第三十三話 最果ての地
暗い表情で馬車に乗り込んで来たゼニス様が向かいに座る私を目にして目を丸くする。
「ギッ……」
「おっと!」
叫びそうになったゼニス様の口を手で押さえる。不敬だが今は領主じゃないから大目にみて欲しいところだ。
「静かにしてください。バレちゃいますから、いいですね?」
「……」
コクコクと頷くのを確認して私はゼニス様の口から手を離す。
「……ギルマス、確か本部で懲罰会議を受けてるんじゃ?」
「はい。受けてますよ」
マリスさんが。
その返事を聞いたゼニス様は何か納得したような表情を浮かべる。
「……あの偽者はギルマスの手の者か……なんだ、窓から逃げて損したな」
「いえ? その時は彼女と共闘してませんから逃げて正解ですよ。過去の教訓が役立ちましたね!」
まだ領主になられる前、ゼニス様の父と兄の刺客から彼女を逃す時に窓から飛び出したのが懐かしい。
窓は出入り口じゃないと言う無垢なゼニス様可愛かったなぁ。
「……ちょっと待て、じゃあやっぱりあの時下手したら死んでたんじゃないか私!?」
私は笑顔を見せる。いやはや無事でよかった。
そんな笑顔の私を引き攣った顔で見ていたゼニス様は軽く咳払いしてこちらを見る。
「で、今回は何が目的だ?」
「目的といいますか、依頼ですよ。ミランダさんとアルムさんからの」
「依頼……あの二人から?」
「はい。ゼニス様を守って欲しいと……ゼニス様?」
「…………」
肩を震わせながら俯いてしまった。まだ話があるのだが少し待つ……あ、もう大丈夫そう。成長されたなぁ。
「それでお二人は依頼料は払えないから当面出稼ぎして来られるようです……ゼニス様、なかなかなの悪ですな」
「う……いや、うん、まあ」
気まずそうにまた目を伏せる。さっきとは違ってなんだが尊さがない。
二人の仕事量と立場を考えたらかなりの高級取りだ。それをつい先日まで無給で働かせていたのだというのだから恐れ入る。その手腕を雇う側としては教えて欲しいところだ。
「それで、守ると言ってもどうするんだ? 私は当分の間は開拓地にいないと」
「そうですね、私もどうしようか悩んだんですけど」
鞄から書類を取り出してゼニス様に差し出すとまたその顔が引き攣ってしまう。
「お前、これどこから」
「盗んできた訳じゃないですよ?」
ゼニス様に渡したのは彼女への判決状、その写しだ。
エルドラド王立司法局から入手するのは困難に思われたがここもアカシャさんの目が届く場所らしくあっさり手に入ってしまった。持つべき物は頼れる知り合いだ。
しばらくアカシャさんからの仕事はタダ働き確定だけど。
「こちらには開拓における責任を全部被せるためにゼニス様を領主解任、以後は辺境開拓班の最高責任者と記載しています」
「お、おお」
「そしてこちらをご覧下さい」
もう一枚の書類をゼニス様に渡す。
「辺境は王族直轄領となるためその名前が変わります。要はあの街は今後辺境の街ではなくなります」
「そう、だな?」
「で、私は冒険者ギルド辺境支部の受付嬢兼ギルドマスター、以下省略です。さて、私はどこに行けばいいでしょう?」
「……そのまま辺境の街じゃないのか?」
「実は契約書上はそうはならないんですよね。ちゃんと本部でも調べましたが支部を置いてある国または街が無くなった場合、ギルドは撤収が義務付けられてます。そして彼らは街の名前は変えましたが契約更新の申請はされてません。ただ解約という訳でもありません。過去の事例を挙げると王都が遷都した時は王都支部も合わせて移動しています。つまり私は他の辺境があるならそっちに行く必要がある訳です」
と、いうわけでと言葉を切ってゼニス様に書類を渡す。
「いまエルドラド王国の辺境は開拓責任者のゼニス様が実権を握られておりますので、支部移設先の申請書の承認をお願いしますね?」
それを受け取ってようやくゼニス様は笑顔を見せてくれる。
「ところで、あの街の冒険者はこれからどうするんだ?」
「移籍のための書類は皆さんに渡してますから近くの街に行くか、あそこに残って新しい支部ができるのを待つか……でしょうか。中には茨の道に来てくれた人もいますけど」
ゴンゴンとキャビンの中から御者側にある窓を叩く。
「ギルマス、何かありました?」
「も、モニカ?」
窓からひょっこりと顔を出したのは御者に扮したモニカさんだ。
彼女を見てゼニス様は驚いていた。これならもっと後でバラしたほうがウケたかな?
「なんでここに!?」
「そんなの可愛い弟子が一人で辺境の最果てに送られたからに決まってるじゃないですか!」
「……本音は?」
「第二王子がいる領地にいたくないので」
い、言うなぁモニカさん。目が笑ってないよ?
私がモニカさんを見ているとそんな彼女と目が合う。
「あと私の失態を知らない場所に行きたかった……ってのもありますが」
目が死んだ。
ゲッソーモニカという名が相当嫌だったようだ。
「新しい土地で私はニューモニカとして活躍しますから。期待してください」
「お、おぉ」
ゼニス様も戸惑っている……と、いい感じに街から離れたところで馬車を止めてもらうと私はマリスさんに教えてもらった念話を飛ばす。
「着きました。回収をお願いします」
「回収?」
「え? え? ギルマス? なんか周りが歪んで」
モニカさんが暴れそうな馬を宥めながら困難している。あれ? そういえば途中で回収してもらう事はモニカさんに言ってたっけ?
「……なんか知らない場所になったんですけど!? ギルマス! ちょっとギルマス!」
バンバンと窓を叩いてくる。言ってなかったらしい。
私はキャビンから降りてちょっと興奮しているモニカさんを宥める。
「大丈夫です。ちょっと転移して回収してもらっただけですから」
「転移って!?」
「代行、回収、完了」
「誰!?」
モニカさんがひょっこり現れたテトラさんに剣を向けようとする。
「落ち着いて欲しい、ゲッソーモニカ、私は味方」
「なんでその名でぇ!? ギルマスですね? ギルマスですね!?」
「は、はい」
す、すごい。モニカさんが私の胸ぐらを掴んでガクガク揺すってくる。以前なら考えられない成長っぷりだ。
「ギルマスの知り合いか?」
キャビンから顔を覗かせたゼニス様が尋ねてくる。
彼女の先にいるテトラさんはその見た目が見慣れた姿かは大きく変わっていた。
まず肌の色がエルドラド王国では一般的な白い肌になっており、服装も肌の露出控えめな魔法使いらしい紫のローブを着こなしている。
そして何より特徴的だった角がなくなっており、その見た目は完全に人間になっていた。
ちなみに角は見えなくしてるだけでそこにあるはあるらしいので気をつけないと行けないらしい。
「私は、テトラ、よろしく、元領主」
「うっ!」
私が説明した内容からピンポイントで傷を抉るねテトラさん。悪気は無いのに。
「彼女はギルマスのお知り合いですか? 冒険者……?」
「私? ……んー、一番の、側近?」
その答えは他ではしないでね? 深淵の皆さんが昔私の側近を誰が勤めるか揉めた時に無人島一つ沈めてクラーケさんがブチ切れて殴り込んできたの忘れたのかな?
ちなみにルナくんは特別枠で不参加だった。
「側近って……」
「ギルマスってどこかのお偉いさん?」
「いやいやギルマスって立派なお偉いさんですからね?」
なりたくてなってる訳でもないけれども。
「そんな事より、ここがエルドラド最果ての地です! ゼニス様を最高責任者とした新たな辺境の街がここから始まるのです! ゼニス様、ご先祖様が切り開いたあの街に負けない最高の街にしましょうね!」
目の前に広がる世界にゼニス様とモニカさんの表情が固まる。
広がる空は青黒く、坂巻く雲はまるで生きているように蠢き雷鳴が鳴り響き、あまりにも強いモンスターや魔獣が跳梁跋扈しているせいで漏れ出た彼ら特有の魔力が濃厚すぎて広がる森林から黒紫の瘴気が昇っている。
ここを開拓し、ゼニス様は新たな街を作り上げるのだ。
「楽しみですねゼニス様!」
「うん、多分、ギルマスだけだぞ?」
次回、三章エピローグになります。
新たな地に降り立ったフランドールたちの開拓によってどう影響が起きるのか……?




