いた。
……知らなかった。
美咲が、そこまで思ってくれていたなんて。
俺が恋に気付いたのは、ついこの間だ。
悠斗に告白されて、初めて自覚した、情けない男だ。
なのに美咲は、幼稚園の頃から、ずっと忘れていなかった。
ずっと、俺の隣を、当たり前みたいに歩いてくれていた。
嬉しかった。
飛び上がりたいくらい、嬉しかった。
……それなのに。
なんで、今なんだ。
もう少し、早ければ。
病気になる前なら、俺は何の迷いもなく……美咲の手を取れたのに。
* * *
暗い天井を見上げたまま、俺は考える。
美咲は、半分だと言った。
俺も、そう思う。
なら、応えればいいじゃないか。
好きだと言って。
手を取って。
二人で、これからを生きていけばいい。
――いや、駄目だ。
それはできない。願ってはいけないんだ。
俺の身体は、これから動かなくなる。
歩けなくなって。
手も使えなくなって。
いつか、飯も食えなくなって。
……最後は、どうなる?
調べた。
嫌になるくらい、調べた。
その先にあるのは、介護だ。
介助だ。
美咲に、それを背負わせるのか?
まだ二十歳の、これから何だってできる美咲に。
俺の下の世話までさせるのか?
……できるわけがない。
だから、応えちゃいけない。
応えたら、美咲を縛る。
美咲の人生を、俺の病気に巻き込む。
――でも。
応えなければ、美咲は泣くだろう。
さっきみたいに、半分を失ったと泣くだろう。
なら、どうすればいいんだ。
応えても地獄。
応えなくても地獄。
どっちを選んでも、美咲を傷つける。
俺は、ぐしゃりと髪を掻きむしった。
答えなんて、どこにもなかった。
いくら考えても。
いくら探しても。
同じ場所を、ぐるぐる回るだけだった。
* * *
時計の針は、いつの間にか二時を回っていた。
眠れない。
眠れるわけがなかった。
俺は、のろのろと身体を起こす。
その時、机に置いたスマホが目に入った。
画面を点ける。
ホーム画面には、いつもの写真。
卒業式の日に、三人で撮ったやつだ。
俺と、美咲と、悠斗。
その顔を見た瞬間。
ずっと、頭の隅に追いやっていた声が、蘇った。
「俺さ。昔から美咲が好きなんだ」
あの夜の、悠斗の声だった。
コンビニの前で。
困ったような顔で。
ずっと隠してきた想いを、俺に打ち明けた、あの声。
俺は、スマホを落としそうになった。
手が、震えていた。
これは病気のせいじゃなかったと思う。
もし。
もしも、俺が美咲の手を取らなければ。
その隣にはいつか――
――やめろ。
俺は、慌ててその考えを振り払った。
そんな事、考えるな。
まだ、何も決まっていない。
何も、終わっていない。
……なのに。
一度浮かんだ悠斗の顔は、どれだけ振り払っても、頭の奥にこびりついて離れなかった。




