第9話 光の洞窟
ジャングル生活を始めてはや4ヶ月。
樹上の小屋は、屋根も壁も床もある、本格的な拵えだ。
「チョロ、出かけるぞ」その言葉に犬が尾を振って飛び出してくる。
チョロはもう立派に成長し、ウリューの相棒として十分、役立っている。
猟に出る時は獲物を一早く見つけてくれ、休んでいる時は警戒の目を光らせてくれる。
何よりチョロが居ることで、孤独感が和らぐ。
リサを思わない日はない。「警察当局からなんのお咎めはなかったのか。そろそろ出産の時期だ。どうか無事生まれてくれ」
そんな思いに慕った時は、チョロを抱いて撫ぜているといつしか落ち着いて来る。
「俺は一人ではない」そう思わせてくれる。
そしてウリュー自身も、野生暮らしに順応していた。
髪も髭も伸び、体も一回り大きくなり、眼光が一段と鋭くなっていた。
精神的にも警戒を常に怠らないジャングル生活ですっかり鍛えられ、小枝を揺する風の音には動じないが、忍び寄る野獣の足音には即座に飛び起きるまでになっていた。
「うー」森の中茂みが続く場所を歩いて行くと、チョロが低く唸る。明らかに何かいる。
ゆっくりと近づくと、グワーと大きな鎌をもった、熊のような獣が飛び出してきた。
「ガアパか」ガアパと言うのは、ウリューが勝手に名付けた獣の名だ。二本足で立ち上がると、人の頭より高く、圧倒的な巨体。大きな熊の野獣。
ただ最も特徴づけたのが、肩の部分から生える大きな鎌だった。まるで熊とカマキリの合いの子の動物だった。
大木さえなぎ倒せるほどの腕力。一噛みで大きな骨をかみ砕く牙。恐ろしいほど長く鋭く尖った爪。
そして何より怖いのが肩から延びた鎌だ。長さは50センチを優に超え、人の首など一撃でちょん切るだろう。
まさに森の覇者にふさわしい貫禄がある。
こいつと対峙するときは、一瞬の判断の遅れが命取りになる。
素早く頭上から振り下ろされる鎌。これを躱しても太く長い腕と爪が襲って来る。
これをどう躱すか。しかも躱すだけでは勝てない。どうやって相手の急所を突くか。
簡単には近寄れず、懐に入れないし、入らなければ急所を突けない。
最初にこの怪物に出会った時は、やむなく銃を使って倒すしかない難敵だった。
残り少ないバッテリーを考えると銃をあまり使いたくなかった。
だが初めての対決で、こんな強敵にどう対処するか分からず、使いたくない銃を使用するしかなかった。
何度も対戦して、ようやく奴の弱点を見つけ、倒せるようにもなった。
でも、やはりガアパはこの森の上位捕食者であり、油断ならない。
なかなか狡賢くて、藪の中に潜んで獲物が近づいてくるのを待ち構える手段をとっている。
迂闊に草藪に近寄れない厄介な奴だった。
今回もチョロがいち早く危険を察知してくれたから、突然の襲撃を免れた。
単独行動ではやられていたはずだ。
慎重に近づいてきたウリューに向って、ガアパが鎌を振り下ろしてくる。
何回かの対戦で鎌の攻撃範囲を肌身で覚えている。
ウリューがさっと後ずさりして躱す。
空を切った鎌に、鉄パイプの一撃を喰らわせる。
そうこの巨大鎌が奴の弱点でもある。
鎌が大きいだけに、敵は視界を遮られてしまいがちなのだ。
パイプで大きな鎌の軌道が変わり、奴の顔を覆いかぶさる形になり、死角を生んだ。
ウリューは後ろに回り込むと、後頭部に必殺の一撃を食らわした。
鉄パイプには石を縛り、反動が付いて普通の獣なら致命傷になる一撃だ。
しかも石の先端を尖らせてあるから、斧以上の威力がある。
これをまともに受けると大抵の敵は、大きな傷が生じ流血するはずだ。
だが、このガアパはしぶとく、倒れなかった。
敵わないと思ってか、身を翻して逃げ出してしまった。
いくどもガアパを倒してきたがこんなのは初めてで、ちょっとあっけにとられる。
でもチョロは動物の本能か、逃げ出す獣にはすぐ追いかけていく。
「逃すか」ウリューもチョロの後に続いた。
だが、ガアパも懸命に森の中を逃げ回る。そして空き地にぽっかり空いた巨大な穴に飛び込んでしまった。
「ワン、ワン」チョロまでも穴に猛然と飛び込んでいく。待てと言う間もなかった。
ウリューは追うのを少し躊躇う。
この穴は以前から知ってはいたが、まだ入ったことがなかった。
大きさが大分あるし、深さが知れない穴に、ロープもなしで入るのは冒険と判断していた。
だが、チョロを単独で行かせるわけにもいかない。今となればチョロはもうかけがえのない相棒になっている。
慎重に足の位置を確認しながら、ウリューも後を追っていくことにした。
それにガアパの肉は旨い。脂肪が乗って、柔らかく上品な香りまでする。それがあるからウリューもチョロもガアパに執着した。
穴の底まで、10m以上はあった。なんとかずり落ちるようにして降りるとチョロが待っている。
そこにはガアパがすでに息絶えていた。ウリューの一撃はやはり傷が深く、穴の壁を伝い無事に降りられなかったようだ。足を滑らし落下したのが命取りになった。
獣は落下した衝撃で体が捻じ曲がって、大きな傷もあった。
そして他の獣の骨もたくさん散乱していた。
穴底は真っ暗かと思っていたら、意外と明るい。穴の径が広く外光が入ってきたのと、穴の壁に横穴があって、そこから光が漏れていた。
横穴は人が立って歩けるほどの大きさだ。
「何かあるのか?」チョロに聞いて見る。
「うー」チョロも警戒の声を上げる。
ただ怖気づくほど臆病ではない。
慎重に横穴の中に入ることにした。




