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第三十二話 辺境簒奪

ゼニス→ウルペス視点


 いつもは大勢の人々で賑わう辺境の街。

 しかし今日は大通りに人影が乏しい代わりに立ち並ぶ建物の窓から人々は目の前を歩く少女を見送る。


 ゼニス・サーティン。かつてこの辺境の街の領主であり、今は貴族の爵位を剥奪されたただの少女である。


 その足取りは全てを失ったとは思えないほど力強く軽やかで、目線は真っ直ぐ辺境の街と外を隔てる外壁へと向けられている。


 あらゆる流れが仕組まれた糾弾の場においてゼニスが勝ち取ったのはその命くらいなもの。


 彼女は並び立てられた罪状の数々にこんなん極刑だろと内心叫びたくなったが最後の最後、ロンダリングから減刑を強く求められており、そのまま進めたら開戦も辞さないというとんでもない脅しが来ていたらしく晴れてゼニスは貴族位剥奪と財産の没収、辺境未開拓地の中でも未だ人が踏み入れていない地帯への派遣と相成った。


 背中に背負った鞄から覗かせる子供のおもちゃみたいなピッケルやスコップで一体何を開拓しろというのか甚だ疑問ではあるが手ぶらよりはマシだろう……マシか? まだ手ぶらの方が無知な子供を装えそうだ。


 これでは開拓を……そもそも旅を馬鹿にしている気がする。


 領民たちは誰一人として道行くゼニスに声を掛けない。それは決して彼らが白状な訳ではなくゼニス本人に強く言い含められたからだ。

 ここでゼニスを庇えば巻き込まれる。それはゼニスが最も望んでいない事。


 彼女からしてみれば領民が無事であるなら自分の事などどうでもいい……それは言い過ぎか。どうにでもなる。


 以前父と兄が起こそうとした独立に比べたら王族直轄領かつ、ロンダリングにルイナスという目の上のたんこぶがいるのだ。領民たちの暮らしに多大な影響は出ない。


 ゼニスはチラリと視線を送る。その先にあるのは自分の屋敷ではなくつい最近まで暮らしていた家がある方角、そして冒険者ギルド辺境支部に聳え立つ時計塔だった。折れて短くなってるけど。


 結局ちゃんと直ってないな、とゼニスは少し残念に思う。


 時計塔が欲しいとか言い出した時は頭が沸いてきたかと耳を疑ったが立ってみれば立派なもので辺境に来た人間なら間違いなく目につくシンボルだ。折れてるけど。


 実際あれが出来てから辺境の街全体の遅刻率が下がったらしい。時間が目に見えるという恩恵のデカさに感動し、弊害のデカさに苦しんだのは時計塔を建てた本人だったが。


 そりゃ締切時間をなあなあに出来なくなったからな。


 つい思い出し笑いをしてしまう。

 そういえば昔時間を誤魔化そうとして時計塔の針を戻したことがあったがあれから戻したのだろうか?


 戻してなかったら十分遅れになっているのだが。


 ゼニスは今更そんな事を心配しながら歩き、とうとう門へと到着してしまう。

 あとは馬車で送られて終わりだ。


「……」


 ミランダとアルムにはサーティン家が取り潰される前に自由にした。そしたら秒で出て行かれたので泣く暇もないというかあらゆる感情が追いつかなかったのだが今更込み上げてくるものがある。


「いかんいかん」


 ここで泣いたら頑張って強がって来たのがパァになる。

 フルフルと首を振るついでにパァンと頬を叩く。これはこれで涙が出たが。


「ぁ」


 馬の嘶きと蹄、車輪の音が近づいてくる。


 遅刻したって構わないというのに開拓地送りの馬車は気持ち悪いくらいピッタリ時間に合わせてゼニスの前に停車した。

 フードを被った御者が降りて来ると黙ってキャビンの扉を開ける。ゼニスに対して礼も何もないが今のゼニスは平民も同然。嗜める気もない。


 ゼニスは一度だけ街を振り返る。


 もしかしたら彼女が来るんじゃないかとどこかで期待していたのだろう。


 しかしあの時は助けてくれた彼女は現れないまま、ゼニスがキャビンに乗り込むとバタンと扉が閉められる。


 その音を合図に御者が馬を走らせゼニスを乗せた馬車は辺境の街から遠ざかっていった。



◼︎



 アルカディア騎士団辺境派遣団団長、ウルペス・ノウェルは手配した馬車が予定通りの時間にゼニス・サーティン元辺境領主を回収したのを見届ける。


「全く無駄に手をかけさせられましたね……所詮半魔は半魔、人一人殺せないとは」


 その仮面の下から呆れたような、残念そうな声が漏れる。


「私よ……ええ、元領主は回収したわ。中で始末したらその辺の魔獣の餌にでもして消えてもらいます……ええ、ええ……わかってますよ。うっさいなぁ、大体あなたは……切れちゃった」


 念話の向こうにいる人物から一方的に念話を切られたので鬼念するが一向に繋がらない。昔からこれだから部下に見限られるのである。


 一度裏で支配下に置いた辺境をまた支配下に置き直すという二度手間に付き合わされたウルペスはマスクの下でため息を吐く。


 辺境の街並みは大部分は変わらない。いくつも街を、国を回ったがこの辺境とは名ばかりの街の発展には改めて目を見張る……遊ぶところは何にもないけど。


 ウルペスの仕事はとりあえず終わりだ。


 領主を自分たちの傀儡に挿げ替え、ダンジョンも無いのに資源に恵まれている上にレベルⅤなんていう最高ダンジョンまで手に入れたこの地を支配する。トラブルは多々あったが結果がヨシなら過程などどうでもいいのだ。


 理想的だったのは各ポイントを管理する冒険者ギルド支部を排斥する事だったが起点となるこの地を手に入れられるなら誤差だろう。


「……はい、私だけど?」


 念話が飛んで来たのを受けてウルペスは元同僚、現同志の報告に耳を傾ける。


「フランドールの様子はどう? いる? 本部で懲罰会議中? ざまぁざまぁ……え、クビじゃないの? なんだ……うん、まあそこにいるならいいよ。本部にいるなら流石にコッチには手は出せないでしょ」


 一番警戒していた人物の転落にウルペスは蜜の味に見えない口元を緩める。


 流石に対面で話せばバレるかもと思ったがコッチに気づかない元同僚の鈍感さに安心と苛立ちを感じていたウルペスの溜飲が下がる。


「そのままフランドールは見張っておいて。あの子のせいで一回全部パァにされたんだから……殺したほうがいい? わかってんのよそんな事。でもあの子あの日も死んだと思ったらシレッと生きてたじゃん? しかもこの間なんてラーゼンくんに矢で胸を射られた午後普通に働いてたらしいからね? 殺したくらいじゃ死なないんだから関わらない方がいいの!」


 ウルペスはまだフランドールを理解していない同志の楽観さに地団駄を踏む。一番付き合いがなかったからとはいえ鈍い。


「そもそもボスが隠れ蓑の辺境支部の仕事を処理し切れなくなったからって他所から来たフランドールとセレナを雇ったからこんな事になってんの! 結果支部は乗っ取られたから夜逃げしたのに苦労して持ち出した文書は偽物にすり替えられてるしさぁ! わかる? ドヤ顔で偽物を持って行って大恥をかいた私の苦労を! あれ労災じゃない?」


 つい愚痴がヒートアップしているとウルペスの視界にやけに見覚えがある馬車が止まる。

 それはゼニスを密かに始末するために用意した彼女の処刑場だった。


「帰って来るの早くない? 何か忘れ物? ……いやコッチの話。フランドールは? ……土下座してる? あの子あの可愛さでなんであんなにプライドひっくいんだろ……まあいいや。それじゃ」


 ウルペスは馬車に向かって行くとキャビンを叩く。

 すると中からアルカディア騎士団の騎士がカーテンを開けて窓から顔を覗かせる。


「隊長、回収に来ました」

「……はい?」

「……いや、だから回収です」

「……はい?」

「……だから回しゅ……ブホッ!?」


 ウルペスの腕がキャビンの扉をぶち破って騎士の首を掴み引き摺り出す。


「お前さっき回収に来たばっかりだろうが! なんだ? 二人目か? 一人だけじゃ足りないか?」

「待って! 待ってください! 何の話ですか!」

「我々は今到着して」

「どの道遅刻だボケェ!」

「時間? 時間なら一分前ですが!?」

「は?」


 ウルペスは差し出された懐中時計を見る。それは確かにウルペスが支持した時間の一分前。慌てて振り返って支部のへし折れて短い時計塔を見ると十分進んでいる。


「……じゃあさっきの馬車は……」


 ウルペスはさーっと血の気が引く。


「……くそっ!」

「ああっ!?」


 ウルペスが馬車を蹴り飛ばして街道に飛び出る。


 先ほど出立した馬車の車輪跡は街道途中で消え、馬車は影も形も残っていなかった。




辺境を奪った連中は一体何者なんだ……。

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― 新着の感想 ―
おお、さらなる波乱の予感!いやあ本当に某スラムのような掲示板でこの作品に出会えた事は感謝ですね。日々更新が楽しみです! しっかし相変わらずアンフラさん達にはとことんまで憎まれていて彼女への関心の高さが…
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