第三十話 嵐去りて
シュピール→オズワルド→フランドール→マリス視点
「なあこれもしかして世界が滅ぶ前触れか!?」
「落ち着けよ」
空が暗雲に包まれ雷鳴や轟音が轟く中、何故か部屋着で冒険者ギルド支部に逃げ込んで来たゼニスにシュピールは慣れた手つきで作ったホットミルクをゼニスに差し出す。
「今日は天気が悪いんだろ。たまにあるよ」
「ねーよ? 少なくとも辺境でここまで異常気象が発生したなんて初めてだからな?」
受け取ったミルクを飲みながら豪語する。
何故ここに来たのか聞けばどうやらあのフランドールの偽者がゼニスの元に現れたらしく、即座にそれを見抜いて速攻で逃げ出して来た辺り危機管理能力が高い。
しかしゼニスを不安がらせない様に自然災害だと口にするものの、シュピールには空から伝わってくる異様なまでの強い魔力を感じている。
先ほどなんて無数の氷塊が降り注ぎ、辺境の街を襲ったがダンジョンから戻って来たラーゼンなる冒険者がその全てを撃ち落としたらしく、支部に集まっていた女性陣から黄色い声援を送られていた。
シュピールはなんとなくだがこの事態にフランドールが関わっている気がしてならない。
本部に呼び出された彼女は今はここにいない。彼女が目の届かないところで大抵碌な事をしていないという嫌な信頼がそう思わせているのかもしれない。
「……?」
シュピールはゼニスがジト目で今なお騒がしい空を眺めている事に気づく。
「どうした?」
「……いや、ギルマスがなんかやってんじゃないかと思って」
なんでフランドールが魔人と関わりがあるなんて知りもしない人間からこんな天変地異めいた事態を引き起こされてるなんて思われてるんだ。
◼︎
「ッ!?」
着弾した魔法の余波で顔は煤で汚れ、イチオシのブランド物のスーツのジャケットは半分消し飛んだオズワルドは突如飛行ルートを変えた襲撃者の向かう先を目で追う。
そこはバシレウス内にある禁書庫が設置された区画。そこから赤い煙が登っている。
それが何を意味するのかわからない愚か者ではない。
「クソッ!」
オズワルドは魔銃を放つ際に発生する反動制御を切り、装填した魔弾を放つ反動で宙を舞い、襲撃者たちを追う。
しかし一歩出遅れたオズワルドが目にしたのは内部まで貫通した破損箇所からフランドールが襲撃者に連れ攫われる瞬間だった。
魔銃はただ込めた魔弾を放つだけではない。魔弾を射出する際に使用者の魔力が必要になり、高威力の魔弾を放つには相当な魔力コントロールが必要になる。
だがフランドールを攫ってバシレウスの戦闘空域から離脱し始めた襲撃者を追う魔弾を放つ際に込めた魔力は、とにかく威力と速度を高めるためにオズワルドの魔力のほとんどを注ぎ込み放たれた。
空を駆ける流星の如き一撃は飛行する襲撃者の片翼らしき部位を撃ち抜くも落とす事は出来ず、その姿は雲の向こうへと消え去ってしまった。
「ふ、フランドールゥ!!」
オズワルドが魔銃を握りしめて彼女の名を叫ぶ。
「え、なんですかオズワルドさん?」
「ッ!?」
喉が張り裂けんばかりに叫んだ直後にすぐ近くで声がし、振り返る。
そこには渡していた黒眼鏡を頭にかけてオズワルドの様子を伺うフランドールの姿があった。
「な、何故ここに? 攫われたはずじゃぁ」
「私が? ああ、アレですよ例の偽者! 私の姿を真似た侵入者が禁書庫の中身を盗んで逃げたんです! ホラ!」
「ぶーっ!?」
オズワルドはフランドールに手を引かれてついた禁書庫の中を見て吹き出す。
その中身は綺麗さっぱり持ち出されており、もぬけの殻になっていた。
◼︎
「いやぁ、私も頑張って抵抗したんですが力及ばす」
「……そうか、まあ、いい。いや、よくないよ」
グッタリとした様子で地べたに座り込むとオズワルドは首から下げた念話の魔法が内臓された貝殻のアクセサリーでバシレウスの制御室へ指示を出す。
「私だ。戦闘態勢解除。周囲索敵を継続したまま隠密航行に移行しろ」
『了解いたしました』
『バシレウス、残存魔力が六割を切りました。魔力炉の温度が安定次第充填開始いたします』
『クリスタルカーテン再展開、現空域から移動を開始』
貝殻の向こうから聞こえてくる慌しい職員の声が途切れる。オズワルドさんは音声が途切れたのを確認するとがっくりと肩を落として膝を床についてしまう。
「はぁ、どうすんだよコレ」
「大変ですね」
「他人事か? ……これ懲罰会議か? いや流石に無理だろコレ防ぐのは」
「私、オズワルドさんが頑張っていたとしっかり証言しますから」
「言っておくが懲罰会議となったらキミも私側だからな?」
まあ、そりゃそうか。そもそも襲撃は私の手引きだし。
でも本当に襲撃されるよりはマシだと思うのだ。人的被害はゼロ……レックさんが怪我をしたがまあ無事だしヨシ!
「それじゃあ会議に向けて言い訳を一緒に考えましょう。この本部についても色々聞きたい事が山程ありますし」
「キミ、この惨状でよく元気だな……」
項垂れたオズワルドさんを引っ張り起こして借りていた黒眼鏡をかけてあげる。
実はマリスさんとのやり取りでちょっとフレームが曲がったが気づいていないようだ。
「そりゃ、辺境支部の時に似たような経験をしましたから」
「そうか……そうだな。いやはや頼もしい。その調子で頼むよ……あのジジイは絶対俺……私を詰めるだろうからな」
「オズの小倅がいながらなんてザマじゃ」
「うーわ、言うよ。絶対言う……会う時はちょっと同席してくれない? キミがいるとジジイの機嫌が良くなるからな」
くいっと黒眼鏡をあげてめちゃくちゃカッコよくカッコ悪い事言ってる。でもリーマン翁もたまに静かにキレるから確約は出来ませんよ?
◼︎
「……?」
ぼんやりとした意識が覚醒し、マリスはゆっくりと身体を起こそうとしてジャラリと重苦しい鎖が身体に巻き付いて身動きが取れなくなっていた。
「……」
身体は冷たい石畳ではなくふかふかとしたベッドかソファに寝かされているようで、近くでパチパチと薪が燃える音がしておりマリスが寝かされた場所は心地よい温度が保たれていた。
「うっ」
マリスがもう一度身体を起こそうとすると身体に巻き付く鎖がひとりでに動き出し、マリスを締め付ける。
「ぐっ、ぅ」
「堕鎖さん、起きたなら離してあげてください」
「っ!」
嗜めるような声に反応した鎖の力が緩み、マリスは縛られていた身体が急に楽になる。
身体を起こすと視界に入ったのは所々金メッキが剥がれたかのような見窄らしい黒い鎖が蛇の様に板張りの床を這って声の主の元に向かっていた。
その声の主は床に伏せた輪郭がイマイチ掴めない黒い犬のような生き物に背中を預け、手にした艶のある黒剣を鼻腔をくすぐる甘い香りのする香油で丁寧に磨いていた。
手慣れた様子で手入れをしているのはマリスの姿の元である受付嬢のフランドールだった。
そんな彼女の腕に鎖が巻き付くとその動きを止める。チャラチャラと腕から垂れた鎖が揺れる様はまるで生き物が喜びを表現をするように尻尾を振っているようだ。
「おはようございますマリスさん。よく眠れましたか?」
「……ここは?」
マリスの視界に広がるのはどこかの洋館の一室だった。
シックな内装は非常に落ち着いた雰囲気を醸し出し、パチパチと薪が燃える暖炉の柔らかな灯りに照らされたフランドールの姿は中身を知ってなお息を呑む美しさだった。
「ここは私の部屋ですよ。ふふん、結構センスがいいと思いませんか? 皆さんはもっとゴールデンにしろとかシルバー吊るせとかめちゃくちゃ言ってきますけど」
「……」
気を失っていたからアレからどれだけ経ったかわからないが、ほぼ初対面の奴にいきなりお部屋自慢してくるのはどうかしていると呆れつつ、マリスはこの部屋から抜け出し逃げる算段を思案する。
「ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。私、マリスさんに危害を加えたりする気はありませんから。用が済んだら外までお送りしますよ」
「な……」
「ふふ、考えてる事が見抜かれてビックリしました? そりゃ私とおんなじ顔ですから、表情から簡単に読み取れますよ」
「……貴女、私に姿形を真似されて平気なワケ?」
「まあ、私の姿で悪さするなら思うところはありますが綺麗なドレスで着飾って鏡の前でうっとりするくらいなら別に構いませんし」
「ぶっ!?」
フランドールが絶対知らないはずのマリスは密かな楽しみを言い当てられ咽せる。
「な、なんで」
マリスの疑問をフランドールは懐から取り出したケースを見せびらかす。それはマリスが本部の禁書庫から盗み出した逆鏡だった。
過去を覗かれたら覗き返す女。




