第二十三話 迫る影から即脱出
ゼニス視点
「あー、あー、あーー」
平凡な一戸建てが並ぶ住宅街。その内の一つの住宅に住み移り、今やすっかり居心地が良くなっていたベッドの中でエルドラド王国辺境の領主、ゼニス・サーティンは普段は絶対に見せない怠惰で気の抜けた顔をして呻いていた。
それも無理からぬ話であった。
何故ならエルドラド王国より領主の権限を剥奪される事が確定したからである。
床に散らばった書状には長ったらしい嫌味にも見える文面が綴られ、要約すると王国の法を犯したゼニスの地位や財産を全て国が没収し、今後辺境はエルドラド王国第二王子、ルイン・ユール・エルドラドの直轄領となる。
これまでエルドラド王国を陰ながら支えて来たサーティン家の歴史はゼニスの代で幕を閉じるという訳だ。
「はぁ〜〜」
デカいため息が漏れる……が、ゼニスの心境は落ち着いたものだった。
領主の地位を父や兄を排斥してまで手に入れたのはひとえに辺境を守るため。
王族の直轄領となるなら辺境の街は今後更なる発展を約束されたようなものだし、もし第二王子が国王となるなら辺境の発展如何によっては遷都し、ここが王都になるやもしれない。
今回のダンジョン発見以来、裏で動いていた人物が伯母であるチープだと調べがついた段階でゼニスは何もかも自分が招いた事態だと理解した。
辺境の未踏の地を広げる開拓班にチープ自ら乗り出したのは領主になった自分を手助けしてくれた訳ではなく、今回のダンジョンのような国のトップクラスを味方につけられる交渉材料を探すため。そしてゼニスが排斥した父や兄を再びこの地に連れ戻すためだったのだ。
仮にこの事態が領主になった直後であれば散々泣き腫らしたに違いない。だがゼニスは自分よりも悲惨な目にあってなお逞しく過ごしていた人物を見ていたからか、変な方向に強くなっていた。
味方が一人もいなくなっていたあの閃光の晩餐会時のルイナスに比べたら自分はどれほど人に恵まれている事か。
「ふんっ!」
ゼニスはベッドから飛び起き、まずは今後の流れを確認する。
床に散らばった書状を裏紙にしてやりながらゼニスは頭の中の考えやわかっている情報を書き出す。
まずはエルドラド王国への謀反。これはルイナスを軟禁していたというある意味事実を元にでっち上げられた罪状だが、これはロンダリングにいるルイナスに証言を求めればきっとゼニスに優位な証言をしてくれるだろう。
その次に自らの屋敷で秘密裏に製造していた破壊兵器を所持しているという疑いだが、これはサーティン家の屋敷を消し去ったあの冒険者、トニー・フォーマルハウトのせいである。
とはいえそれを赤裸々に話せばルイナスの恋人が罪に問われる。あの出来事はあくまで会場にいた人々を守るためやむなくああするしかなかったのだから仕方がない。
ゼニスはサーティン家の恥になる事は覚悟の上で屋敷が倒壊し消え去った原因は欠陥住宅だった事が理由だと公表する気でいた。
正直出揃った証拠を見た時はよくまああの屋敷で暮らせていたと冷や汗が出たものだ。
そして決定的だったのはその第二王子の救出のためにゼニスが手配した冒険者が失敗……というか間に合わず、アルカディア騎士団の連中が成功したという事だ。
ゼニスが冒険者たちを見送った後、入れ違いで街にやって来た第二王子ルイン殿下はのうのうとゼニスの領主としての采配の悪さやレベルⅤダンジョンという場所の重要性と危険性への認識の甘さと先の書状を突きつけて領主として相応しくないと糾弾されたのである。
陰謀詭計にはまだまだ疎いゼニスにだって今回の一連の流れは全て仕組まれていた事くらいわかる。
だがわかったからといってどう対処すれば良いかなんてわからない。
そんな時にゼニスの頭に浮かぶ人物はたった一人、このベッドの本来の持ち主であるフランドールである。
しかし、今ゼニスが抱えた問題は完全に冒険者ギルドが干渉するには逸脱した国家内の政治的問題だ。
サーティン家のお家騒動も本来なら冒険者ギルドが関与する案件ではないのだがまだ幼かったゼニスにはその線引きがわかっていなかった。
今は領主として、今回の件にフランドールを頼ればどれだけ迷惑をかけてしまうかよくわかっている。
つらつらと裏紙に今の問題をどうするかを書き綴る。
ゼニスの力ではここから巻き返す事は出来ないだろう。とはいえ領主という地位に拘りがあるわけではなく、この辺境が豊かになるのなら本望だ。
ならば今ゼニスがすべき事は自分がいなくなっても問題がないようしっかりと領地の引き継ぎをする事、そして受けるであろう刑罰を軽くする事、そして奪われるであろう従者たちを解放する事だ。
「ミランダ……アルム……」
ゼニスが生まれた時から家に仕えていた二人の従者の顔が浮かぶ。
今は失われた技術によって生まれたホムンクルスである二人はサーティン家に仕えるよう調整されている。
しかし領主ではなくなり、恐らく父や兄を追放した意趣返しにこの街から追放されるであろうゼニスがいなくなればこの街に戻って来る父や兄に仕える事になる。
先代がいた頃からこの二人に目を付けていた父と兄が二人をどう扱うか、想像したくもない。
「二人とも、自由になったらどうするかな……?」
出来れば一緒にいて欲しい。しかし、二人にだって本当はやりたい事や行きたい場所があるかもしれない。
従者の枷を解いたら退職金でもあげるか。
「……あれ?」
そこでふと気づく。
今まで給料とかあげてなくない?
「……」
生まれながら仕えていたから完全に失念していた。
全く別方向の問題にゼニスの身体に冷や汗が流れる。
「え……いつから? サーティン家が誕生した当初からとしたら最低賃金としても……」
衣食住はちゃんと与えていたし休みもあった。計算よりも安く済んだとしてもとても今のゼニスには払えない。
ルイナスの晩餐会で使った金もまだ支払い終えてないし屋敷を建て替えたりもした。
領主という地位があったからこそ見逃されていた未払い案件がここに来てポコポコと湧き上がる。
国からの刑罰を乗り越えても商会ギルドなどから訴えられたら普通に詰みでは?
多額の借金背負って資源地での強制労働刑なんてなったら先代に顔向け出来ない。
「借金とかチャラになんないかな」
「何ギャンブル狂みたいなことを仰っているんですか」
「ぴょわっ!?」
唐突に声をかけられたゼニスが飛び上がり、後ろを振り返る。
そこにいたのはフランドールだった。
見慣れた受付嬢の姿の彼女に一瞬面食らうがすぐに冷静になって問いただす。
「な、何の用だ? 勝手に人の部屋に入りおって」
「いや一応ここ私のお家で私の部屋ですし」
「まあ、確かにそうなんだが……」
「……今後の計画ですか?」
テーブルに広げた用紙を手に取りながらチラリとこちらを見て来る。
「? あ、ああ」
ゼニスはグッと部屋着の裾を握る。
違和感。
普段から遠慮も何も無く、大体好き放題やってるフランドールだが、ゼニスの書いた書類を許可なく触れたりしない。
「あ、そういえば以前言っていたレバレッジの新しい茶葉をもらってな。よかったら飲むか?」
「いえ、結構です」
「……そうか。だが私は飲みたいからちょっと淹れてくる。用があるならちょっと待ってろ」
「ええ、わかりました」
そう言って書類に目を落とすフランドールを見ながらゼニスは部屋の扉を開けて一階へと違和感がないようゆっくり歩き、一階の窓から音を立てずに外に出るのだった。
例え本物でも許されるから大胆に逃げる。




