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誓いのキスは手の甲に  作者: 濃厚圧縮珈琲


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 あれからどうやって家まで帰ったのか、よく覚えていない。

 気付けば、俺は自分の部屋のベッドに、仰向けに倒れ込んでいた。



 電気も点けないまま。

 鞄も放り出したまま。


 ただ、天井を見上げている。


 河川敷で泣き尽くして絞り出したはずなのに、まだ胸の奥が、じくじくと痛んでいた。


 目を閉じると、さっきの美咲が浮かぶ。



「お嫁さんに、なるつもりだったんだよ」


 あの言葉が、何度も、何度も、頭の中で響いた。

 ……知らなかった。

 美咲が、そこまで思ってくれていたなんて。



 俺が恋に気付いたのは、ついこの間だ。

 悠斗に告白されて、初めて自覚した、情けない男だ。


 なのに美咲は、幼稚園の頃から、ずっと忘れていなかった。

 ずっと、俺の隣を、当たり前みたいに歩いてくれていた。



 嬉しかった。

 飛び上がりたいくらい、嬉しかった。



 ……それなのに。


 なんで、今なんだ。


 もう少し、早ければ。

 病気になる前なら、俺は何の迷いもなく……美咲の手を取れたのに。



*   *   *




 暗い天井を見上げたまま、俺は考える。


 美咲は、半分だと言った。

 俺も、そう思う。



 なら、応えればいいじゃないか。

 好きだと言って。

 手を取って。

 二人で、これからを生きていけばいい。





 ――いや、駄目だ。

 それはできない。願ってはいけないんだ。


 俺の身体は、これから動かなくなる。




 歩けなくなって。

 手も使えなくなって。

 いつか、飯も食えなくなって。


 ……最後は、どうなる?




 調べた。

 嫌になるくらい、調べた。



 その先にあるのは、介護だ。

 介助だ。


 美咲に、それを背負わせるのか?


 まだ二十歳の、これから何だってできる美咲に。

 俺の下の世話までさせるのか?


 ……できるわけがない。






 だから、応えちゃいけない。

 応えたら、美咲を縛る。

 美咲の人生を、俺の病気に巻き込む。



 ――でも。

 応えなければ、美咲は泣くだろう。


 さっきみたいに、半分を失ったと泣くだろう。



 なら、どうすればいいんだ。



 応えても地獄。


 応えなくても地獄。



 どっちを選んでも、美咲を傷つける。



 俺は、ぐしゃりと髪を掻きむしった。

 答えなんて、どこにもなかった。


 いくら考えても。

 いくら探しても。

 同じ場所を、ぐるぐる回るだけだった。



*   *   *




 時計の針は、いつの間にか二時を回っていた。



 眠れない。

 眠れるわけがなかった。



 俺は、のろのろと身体を起こす。

 その時、机に置いたスマホが目に入った。



 画面を点ける。


 ホーム画面には、いつもの写真。

 卒業式の日に、三人で撮ったやつだ。




 俺と、美咲と、悠斗。


 その顔を見た瞬間。

 ずっと、頭の隅に追いやっていた声が、蘇った。



「俺さ。昔から美咲が好きなんだ」




 あの夜の、悠斗の声だった。




 コンビニの前で。

 困ったような顔で。

 ずっと隠してきた想いを、俺に打ち明けた、あの声。


 俺は、スマホを落としそうになった。

 手が、震えていた。

 これは病気のせいじゃなかったと思う。



 もし。

 もしも、俺が美咲の手を取らなければ。

 

 その隣にはいつか――


 ――やめろ。



 俺は、慌ててその考えを振り払った。

 そんな事、考えるな。



 まだ、何も決まっていない。

 何も、終わっていない。



 ……なのに。


 一度浮かんだ悠斗の顔は、どれだけ振り払っても、頭の奥にこびりついて離れなかった。

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