第二十六話 迎撃
深淵組→オズワルド視点
玉虫色の細長い甲殻類のような巨体が雲の上を泳ぐように飛行する。
その身体の側面にはオーロラのように煌めく帯状のヒレがひらめき、禍々しくも美しいソレは頭に乗った盟友に声をかける。
「なあ、ホントにこんな場所に代行がいるのか? 一面雲しか見えないんだが」
「いる、見えてないだけ」
簡素に答えるのは白銀の長い髪を風になびかせ、青白い肌を大胆に露出させた女の側頭部から伸びた山羊のような黒い角、そして黒眼に浮かぶ赤い瞳をした魔人、テトラだった。
「いくつもの結界で、姿、隠してる」
「ふーん」
それを聞いて目を凝らすもやはり見えるのは空と雲だけ。代行の気配も感じない。
「でもさ、いいワケ? 代行の職場を攻撃しちゃって……働き方の改善要求にしては乱暴じゃない?」
「ちゃんと、話きいてた? 今回、誘き出すのが、目的」
テトラの手に双頭の蛇が絡まったかのような形をした黒炭のように煤けた杖が握られる。
それこそが深淵の魔人テトラが持つ王剣、無知なる賢王であった。
「無数にあるポータル全てから、襲撃者、未然には、防げない、いつ来るかも、不明。だから」
テトラが手にした王剣を振るう。その瞬間、放たれた青白い熱線が何も無いはずの空間にぶつかり、けたたましい轟音を撒き散らす。
無知なる賢王は所有者が使用した魔法を破壊に特化した高出力の魔法に変えて出力する事が出来、その魔法が高度かつ難解であるほど威力は高まる。
直接的な破壊に秀でていなかったテトラにとっては自らの短所を補って余りある存在である。
「今、攻撃して、敵の予定、乱す」
代行、フランドールは冒険者ギルド本部への襲撃計画が事実だとしても理由まではサッパリわからないと言っていた。
ただ自身の姿を真似た人物がいるという事実からもしかしたらフランドールに襲撃者の汚名を着せるつもりかもしれない。
だから襲撃者に先んじて自分ごと本部を襲撃してもらったら自分を疑う人は減るだろうというのが代行の考えであった。
もちろん自分への疑いを晴らすだけなら代行もこんな手は打たなかっただろう。
だが本当にあるかどうかもわからない襲撃への警戒を促すより、実際襲われた方が真面目かつ本気で防備に取り組むだろうという代行の粋な計らいだ。短絡的ともいう。
続けて二射目を放つと相手も動きを見せた。
随分と悠長な対応だ。これが代行が懸念していた平和に慣れすぎた弊害なんだろう。
「おいおい、すごいなコレ」
空に現れたソレを見て、普段滅多に驚かない魔人が感嘆の声を上げる。
岩とも金属とも判断しづらい鈍色の外装に覆われたソレは空に浮かぶ巨大な傘のような建造物であった。
これこそが冒険者ギルドの本部を設置した空中要塞。調べ上げた代行自身も半信半疑だった太古の遺物だ。
「カリス、反撃、くる」
近くでよく見ようと接近していた魔人カリスはテトラから警戒を促され、咄嗟に回避行動を取る。
その刹那、空中要塞から放たれた閃光が空を駆け、空気を引き裂くような轟音が鳴り響く。
「うへっ!? おい見たか今の」
「雷の魔法、なかなか、よい威力」
ゆらゆらと遊覧飛行していたカリスがその速度を上げて空中要塞の周囲を移動する。
どこから見ているのか、それともこちらの魔力を探知しているのか、空中要塞から放たれた雷撃は旋回するカリスを撃ち落とさんと猛撃してくる。
「スゲー撃ってくるんだけど!」
「あれだけの遺物、盟主様も持ってない、レア物」
万雷の攻撃に対してテトラの反撃は消極的であった。
それは空中要塞から感知出来る生体反応に当たらないようにしつつ、空中要塞そのものの駆動機構を誤って破壊しないようにする為だ。
「む」
テトラは雷撃に混ざってこちらに放たれた閃光を結界を張って防ぐ。しかしソレはテトラの結界を食い破ってかざした左手を吹き飛ばした。
「マジか、おい大丈夫か?」
「平気。それよりも、回避専念」
雨のように降り落ちてくる雷の間を縫うように飛び回るカリスたちに迫る紅い閃光。それが先の攻撃と同一のものであると察したテトラは結界で受けずに王剣を振るってそれを撃ち落とす。
「あっっつ!? 今雷が俺の尻尾を掠めた!?」
「……うん」
実際にはテトラの放った熱線が当たってしまったのだがシレッと嘘をつく。こういうところは代行に似てしまったとテトラはその無表情な顔に僅かだが微笑を浮かべる。
「さて」
テトラは吹き飛んだ左手を治癒魔法で再生し、その超人的な視力で空中要塞の外装部に立つ人間を視界に捉える。
緋色の髪に紅い目をした人間が手にした武器をこちらに向け、その引き金を引く。
たったそれだけの動作でテトラの魔法に匹敵する破壊力、そして雷撃を見てから避けるカリスの速度に追いつく魔弾を放つ。
「カリス、幻燈、よろしく」
「えっ、なんか来てんの?」
カリスの視界から死角に回って追尾してくる魔弾に気付いていないカリスはテトラに従ってその帯状のヒレから無数の色に輝く光を放つと空に別のカリスとテトラの姿を映し出される。
放たれた魔弾は回避行動を取るカリスではなく、その映し出された幻に吸い寄せられるように着弾し、その一帯を凍結させる。
「こっっわ!」
「あれ、下に被害がでる」
テトラは空に出来た氷塊を破壊しようとするが、ここでそんな周りを気遣う姿を見せればこの襲撃が茶番だとバレてしまうかもしれない。
「どうすんだ?」
「こうする」
テトラは黒い粘糸を魔法で作り氷塊と空中要塞に向けて打ち込み、繋げる。
「縮め」
そう命じると繋がっていた粘糸が急速に縮み、質量としては圧倒的な差がある空中要塞目掛けて氷塊が吹っ飛んでいった。
◼︎
雲より高い超高度。雲海のおかげで高所恐怖症のオズワルドはなんとか空中要塞の外郭部に乗り出していた。
「なんだあの化け物は」
冒険者ギルド本部でもある空中要塞バシレウス。
その規格外の力は公表すれば世界中で問題になるとして冒険者ギルドが再編されてから一切表舞台には公表されていないとオズワルドは自らの前任から口伝で教えられている。
本部の職員も精々どっかの山奥にでもあると思われているギルド本部。まさか世界中の空を飛び回っているとは夢にも思っていないだろう。オズワルドもかつてはその一人だった。
バシレウスの存在は冒険者ギルド再編時、人類に仇なす魔王に与した人類の裏切り者たちに処刑を免れる代わりにかけられた至上命題によって子々孫々に至るまで生涯をギルドに捧げた末裔たちによって秘匿され、冒険者ギルド本部として運用されてきた。
オズワルドもそんな末裔の一人でありながら才能を見出され、ルドルフ・リーマンの弟子としてその才能を磨いた。
とはいえ剣の腕はからっきしでユートピア大陸で出会った魔銃使いに憧れてその才能の全てを注いでしまったが。
今や世界でも指折りの魔銃使いのオズワルドをして、バシレウスを襲う怪物に緊張が奔る。
纏めて滅ぼすつもりで放った魔弾は片手を吹き飛ばすに留まり、その後立て続けに放った魔弾もあしらわれた。
おまけに氷結の魔弾で出来た氷塊を武器として放ってくる。
「なんて奴らだ」
オズワルドは魔銃の弾倉の腹を叩いて装填口を側面から露出させる。
魔銃は一丁一丁がオーダーメイドで二つと同じ品は無く、弾丸すらも使い手の力量に応じて手作りする必要がある非常に手間のかかる武器だ。
オズワルドはグランドマスターとしての業務の傍で手間暇かけて作った弾丸を装填し放つ。
氷塊に着弾した魔弾は超振動波を発して氷塊を一瞬で粉砕する。
飛散した氷のカケラが落下してしまうがやむを得ない。
オズワルドはバシレウスの兵装による雷撃を縦横無尽に飛び回って回避する異形の怪物たちに再びその銃口を向けるのだった。
多分、襲撃者たちの本来の計画より派手にやってる。




