幕間 〜ある日の雨宿り〜
王都から辺境に行く前のお話
それは王都から辺境支部に異動が決まり、その前に辺境一帯を空から見たいという私のワガママを聞いてくれた彼との遊覧飛行の出来事だった。
「ぎぃえええええぇぇぇ!?」
突然のスコールに見舞われた私はヘイカーさんにしがみつく。
空を知り尽くしたヘイカーさんですら予期できない突発的な悪天候。それはあの魔の海でも時折経験した災害によく似ていた。
雨傘は持ち歩いていたが差す気も起きない。
「あだだだだだだっ!? これヤバ! 一滴一滴がまるで殴られてるみたいに痛い!」
流石に大袈裟か? でもこのままでいたら命の危険を感じる程度には痛い。
ヘイカーさんはそんな私の声を聞いてか高度を下げて近場に見つけた岩場の洞窟に着地してくれた。
「ぶへぇ、死ぬかと思った」
滝のように服から滴る雨水。ここまで濡れたのは昔クラーケさんに海に放り捨てられた時以来かもしれない。海水ではないだけ幾分マシかもだけど。
「ヘイカーさんは大丈夫ですか? せっかくの羽毛がひたひたに……」
ぐちゃぐちゃになった服を脱いでぎゅうぎゅうと絞る。 過去の経験から制服に防刃機能は付与してもらったが内陸に位置するエルドラド王国には海がないから防水機能は皆無。バケツの一杯や二杯くらいの雨水が軽く落ちてちょっと引く。
そんな悲惨な有り様な私とは打って変わってヘイカーさんの羽毛はまるで濡れていなかった。
雨水を弾くその姿はどこか神々しく、不公平だった。
「ず、ずるくないですか? ヘイカーさん、あの雨でもへっちゃらなんて」
何故かそっぽを向いているヘイカーさんの羽を撫でる。さっきまで一緒に雨に打たれていたとは思えないふわふわな感触に加え体温が高くなってるのか羽まで暖かい。まるで暖房だ。
「これなら火はいらないですね」
洞窟内に風で運ばれて来たびちゃびちゃの枝や落ち葉をどう燃やすか悩むより、ヘイカーさんにくっついていた方が断然効果的だ。
「すみません、このままだと凍えそうなので」
「……」
ツンツンとヘイカーさんの身体を突いているとなんとも呆れたようなため息めいた息を吐いてヘイカーさんが翼を開いてくれる。
「失礼しまーす」
ひょいとその隙間に身を滑らせてしなだれると翼を畳んで挟まれる。
先ほどの寒さはどこへやら、むしろポカポカして暖かい。
「あー一家に一頭ヘイカーさんが欲しくなるあだっ!?」
ぬくぬくとした身体に体重を預けていたら脳天に嘴アタックを食らった。
「な、なんですか。素直な称賛ですよ?」
脳天を抑えて訴えるがヘイカーさんにそっぽを向かれてしまう。
続けて何か口にしようかと思ったが外から響く雨音に気を取られて口をつぐむ。
ざーざー鳴り響く雨音はおっかないが、安全圏から聞くとちょっとした音楽のようで心地良い。
とんだトラブルだったがいい経験になった。
「しかし辺境って空から見ると広いですよね。聞いていた領地の面積、絶対嘘じゃないですか」
ヘイカーさんからすれば人間の国境や領地なんて等しくどうでもいい話だろうが、暇つぶしに耳を傾けてくれていた。
「いやまあ前から流通量と釣り合ってないとは思ってましたけどコレ嘘八百で世間には公表してますね。さっき書いた地図からしたら辺境の広さは……あ、雨でダメになってる」
ヘイカーさんの背中から見た風景を元に地図を書き足していたのだがあの雨では紙が耐えきれなかったようでぐずぐずに崩れてしまった。
やはり横着せずにまずは濡れても大丈夫な羊皮紙にでも下書きすればよかった。
「ッ」
「えっ? マジですか?」
ヘイカーさんが嘴を鳴らす。なんと雨が上がったらまた辺境を一回りしてくれるらしい。私からお願いしようと思っていたんだけど先んじて提案してくれるとは本当に彼には頭が上がらない。
「ありがとうございますヘイカーさん」
「……」
やっぱりそっぽを向かれてしまうがヘイカーさんとの付き合いも地味に長い。このそっぽの向き方は別に機嫌が悪い訳ではない。
「あ、じゃあヘイカーさん。このままじゃ服も下着も乾かないんでちょっと尻尾に引っ掛けてあだっ!?」
流石に尻尾をハンガー代わりにするのは失礼極まるようだ。
「す、すみません。でも服が乾かないと雨が上がっても外に出れないといいますか」
いや、よく考えたら空を飛んでいれば誰かに見られる訳でもないし問題ないか? しかし濡れた服って着てるとなんともむずむずするんだよね。
私が抱き抱えていた服をチラリと一瞥したヘイカーさんが何とも呆れた様子で嘴を鳴らす。
すると洞窟内にフワリと風が舞う。
それは言ってしまえば小さな竜巻だった。
「……え、ここに服を?」
ヘイカーさんの言う通りに竜巻の中に服を放り込む。するとクルクルと風の流れに沿って服が宙を舞う。まるで踊るようだ。
「えっ、何これ面白い。ヘイカーさんこんな規模の小さい魔法使えたんですね。いつも速度と破壊力を追求してたから知りませんでした」
この調子ならすぐに乾きそうだ。
私が残っていた下着も放り込むとヘイカーさんの尻尾に頭を叩かれた。
「えっ、ダメでした? ヘイカーさんって洗濯物は小分けして洗うタイプ?」
洗濯というか乾燥だけど。
ヘイカーさんはピシピシとしばらく私の頭を好き勝手叩くと不貞腐れるように伏せてしまった。
雨足が止むことは無いままゆっくりと時間が過ぎる。
普段なら残業している時間だけど辺境支部行きが決まって私が抱えていた案件は全部引き継ぎしたから今の私は久しぶりに仕事に縛られていない。
仕事が嫌いな訳ではないが、やはり人一人が頑張れる限界というものがある。辺境支部ではもっと上手くやって定時出勤退勤が出来るように頑張らないと。
「辺境支部でも暇が出来たらまた空中散歩したいですね」
ヘイカーさんの身体を撫でる。
何度もヘイカーさんには連れてもらっているがこれほど気分転換になるものはない。
空から見渡す世界の美しさは人のよろしく無い面や危険な思想を持つ魔人や魔獣、モンスターが跳梁跋扈していると知ってなお色褪せない素晴らしさだ。
「私に翼があったらいつでも見れるんですよね……やっぱりズルくないですか?」
私を覆い隠すように翼を畳んだヘイカーさんの羽を手でわしゃわしゃしているとヘイカーさんらしくない控えめな嘴を鳴らす音がする。
「……ヘイカーさんのところに行けば毎日……? 確かに」
一時期ヘイカーさんの群れでお世話になっていたが自然と共に生きる生活も毎日新たな発見や問題があって楽しかった。
「でも私は弱っちいですからね。群れにそういうのが混ざると大変ですから。お気持ちだけいただきあだっ」
プスリと頭に何か刺されて咄嗟に手を伸ばして触れたのはヘイカーさんの羽だった。
「いいんですか? もらっちゃって」
魔獣の羽や毛皮というのはそれだけで強い魔力を帯びている。ヘイカーさんクラスの羽ならこれだけでもかなり価値ある品だ。
「クルル……」
「なら遠慮なく……どうです?」
サッと髪を編んで羽飾りのようにしてみると珍しくヘイカーさんが優しい鳴き声を上げる。
「似合ってる? ありがとうございます」
滅多に褒めないヘイカーさんに感謝を述べるとふいに雨音が止む。
見てみれば雨が上がった空に差し込む太陽に照らされ綺麗な虹が架かっていた。
「うわすごっ!」
洞窟の入り口まで出てその景色に目を輝かせる。
新しい職場で働く私の門出を祝ってくれているかのような虹を指してヘイカーさんに振り返る。
「綺麗ですね!」
つい子供っぽくはしゃぐ私を見てヘイカーさんが嘴を鳴らす。
綺麗だ、と。私と同じ感想を抱くヘイカーさんと一緒に眺める。
辺境に行ってもいい事がありそう。そう思えるほどに、本当に綺麗な景色だった。
雨の日は思い出してそうなひと時。




