幕間 〜ある日の残業風景〜
短めなお話
「先輩、今何時ですか?」
「三時、まだまだ余裕がありますね」
「時間だけ、時間だけですよ? 体力的な余裕は無いですよ?」
深夜三時。エルドラド王国辺境支部の受付カウンター内で仲良く肩を並べて仕事をしていたら後輩のセレナちゃんがそんな事を言い出した。
「でも、今やらないといつまでも終わらないですし」
「先輩、今私たちがやっている事は滝壺の水を掻き出して水を抜いてるようなものです。滝の流れが止まらない限りいつまでも残業じゃないですか」
「セレナちゃん、私たち二人なら干上がらせる事だって出来るよ」
「無理でーす! 先輩こそ現実逃避やめてくださーい」
そう言ってセレナちゃんが両手に抱えた書類の山を私の前に置く。現実は厳しい。
「もう疲れたし踊りましょうよ先輩」
「んー」
確かに夕方から今まで座りっぱなしだ。身体には良くない。
そんな時は二人で身体を動かしていた。最近はダンスを踊るのが流行りでセレナちゃんが軽快なステップを刻む。
「よし、踊ろう!」
どれだけ忙しくても息抜きは大事だ。
セレナちゃんを連れ出していつもは依頼人や冒険者でごった返しの待合室で私たちはこのまま舞踏会にだって行けるダンスを踊る。
「先輩はどこでダンスを習ったんですか?」
くるんとターンするセレナちゃんの手を握り、べちんと頬を叩く彼女のツインテールでちょっと眠気が覚める。ダンスの時は髪を纏めないといけないのがよくわかる。
「私ですか? 王都ですよ。きっかけは王都で開かれた舞踏会に誘われた時ですね」
「えっ!? 先輩が?」
「はい」
「……仕事を休んでまで?」
「その頃はもっと時間に余裕がありましたから」
「へぇ……で、相手は?」
「えーと」
私は当時誘ってくれた人たちを一人ずつ上げていく。
三人目くらいまではキャッキャッと聞いていたセレナちゃんが二桁後半に差し掛かったあたりで目が死んでいた。
「なんすか、自慢ですか」
「聞いたのセレナちゃんだよね!?」
あたたた、手を握る力が強い。私も学ばない。似たような流れで王都でもアンチが増えたというのに。
「セレナちゃんもかわいいから彼氏なんてすぐできるよ」
「せ、先輩に言われるとなんかムカつきますね……で、結局どなたと舞踏会に行かれたんですか?」
「いやぁ、それが行けなかったというか行ったら閉め出されたというか」
「えっ?」
「なんか第一王女より注目が集まってたらしくてすぐに追い出されちゃって」
「へぇ……」
いやはやあれは凄かった。第一王女目当ての人たちがこっちに集結したもん。
なんか人垣の向こうでキレた声が聞こえてきたけど多分第一王女だったんだろうな。
「うわー王族に目ェつけられたから王都からコッチに送られたんじゃないですか?」
「そんなことは無いと思うんだけどなぁ……」
まあ、確実とは言えないのが情け無い。
完璧にやり遂げてきた自負はあるのだが人から見ればいやいや、となる事もあるかもしれない。
「セレナちゃんは私がデキる受付嬢って思う?」
「………………はい!」
間が、長くない? ダンスでちょっと息切れしてるから?
脳内で流れる音楽に合わせてセレナちゃんと最後の決めポーズをして互いに礼をする。
観客がいたら拍手喝采だし、審査員がいたらオール満点間違いなしだ。
「プロにスカウトされるかも」
「先輩の脳内ではだいぶ飛躍しましたね!?」
「いやいや、セレナちゃんだってスカウトされるかもよ?」
「えっ、ホントですか?」
「だってめちゃくちゃ上手だし」
「え、えへへぇ。まいったなぁ」
「だから頑張って仕事しよう!」
「はい! ……いや、関係ないじゃないですかー!」
ニッコニコでペンを取ったところで気づかれた。前はこれで押し通せたが成長したねセレナちゃん。
立ち上がろうとするセレナちゃんの肩を優しく押さえながら私は後輩の成長ぶりにうんうんと頷く。
「大丈夫大丈夫、セレナちゃんも徹夜十日目くらいから新世界が見えるから」
「見たくない見たくないです。私はそんな仕事中毒者にはなりませんからね!」
「大丈夫大丈夫、セレナちゃんならコッチに、来れる」
「やだーっ! 先輩が見てる世界めっちゃ怖い! 残業が義務になってそう!」
ひとしきり騒いでからスン、とスイッチが入って事務処理を始めたセレナちゃんの指摘した世界を想像する……そんな世界は魔王がいなくてもきっと滅ぶに違いない。
???「新世界が見えました。先輩は正しかった!」




