第二十一話 死を看取る瞳
第三者→フランドール視点
刺殺斬殺撲殺絞殺射殺薬殺圧殺轢殺呪殺焼殺溺殺毒殺抉殺惨殺爆殺滅殺。
死の迷宮が蒐集したありとあらゆる死の数々。
その死痛を一方的に与え続けるだけの場所こそが第四階層という死の坩堝であった。
第一から第三階層まで受けた死の恐怖を乗り越えてきた者たちにはありとあらゆる死を体験させてあげる。それが死の迷宮の意思と言うべきナニかからの贈り物だった。
長年クソみたいな寄生虫の如き連中が住み着き、ダンジョンのリソースを食い潰されていたがようやくその姿を消してくれたおかげで死の迷宮は再びその力を取り戻しつつあった。
ダンジョン内に勝手に施されたあらゆる結界を解体し、もう二度と同じ真似が出来ないようダンジョンを改変していく。
もし再び連中が戻ってきたら慌てふためく事だろう。
そんなタイミングに入って来た人間たちを生かして帰すのは甚だ不本意だが、皆殺しにしていては新しい獲物が入らなくなるという事は学んだ。
今後のためにも彼らは生かして帰す。
だがその内の一人の人間がノコノコと第四階層に入ってきた。
死の迷宮は嬉々としてその人間に死痛を与えてその狂う様を観測する。
?
入ってしばらく経つが悲鳴も命乞いもナニも聞こえない。
しかし死んでいる訳でもない。
死の迷宮は真っ暗闇の中でのたうち回っているはずの人間を探す。
自らの領域内にいる人間など手に取るようにわかるはずなのに、その人間が見つからない。
!
明かりのない空間に浮かぶ金色の瞳と目が合った。
死の迷宮は姿形などない自らの存在をはっきりと視認しているその目に無いはずの背筋が凍る。
こちらがあちらを探していた様に、あちらもこちらを探していたのだろう。
はっきりと目が合ったと自覚した時にはこちらに向かって歩いて来ていた。
数歩先すら見えないはずの場所を何の恐怖も抱かずに歩くソレはここに入ってもう幾度となく死を体験しているはずなのに、全く変化が見られない。
?
どこかから、狼のような遠吠えが聞こえる。
その鳴き声に気を取られた死の迷宮は次の瞬間、目の前まで迫っていた人間の瞳に思考を強張らせる。
あらゆる死を蒐集し、再現し、死を弄んでいた死の迷宮は、自らの意思に亀裂を入れたこの感覚こそが死であると認識する。
「ルナくん、ここ」
その人間が、ナニかに声をかけてこちらを指差す。
瞬間、死の迷宮と呼ばれたダンジョンは呆気なく最期の時を迎える。
今際の際に見た金色の瞳はあまりにも悍ましく、あまりにも美しい死であった。
◼︎
全身を蝕んでいた苦痛が霧散し、ようやく私は一息ついた。
「あ〜痛かったぁ」
あくまで死の苦痛が与えられるだけで実際やられてる訳ではないのに手足があるか確認し、首が繋がっているか首筋をなぞる。
最初からこの階層の仕掛けを理解して実際に死痛を体験済みでなければ気が狂ってしまうこの第四階層は越えられない。
深淵のみんなも第四階層は二度と入りたくないと言って第三階層と勝手に作った第五階層を転移魔法で無理矢理繋いだもんなぁ。
「それにしてもまさかルナくんがいるとは思ってませんでした。もしかして置いてかれてました?」
真っ暗闇の空間に手を伸ばす。艶やかな毛のような感触が手に伝わり、ヌルリとした舌の感触が手を撫でる。
「あっ、ダメですよこの服借り物なんですから」
サーコートを咥えて私を持ち上げた彼に注意し、床におろしてもらう。
真っ暗闇だと相変わらず姿が見えなくてどこにいるか分かりにくい。
まあ暗闇そのものだからどこにいるとかいないとかではないのだけど。
足元をぐるぐると回って見えない身体を押し付けてくる彼を撫でる。久しぶりだからか随分甘えてくるな。
ルナくんは元々盟主様が飼っていた怪物だ。
昔の拠点にあった決して開けてはならない扉を勝手に開けて中にいた彼は私の常識を大きく変えてくれた存在である。
盟主様と違ってただ命令するだけでなく何かとちょっかいをかけて来たり部屋に閉じこもっているから外に連れ出してあげたりする内に私に懐いてくれたので盟主様からそのまま飼い主として押し付けられたのが懐かしい。
「……ああ、私が来るから待っててくれたんですね。ルナくんは頼りになりますね」
しゃがみ込んでわしゃわしゃと両手で撫で回していたらダンジョン内が揺れ動く。
ダンジョンの破壊と脱出用に色々準備して来ていたのだがルナくんがいたなら話は変わってくる。
「ルナくん、せっかくだから一緒に帰りましょうか」
私の誘いに拝呈の意思を込めた鳴き声を一つあげると暗闇の中にガバリと大きな口が開いて私を丸呑みにする。
そして再び口が開かれるとそこもまた暗闇が広がっていた。しかしその暗闇は先ほどの死の迷宮に比べたらどこか温かみのある見慣れた場所だった。
それも当然でここは辺境支部の地下室だ。
以前ここでシュラさんとルナくんが鉢合わせした時は大変だった。流石のシュラさんもちょっとトラウマになっちゃったし。
「ありがとうございます。次の新月には一緒に散歩に行きましょうね」
ぼんやりと犬のような輪郭を取ったルナくんの頭を撫でると嬉しそうな鳴き声を出してその姿を消す。恐らく深淵のみんながいる仮拠点に向かったのだろう。
昔私が外で就職して働くと決めた時、最後までついて回ってきてたルナくんだが彼も成長し、私の私生活に迷惑をかけないよう新月の夜だけ会いに来るようにしてくれるようになった。
基本的に本職関係で深淵メンバーに頼ったりしないようにしているがルナくんはメンバーというよりは盟主様から託されたペットなのでヨシとしている……まあルナくんだけそんな特別枠にしたら四六時中私の護衛をしたがるメンバーがじゃあ自分もペットに、とか言い出した時は頭が痛くなったけど。
仮拠点には近々顔を見せに行くと決めつつ私はガルボーさんたちから聞いた情報の裏取りをするために地下室から外に向かった。
◼︎
「えっ!? 私の偽者が本部を襲おうとしてる?」
地下室から支部に戻ってきた私をみてなんだがめちゃくちゃ驚き動揺していたシュピールくんからの話に私も驚いてしまう。
「さようさよう」
「それはもう代行そっくり」
「彼奴めはこの部屋を破壊し」
「代行の衣類まで盗む始末」
「なんと……」
空が見える私の部屋を最初に見た時は何事かと思ったがそんな事情があったとは。
「しかも少年にも危害を加えようとしたので」
「私達が助けに入った所存」
「なっ、少年」
「あ、ああ……おかげで、助かったよ」
肩を組むカラミティさんの言葉にちょっと気まずそうに返すシュピールくん。
念のため彼の警護を深淵のみんなにお願いしていてよかった。
「でも何で私の姿に?」
本部に入るなら私なんかよりグランドマスターに化けたほうがより怪しまれない。
私なんて本部に行ったらずっとジロジロ見られるのに。
「化けれるなら」
「見目麗しい姿になりたい」
「当然では?」
「えっ? 照れますね」
「言ってる場合か? お前の姿で好き勝手されたら責任を被せられるぞ」
シュピールくんの意見はもっともだ。
正直自分に変装するという手段は頭から抜けていた。
セレナちゃんの時の二の舞にならないよう私の名を使った人が現れたら共有してもらうようにしていたのだが私そのものに化けていたらどうしようもない。
「でもシュピールくんよく気づきましたね」
「えっ、まあ……」
「少年はよく代行を見られておる」
「姿形だけでは騙されまいて」
「えー何だか嬉しいですねぇ」
「おい頭を撫でるなっ」
おっと、つい。
「で、どうするんだ?」
「そうですね……」
ギルドの人間としてギルドに仇なす人物への対応はしなければならないだろう。
「……私のやらかしも全部その偽者のせいにして押し付けてしまいましょう」
ダンジョン破壊、二個目。




