幕間 〜私の怖いもの〜
ある日の買い出しの最中
「む、むむ」
私はズラリと並ぶ品々を見る。
そこにあるのは盤上遊戯と呼ばれるゲーム盤と使用する駒たちだ。
「むぅ……」
展示品の表記がされている品を手に取り、弄ぶ。
「高くない?」
「高くはないだろ」
ゼロの数を指先で数えていた私にシュピールくんが言ってくる。
「盤はエルダーウッドで出来ているし駒は白王石と黒王石を削り出した一品だ。むしろ安いほうだ」
私から駒を奪ったシュピールくんがしげしげとそれを眺めている……いや、目を輝かせている。
ここは辺境の街にある雑貨店の一つ。中でも盤上遊戯などのゲーム類を取り揃えた店である。
普段利用しない場所に来ているのはお昼休憩を利用してシュピールくんにプレゼントを買いに来たからだ。
ロンダリングでは色々あったが過去は過去、今は今。
最近シュピールくんにはギルドの規約に違反しない範囲で支部の雑務を色々とこなしてくれているのだから頑張ってるご褒美みたいなものだ。
まあ、それをそのまま言ったら突っぱねらるだろうから新しい盤上遊戯を買いたいからと誘い出したのである。
「いや、でも高いですよ」
「高くないって」
「高いですって」
私の給料何ヶ月分だと思っているんだろうか? シュピールくんって結構お金持ち?
「いいか、よく聞け」
「はい」
ここではい、と答えたのは早計だった。
シュピールくんから盤上遊戯の起源から始まり今目の前にある品がどれだけ手間暇かけて作られた物なのか懇切丁寧に解説される。
それを聞いているとなるほど金額は妥当に思えてくる。
気づけばその手に盤上遊戯が入ったケースが握られていた。
「いい買い物だったな」
「そうですね」
私の財布には致命傷を超えた致命傷だがこれを渡した時にシュピールくんがどういう反応を見せるかが楽しみだからヨシとしよう。
いつでもサプライズというのは楽しいものだ。今回は渡す物がわかっているから威力半減だが。
「しかし……あんな店よく知ってたな。この辺りには何度も来たが存在も知らなかったぞ」
「これでも辺境の街については詳しいですからね。シュピールくんはどこか行ってみたい場所あります?」
まあ辺境というだけあって遊ぶ場所は少ない……が、私が来たばかりの頃に比べたらそれなりに面白い街になっている。
「というかシュピールくんは人間文化が好きですよね?」
魔人はその見た目もさまざまだが人間へのスタンスもさまざまだ。
いや、まあ大部分の魔人は人間に対して良くない存在だ。初めから人間に好意的な魔人というのは珍しい。
だが人間の生み出す文化や嗜好品を好む魔人は多い。
だから人間は滅びずに済んでいると私は考えている。クラーケさんも人間が作った酒が一番好みらしいし。
「そうだな……人間はどうでもいいけど生み出すモノは面白いと思ってるよ」
「なら私以外の友達も作ってみませんか? 盤上遊戯には相手が必要ですし」
そんな私の言葉にシュピールくんがなんとも言いたげな表情を見せる。
「いつから友達になったんだよ」
「えっ!?」
毎日一緒に働いてご飯も一緒に食べて隙をみつけては盤上遊戯で遊んで……これで友達じゃないならなんだというのか?
「まあ、私もいつからと言われたら難しいですね」
辺境まで来てくれた時からだったかその後に色々と負かしてるうちだったかは忘れたが友達というのはそういうものだ。
「じゃあシュピールくんからみて私ってどういうポジションなんでしょう?」
「…………」
な、何故黙るの。出てくる単語によってはショックを受けるよ私は。
横を歩くシュピールくんの様子を伺うとチラリとコッチを見てくる。
結局答えてはくれなかったが厄災会議で見せたような目つきは見る影もないからきっとマシな関係にはなっているに違いない。多分。
「あ、ゼニス様とかどうです?」
「……何が?」
「え、友達?」
「お前見た目の歳が近いってだけで言ってるだろ」
図星である。
でもゼニス様も友達が少ない方だし意外と馬が合うかもしれない。
最近はモニカさんともちょくちょくプライベートでも会っているようだし密かにルイナス様とも手紙のやり取りもしてるらしいから少ないというのは失礼か。
「実際シュピールくんって何歳くらいですか?」
「僕? さあ、二、三百ってとこじゃない?」
「振れ幅デカいですね」
大体の魔人って自分の歳にあんまり関心ないんだよね。クラーケさんなんて完全に忘れたらしいし。
それに比べたらシュピールくんはまだマシか。
「その振れ幅の間で私は天寿を全うしてしまいますよ」
「……人間はすぐ死ぬからな」
「まあその分濃く生きてますから」
「……お前は濃すぎるよ。四六時中働いてるし人間と魔人の社会を両立だろ?」
「まあ、人より充実してますよ」
忙しいが、楽しい。限度はある
「あ、でも魔人社会はわりかしわかりやすくて人間社会よりは過ごしやすいですね」
「そんな事言う人間は絶対お前だけだぞ」
そうだろうか? 案外順応する人も多いとは思うのだけれど。
「シュピールくんは普段何してたんですか?」
「何って?」
「お仕事ですよ。まだ全盛期だった頃」
「まだって言うなまだって」
目を細めてこちらを見てくるシュピールくんが不満気に口にしてから空を仰ぐ。
「……仕事らしい仕事は……してないなぁ」
「え、無職?」
「無職言うな」
仕事をしてなければ無職だと思うんだけど。
「強いて言えば……用心棒か? 街や村にモンスターや魔獣が入って来ないように睨みは利かせてたし」
「え、立派」
「え?」
「ちゃんとしてるじゃないですか。要は人間を守ってくれてたんですよね?」
「いや、別に?」
「もー謙遜しないでくださいよ」
シュピールくんの背中を叩く。以前は文句を言っていたが最近はこういうコミュニケーションに慣れたのか言わなくなった。諦めただけかもしれないけど。
「じゃあなおさら早く力を戻して帰らないとですね」
「僕がここに来た理由忘れてるだろ……」
そう言えば反旗を翻されたんだった。
「……大丈夫、魔人社会は強さが最大のステータスですから力を取り戻したら手のひら返してくれますよ」
「一度裏切った相手なんだが?」
「大丈夫ですって、相手も悪気がある訳じゃないでしょうし。厄災会議で決まった取り決めを破った時悪気ありました?」
「……ない、けども」
「でしょう?」
魔人の皆さんは大体こんな感じだ。
人から見たら悪意の塊に見える場合が多いが悪意がない。
「シュピールくんが力を取り戻したら多分普通に迎えてくれますよ」
「そうか? 大分反感を買ってたらしいんだが?」
「魔人同士ならよくありますよ。私もクラーケさんの船にいた時は働き方と福利厚生の見直しを要求するために有志を募って反乱しましたし」
それだって悪意なき要求だ。クラーケさんには反逆罪で船首に吊られたけど。
「お前……怖いものはないのか……?」
シュピールくんがドン引きして見てくる。
もちろんあるに決まってる。
「処理済みになってない書類ですね」
流石に辺境では無くなったが王都にいた頃はよくあった。
あの時ほどの恐怖はなかなかないよ。
フランドールはどれだけ忙しくても机の上だけは最後に更地にする(n敗)




