プロローグ 最果ての生活
「おはようございます! 冒険者ギルドへようこそ!」
「うん、おはよう。冒険者ギルドに用があって来た訳じゃないけど」
「あ、すいませんつい」
寝起きで寝癖のついたゼニス様が受付前に現れたからつい反射的に挨拶してしまった。これはいわゆる職業病というやつなのだろうか?
「いや、いいんだ。何というか……いつも通りのギルマスを見ると落ち着く」
「そうですか? ならよかった。あ、朝ごはんならいつものテーブルにありますから」
「ありがとう……寝てるのか?」
「大丈夫です」
答えを濁した私を見ながらゼニス様はなんとも言い難い表情を浮かべる。
新生活が始まって早一ヵ月余り。仮設冒険者ギルド辺境支部の生活にもすっかり慣れた様子でゼニス様は焼き上げたパンに齧り付く。
「……最果ての辺境でいつも通りの生活が出来るのっておかしくない?」
「いい事じゃないですか。ゼニス様はひょっとしてサバイバル生活に憧れてました? ……それなら趣向を変えて見ますが」
「いや、いいっ! いいんだ。今日もパンが美味いな!」
取り繕うような笑顔を見せてパンを完食する。
人間が生きていくにあたって必須なのが衣食住。最果ての辺境でまず最初に重きを置いたのは住居だった。
つい最近まで柔らかなベッドで安眠していたゼニス様がいつモンスターに襲われるかもわからない野営地みたいな場所で雑魚寝なんて出来るはずもないしさせる気もない。
私だって寝るならふかふかのベッドを望む。ここ最近……最近? 眠るひまもないからまだベッドは用意してないけどゼニス様の寝床はしっかりと用意する。
そのための材料は最果てと言うだけあって大量の木材などの資材が広がっている。ログハウスの一つや二つ建てるのは簡単だ。
なので冒険者ギルド辺境支部の仮設事務所兼自宅のログハウスと支部の立ち上げのためについて来てくれたモニカさん、そして意外にも協力を名乗り出てくれたのがシュピールくん。そんな二人の自宅となるログハウスも転移してすぐに用意した。
「ところでシュピールは? いつもならもう来ているだろう?」
ゼニス様が食器を片付けてキョロキョロと辺りを見る。
私の偽者……マリスさんから辺境支部に逃げて来た時にシュピールくんに匿ってもらって以来、何かと気にしているらしい。
「シュピールくんなら買い出しに行ってもらってます」
「買い、出し……? この近くにお店なんかあったか?」
「あはは、やだなぁゼニス様ったら。この最果てにそんなのあるはずないじゃないですか。ちょっと街の方までひとっ飛びしてもらってます」
「ひとっ飛び……あのグリフォンたちか」
ゼニス様が少し顔を引き攣らせる。
実は私たちが最果てに来てから少しして、ヘイカーさんがひょっこり顔を出した。
最果てまで彼の遊覧飛行の範囲だったのは驚いたがどちらかと言うとヘイカーさんの方が驚いていたな。まあ最果てに行くなんて言ってなかったから当然だ。
ヘイカーさんに事情を説明してからしばらくすると三頭のグリフォンを引き連れてやって来た。
なんと私たちの助けとして群れから人間との暮らしに興味があるグリフォンを集めてくれたらしい。
頼りになり過ぎて困る。
おかげで生活の足を手に入れ、行動範囲は一気に広まった。ヘイカーさんの一派ともなれば最果ての魔獣やモンスターすら容易に襲って来ないから心強い。
「あいつらのせいでモニカがだいぶおかしくなってたからな……いや、めちゃくちゃ助かってるのはわかってるが」
「あぁー」
元々乗馬とか好きだったみたいだからグリフォンに騎乗出来るとわかった時のモニカさんは確かに凄かった。
グリフォンは生活力があるから必要ないのに世話役を買って出て、私の技術を見真似して彼らの寝床まで作り上げてしまった。
何より凄いのはそんな世話焼きをグリフォンたちに受け入れさせた事だろう。きっとモニカさんの熱意が伝わったに違いない。
流石にヘイカーさんはそう簡単には行かなかったようだが仲間を熱烈に歓迎するモニカさんを見てちょっとは安心していたように見える。
実はルイナス様から地道にグリフォン騎兵団の誘いが来ているらしく、グリフォンたちの更なる発展に繋がるか否か、ここで人間と生活させて見極めるつもりかもしれない。
人間との付き合いなら私とずっと交流があったから充分では? と聞いたが特例過ぎて参考にもならないらしい。
というかルイナス様はどうやってヘイカーさんと話をつけたんだろうか? 王位についてからのびのびと動いているなぁ。
「ゼニス様も乗せてもらいます? 空の散歩は気持ちいいですよ?」
「馬にも乗れんのにグリフォンに乗れるわけないだろ……それじゃあ私は採集に行ってくる」
「お気をつけて。結界の外に行ったらだめですからね? 迷子になった時はこの間渡した発煙筒を」
「わかってる。あまり子供扱いするな。一応責任者なんだからな」
「いってらっしゃーい」
支部から籠を背負って出掛けるゼニス様を手を振って見送る。まさかそんな日が来るとは思っても見なかったが最近はコレが日課になっている。
最果てでの生活において主な分担は私がギルドの仕事をしながら拠点地一帯の管理。ゼニス様は周辺散策をかねて山菜などの採集。テトラさんとモニカさんは結界外の索敵と開拓。シュピールくんが最果てではまず手に入らない資機材や嗜好品一式の買い付けだ。
今後この最果ての地を街に発展させていくなら安定した食料の確保は必須だし道具や人手が必要になる。
人を集めるだけなら容易なんだけど、よからぬ考えを持った人間が紛れないとは保証出来ないし集めるにしてもまずは少数精鋭となるだろう。
「はぁ、人件費のかからない人手が欲しい」
「……経営者全員が思っていそうな願望の発露だな」
「あ、ローゼン会長。おはようございます」
ログハウスに入って来たのはいつものスーツ姿とはかけ離れた探検家めいた革のベストやブーツを着こなし、広いつばの帽子に紫の薔薇を刺したラウ・ローゼンさんだ。
「会長はよしてくれ……もう退任した身だ」
「初対面の時から会長だったのでつい……しかしラウさんも大変でしたね」
「全くだ。上手い話には裏がある。わかっていた事だがこの歳になって足元を掬われるとは思わなかったよ」
ハハハ、と軽快に笑う。うーん強い。
ラウさんもゼニス様同様、失脚した身だ。
レベルⅤダンジョンで得られるであろう利益に先行投資した彼はダンジョンがある山頂への悪路の改善や周辺に拠点となる集落の建築に早くも動いた。
当然、ダンジョンがあることを自分の目で確認した上で。
レベルⅤダンジョンからどのようなものが出土するかわからない時点で動いたのは早計に見えるがそこで得られる利益は何もダンジョンから出土したアイテムだけではない。
ダンジョンに挑む冒険者たち向けの仮拠点、食材やポーション、武器防具その他雑品を販売すればその辺の街で売るよりはるかに高値売れるし需要もある。まず黒字だ。
聞けば金銀が取れる鉱山でも一番利益を上げたのは鉱山付近でツルハシやスコップなどの道具を売っていた商人だとか。
ラウさんもどちらかといえばそこの利益が目当てだったらしい。彼にとってダンジョンは客寄せドラゴンに過ぎなかったようだ。
まあ、そのダンジョンが綺麗さっぱり無くなって計画は水泡に帰した。
向こう十年はかかる都市計画はパァ。損害額自体はローゼン商会からすれば問題ない範囲だったが商人にとって最も重要な信頼を損なってしまった。
ラウさんはローゼン商会そのものを残す為に全責任を引き受けて辞任し、今や個人商だ。
……そこまで大きく動いてたなら一言言ってくれたらよかったのに。流石にちょっと申し訳ないと思ったよ。
とまあ最果てでの流通をお願いしようとラウさんに会いに行ったらそんな顛末を聞かされた私は罪滅ぼしではないがここで新たなビジネスを計画してもらおうと半ば強引に連れ帰ったのである。
「しかし連れて来られたのは助かったかもしれん。ダンジョンが無くなったという世迷言を信じない第二王子の配下に目をつけられていたからな」
「王子はどうしますかね?」
「さあ? 少なくとも金儲けだけを考えていた私よりよっぽど悪どくダンジョンを利用するつもりだっただろうが……次に会った時な首と胴が繋がってないかもしれんな」
その前に一度顔くらい見に行った方がいいかな?
「ところでその格好は?」
「何、せっかく最果てなんていう生涯来ることは無いと思っていた場所に来たんだ。年甲斐もなく探検の一つや二つやりたくなるものだよ」
「なるほど」
男性は大人になってもどこか少年の心を持っていると本で読んだことがある。
ログハウスを用意するか聞いた時も自分で作るって張り切ってたもんなぁ……まあ、結局出来なくて今はテント暮らしをされてるけど。
「探検もいいですけど結界の外には出ないでくださいね?」
「もちろんだとも。この歳でそんな危険は犯さんよ」
「……先行投資は危険だったのでは?」
「それはそれ、これはこれ。では行ってくる」
「いってらっしゃい」
鋼の心臓かな? ほとんど全て失ったようなものだけどあそこまで逞しいと感心する。
ラウさんを見送ってから私は手元の書類に手を伸ばすと耳に聞き慣れた声が飛んできた。
『ねぇフランドール! 終わんないんだけど! 仕事が終わんないんだけど!?』
それは私の代わりにロンダリングとラインゴールドの支部を任せたマリスさんからの叫びだった。
いよいよ四章開幕です。
色々と失ったはずが逞しく生きてるフランドールたちをよろしくお願いします。
フランドールはあまり失っていない? それはそう。




