第一話 着岸
すみません、投稿遅れました。
「マリスさん。焦りは禁物です。終わりはあります、そう信じてください。心が楽になります」
『心の前に身体が楽になる! 私もう三日は寝てない!』
「大丈夫です。私も寝てません。マリスさんは一人じゃありません」
『なんの慰めにもなってないよぉ!』
念話によるマリスさんの声はなんとも悲壮感に染まっていた。
一応マリスさんにはギルドのイロハを短期で叩き込んだけど流石にいきなり本番はキツかったかな?
とはいえこれはマリスさんが選んだ道。深淵に所属するための試用期間として私の補助をするというのが深淵の皆さんから課せられた内容なのだ。
『うう、これなら山奥で悠々自適に暮らしたほうがよかった? 人間や魔人に一泡吹かせてやろうとしたのってこんな目に合うほどの事かな?』
「どうでしょう? 少なくとも私はマリスさんと一緒に働くのは楽しいですよ? 妹が出来た気がしますし」
『……年齢的には私が姉だよぉ……あ、また仕事が来た。また連絡する』
「はい、頑張って下さい」
プツンと繋がっていた感覚が無くなる。マリスさんは分類したらセレナちゃんタイプだ。
辛いしんどいと誰かに愚痴を言いながらだと手が動く手合いである。
マリスさんのサポートはまた後日行くとして、しばらくは大丈夫だろうとも考える。
実は私そっくりのマリスさんは私以上にギルド職員からウケがいい。
今まで見せなかった隙や弱さが庇護欲を掻き立てるというか支えないと、という考えが広まっているのである。
私があれこれ指示するよりもしっかり仕事をこなしており、残業を嫌がる職員も自主的に頑張りだしているらしい。
マリスさん、私より私が上手い。
そんなマリスさんのことは一旦頭の隅に寄せて私は机から地図を引っ張り出す。
時間をかけて作り上げた地図は実に緻密で各国の都市や街や村を細かく描かれており、外に漏れたら間違いなく殺されてしまうレベルの品である。
「えーと……」
私は地図上に描いたマークにペケを付けつつ全体的な進捗を改めて確認する。
「流石にまだ悟られてないかな」
私の計画に対し、妨害は入っていない。無視しても支障が無いというのはあり得ないだろう。
私がペケを付けているのは冒険者ギルド支部がある国や都市や街。その中でもとあるモノを管理しているであろう場所だ。
事情を説明したは厄災会議のメンバーも集まってくれるらしいからなんとか間に合うだろう。
「……ん?」
耳に懐かしい音が響く。
荒れ狂う海を越えて航海する波の音。
「……げっ!?」
空耳かと思った私の視界の先……静かな湖の水面に巨大な帆船が水底から飛び出してくる光景が目に飛び込んできた。
それは私が勝手に買い替えたクラーケさんの艦隊旗艦オケアノス。
まさかの来訪に目を瞬かせた私はとりあえず湖に向かって駆け出した。
◼︎
「私の結界を乗り越えて侵入してくるとはいい度胸……ここで死ぬ? クラーケ・オーレ・オーシャ」
「貴様こそぉ、こんな飴細工のような結界をよくも恥ずかし気もなく展開したものだテトラァ」
「うおおぉ!? 二人ともストーップゥゥ!」
今にも殺し合いそうな二人の間になんとか滑り込む。
船頭に立つクラーケさんとそれを見上げるテトラさん。この二人は私でも仲裁し切れない時があるくらいには仲が悪く、巻き添えで死にかけた回数は片手じゃすまない。
「テトラさん落ち着いて? クラーケさんは私が呼んだ訳だし……船ごと来るとは思わなかったけど」
「貴様がァ、念話などと傍受されやすいクソ魔法で呼びつけたのが悪いぃ。彼奴めが聞きつけて来たがるのを止めろとォ?」
「え? ぎょわっ!?」
バシャン、とオケアノスから青銅に似た色合いの錨が落ちてくる。
クラーケさんに似てフジツボをくっ付けたソレはクラーケさんの王剣、深海海泥ことブルーさんだ。
「お久しぶりです。また一層大きくなりました? あ、なってない?」
オケアノスに繋がる鎖が蛇のようにうねり、私の身体に巻き付く。太くて長いから二、三巻きで身体が埋まるからその辺で止まって欲しい。
「相変わらず王剣に浮気されてる。魔王の恥」
「やかましいぃ」
私の横で火花が散る。
別にブルーさんは浮気をしてる訳ではなく、私が乗船中に仲良くなっただけだ。
「フランドォル、今日一日停泊する間ソレの面倒をみておけぇ」
「代行に命令なんて千年早い」
「此奴は未だ船員名簿に名を残しておる、船員をどう扱おうがコッチの勝手だァ」
あ、そうなんだ? てっきり船を降ろされた時に消されてるものかと。
「テトラさん、私はかまいませんよ。だからマジで? 今回は抑えてくださいね?」
「……仕方ない」
テトラさんが渋々といった様子で下がってくれる。ここ最近は一緒にいたから機嫌が良かったのかもしれない。
「ところでテトラさん、モニカさんは?」
魔境ともいうべき最果ての魔獣やモンスターはモニカさん一人では手が余る。だからテトラさんにサポートに入ってもらっていたのだがモニカさんの姿はない。
「……タコ野郎の気配を察知して、コッチにきたから」
「えぇ……」
モニカさん生きてる? 流石に罪悪感が半端ないんだけど?
「大丈夫、モニモニは著しい成長を見せてる。あの子はきっと壁を超えて強くなる」
テトラさんが人をそう評価するなんて珍しい。
手放しで危険視したトニーさんに次ぐ評価じゃないだろうか?
「それよりこの船どうする? 見られたら面倒……沈める?」
「もうちょっと穏便な方法を考えません?」
普段温厚なのにクラーケさん相手だと剥き出しのナイフより危険なんだよね。昔は師弟関係だったらしいけどどうやったらここまで拗れるんだろうか。
「フラーン!」
ハラハラしていた私の耳に元気がある声が届く。
見上げてみたら白い斑点模様が入った紺色の髪を肩まで伸ばし、人間の間ではマリン服と呼ばれる愛らしい藍色の服装に丸い色眼鏡をかけた少女が腕と尻尾を振ってこちらを見ていた。
「オルカさん、お久しぶりです」
「久しぶりー! 元気してた? 前に見た時より髪伸びたねー!」
「髪だけじゃなくて今はオルカさんより背も高いですよ」
「え? マジ? じゃあ私が一番チビに逆戻り?」
ていっ、という掛け声と共にオルカさんが甲板から飛び降りてくる。
勢いよく湖に落ちたので水飛沫が飛び散るがブルーさんのおかげで水は私にはかからずに辺りに散る。
「……提督!? この水味がしない!?」
「……」
「まあ、湖ですから」
海の水は塩辛い。ソレに比べたら湖の水は味が無いようなものだろう。
「船番をするからと言うから連れてきたがいきなり船を離れるとはイイ度胸だァ」
「ぴょえっ!?」
オルカさんが水から飛び上がって私の後ろに回る。
「まあまあ、久しぶりの再会なんですし大目に見てあげてくださいよ」
「…………」
クラーケさんの触手がくるりと縮む。なんとか怒りを抑えてくれたらしい。
「ねぇフラン、船に戻って来ない? 提督ここ何日かフランに呼ばれたから機嫌が良くてさ」
「そうなんですか?」
クラーケさんの機嫌は読みにくい。私からみたらいつものクラーケさんだが一緒にいるオルカさんから見るとそうなんだ。
「じゃあ毎晩念話飛ばしたらもっと喜んでくれますかね?」
「それは怒ると思う」
難しいな。
「この辺りには霧を張る。よっぽど愚かでなければ水辺には近づくまいィ」
クラーケさんがそう言うと濃霧が辺りに広がっていく。この人のこういう即断即決には私も影響を受けているのかも知れない。
「じゃあ船番もいらなくないですか? オルカさん一人だけ残すのは流石に可哀想では?」
「フランいい事言うね」
「……」
クラーケさんめっちゃ睨んでくる。
私はジャラリとブルーさんを持ち上げる。
見た目に反し、ブルーさんの気分次第で重さが変わるから私より大きな錨は羽ペン並に軽い。
「ふん」
ブルーさんを盾にしたらなんとかなった。クラーケさんはブルーさんを私に取られるんじゃないかと思っているがあくまで友達だ。
ブルーさんはクラーケさんこそが王である事を信じて疑っていない。
「……え、本当ですか?」
ブルーさんを抱えて歩く私に彼女が囁く。クラーケさんは辺境から最果てに行く事になった私の事を心配してくれていたらしい。
「うーむ、とてもそうは見えない」
前を歩く彼の背を目で追う。
でもまだ冒険者ギルドの看板も立ててないのに迷わず私がいるログハウスに迷わず向かっているあたり私の動向はちょくちょく見ていたのかも知れない。
「ありがとうございます」
絶対聞いてはくれないがお礼を言っておく。
案の定、クラーケさんは私を無視してそのまま歩いているのでブルーさんを抱えて後を追うのだった。
クラーケはツン◯レなのかもしれない。




