幕間 〜高貴なる買い物〜
ルイナスが住み着いた少し後のお話。
「あっれ〜?」
「……なんだアホな声をあげて」
「アホな声ってなんですかぁ」
深夜。いつも通りに残業をしながら個人的計算をしていた私があげた声に随分と失礼なツッコミをしてきたルイナス様に振り返る。
やれ座り心地の悪いだのセンスの無い内装だのと言っていた談話室のソファに横になって本を読む姿は何というか溶け込み具合がすごい。
まるで何年も暮らしているかのような馴染みっぷりだ。
相変わらずのツインドリルっぷりに私の視線がクルクルと動く。それを見て気付いたのかルイナス様は呆れたかのような表情を見せる。
「目で追うな」
「すみませんつい」
「全く……で、何があれぇなんだ?」
「……私そんなアホみたいな声あげてました?」
恐らく私の声真似をしたつもりであろうルイナス様のアホみたいな声に疑問を投げかけたら本が飛んできた。
「あぶなっ!? ちょっとこれ借り物なんですから気をつけて下さいよぉ」
「貴様こそ発言には気をつけろよ? 王女相手にアホなんて言葉を使って長生きした輩はおらんからな」
じ、自分は平気で使っておきながら。まあ私は王女じゃないから……いや、他人にアホというのは身分は関係ないと思う。
「で?」
「え?」
「だから何が疑問なんだ」
どうやら本は読み飽きて話に付き合ってくれるらしい。来たばかりの頃からは信じられない進歩だ。
まあまだ大して時間は経ってはいないのだけれど。ルイナス様ウワサよりちょろくない?
流石にそれを言ったらせっかくの機会を失いかねないし私も会話をする事で頭を整理したいから手にした羊皮紙を持って起き上がったルイナス様の隣に座る……同じ洗髪剤を使っているはずなのにルイナス様の方が高貴な香りがするのは気のせいだろうか?
「コレが……王族の香り」
「嗅ぐな戯けぇっ!」
「あだっ!?」
パコーンと後頭部を引っ叩かれる。本当にアホになってしまうかもしれない。まさに暴君だ……いや私が悪いのか?
「それはさておきこれですコレ」
「さておくかは私が決めるからな? ……なんだこれ」
ルイナス様が私の手から羊皮紙をひったくるとそこに書いてある数字とグラフを見比べる。
「……ギルドの収支会計か? ……おい、ゼロになってるではないか!? どんな管理をしたらこうなる!」
「あ、いえこれは私の貯金です」
「紛らしいわぁ!」
「あだっ!?」
スパーンと丸めた羊皮紙で引っ叩かれた。こんな短時間て二回以上ぶってくるのはクラーケさんくらいだ。
暴力性は厄災級、といったところか。
「ルイナス様にギルドの収支なんて見せる訳ないじゃないですか。絶対問題になりますし」
「今はほとんど飾り以下だから別に構わんだろ……」
いや、ダメである。この人絶対立場を逆転させて高笑いするタイプの人だ。下手な弱みを握らせたら絶対利用してくる。間違いない。
「全く……いや待て、じゃあキサマは今文無しか?」
「そうなんですよ」
不思議だぁ。
そう呟いた私の肩をルイナス様が掴む。
「不思議だぁ……ではないわっ! お前どんな将来設計をしとるんだ!?」
「えっ、なんですか急にめちゃくちゃ庶民的な話をされて」
「一応王族だぞ!? 全員とはいかんが民の生活が破綻していたら気にするわ! ……いや、ギルド所属の人間はちょっと扱いが違うからややこしいが」
ギルド所属の人間は務める支部がある国へ税を納めるがその額は国とギルドによって定められるので国によって高かったり安かったりする。
昔はもっと差があったらしいのだが職員が重税に不満を感じて辞めたりしてしまい、色々問題になってからは大体横並びになったという経緯があるらしい。
「ただこんなにお金を使ってないと思うんですよ」
「使ってないも何もゼロではないか。使ってるぞ?」
「いやそうなんですけど……ほらここです」
私が指差したのはお金を使った覚えのある日付と金額。それが月の途中で消え、いきなりゼロになっている。
「この辺で使った覚えが完全になくなりまして」
「ふむ……」
ルイナス様が頭上を見上げる。恐らく暗算しているのだろう。
もちろんこの計算も完璧ではない。ギルドのお金は銅貨一枚すら見落とさないが自分の財布はかなりザルだ。ちょこちょこ買ったものとかまでは流石に覚えていない。
「しかし元々の額も少なくないか? 一回で使い切るレベルだぞ?」
「王族基準やめてくださーい。そりゃルイナス様は王族なんですからお金に苦労しなかったでしょう」
その分人間関係は超がつくほど大変だったようだけど。
「というか今のルイナス様は私と同じ釜の飯を食べるある意味運命共同体です。この問題が解決しなかったら明日から保存食だけの食卓が並びますよ」
「……待て、まず考えるから」
ルイナス様が両手でクルクルとツインドリルをいじる。それ考えるポーズ?
私もちょっと真似してみるが頭が冴えることはない。
ツインドリルではないからか? 今度試してみる? でもこんな凝った造形のツインドリルにするなんて私には無理だ。最初は出来ても維持していく自信はない。
そういう意味では髪が長いのも手入れが大変でばっさり切ってしまいたいんだがそれとなくイメチェンの話をしたら全員からダメだしされたんだよね。
さて、それはどうでもいいとして隣のツインドリル計算姫が考える間に私ももう一度考える。
正直私一人なら保存食やなんならどこかの余り物でももらって食い繋ぐんだけど流石に王族に残飯なんて食わせた日には一生冷飯か食事がいらない身体にされてしまうかもしれない。対策が必要だ。
私はふと頭に浮かんだ考えを纏めようと羊皮紙とインクを手に取り、止まる。
「あ」
「ん?」
私の漏らした声にルイナス様が反応する。
「そういえば前にお使いに行ってもらった時、いくら使いました?」
そう、それはルイナス様が来てまだ間もない頃。
閃光の晩餐会以後の忙しさにインクと羊皮紙の在庫が持たず、無理を承知でルイナス様に買い出しをお願いした。
とはいえ規約からギルドのお金を渡す訳にもいかなかったので取り急ぎ私が金融ギルドに預けた貯金から引き出せるよう金額無記入の金券を出したのだ。
「……」
「……ルイナス様?」
何故固まるのか。
「フランドール、お前あの時なんと言ったか覚えているか?」
「ええ、まあ? 思い出したら一言一句……ルイナス様、ちょっと悪いんですけどインクと羊皮紙買って来てくれませんか? お駄賃としてルイナス様の好きなものを一緒に買って構いませんから…………」
ちょっと目を逸らさないでルイナス様?
「何買ったんですか? 何買ったんですか?」
「おい待て落ち着け」
「大丈夫、冷静です。で、何買ったんですか?」
何を買ったにしてもとんでもない金額だ。普通忘れる? でも金銭感覚が王族と平凡な受付嬢基準なら差異が出るのは仕方ないのか? いや仕方ないで済ませていいの?
「流石に消耗品ら食料じゃないですよね? それならまだ返品出来るかもしれません」
「返品!?」
ルイナス様が素っ頓狂な声を上げて飛び上がる。
「いやだって仕方ないですよ。ご飯食べれませんし。何買ったかわかりませんけど余り日も経ってないから満額とはいかないかもですが多少は戻りますし差額を払えなんて言いませんから。早く出してください」
「うっ……」
……何故顔を赤らめる?
「ルイナス様?」
私がルイナス様を見るとそっぽを向いて身体を抱きしめる……まるで身を守るかのよう……いや、まさか。
そういえば閃光の晩餐会事件でルイナス様が屋敷に運んでた日用品類も全て消し飛んだんだっけ。だから私の服やら何やら貸した訳だ……し。
「…………逆に高く売れそうですね……」
「絶対、売らん……」
「売りませんよ」
ロイヤルランジェリーなんて流出させようものなら私の人生間違いなくここで終止符を打たれてしまう。親族が生きていたなら一族郎党縛り首待ったなしだ。
人間死ぬのは避けられないがこの罪状では死にたくない。
こうなったらゼニス様も巻き込んで当面の生活費でも借りるとしよう。
ルイナス様の下着を担保にすると言ったらきっと二つ返事で貸して二度とその話題を口にするなと言われるに違いない。
そんな名案を思いついた私に消え入りそうな声でルイナス様が約束してくれる。
「……出世払いで返す」
まあどうとでもなるし謎が解けたらスッキリしたから別に気にしなくていいんだけど。
そういえば王女の出世ってやはり女王? この人こんな目に遭いながらも野心というか何というか……強い。
「では出世払い期待してますね」
それがいつになるかはわからないが、それまでルイナス様とはきっと長い付き合いになるに違いない。
しかし王族の身だしなみにはそこまで金が掛かるのか……つくづく庶民でよかったと思う。
ちなみにフランドールは一山いくらの所謂ワゴンセール品。
さて来週から第四章を開始予定ですが投稿ペースは引き続き週一水曜日更新になりそうです。
三章までのスピード感を維持出来ず申し訳ございません。
引き続き本編を楽しみにしていただけると嬉しいです。
よろしくお願い致します。




