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第十八話 父親


 第三階層もいよいよ終盤に差し掛かったようだ。


「……これをどう見る?」

「いやぁどうもこうも」

「街……じゃない?」


 そこに足を踏み入れたみんなが唖然とした様子でその光景を眺めている。


 ダンジョンの通路を抜けた先は大きな街であり、多くの人々が行き交っている。

 荷馬車に乗った商人に子供を連れて歩いて買い物をする女 性。食欲を刺激する香ばしい肉の匂いを漂わせた露店に群がる少年たち。


 そんなありふれた人々の営みが広がる先に、立派な時計塔、そして一際目立つ王城があった。


「ここって王都?」

「いや、エルドラドの王都には何度か行ったがあんな城じゃなかったな」

「じゃあここはダンジョンに暮らす人たち?」

「死後の世界だったりして」

「縁起でもねーこと言うなよシュラ」


 みんなが辺りを見渡していると走って来た少年がクライムさんをすり抜けていく。

 それを見たみんなは辺りの物に触れようとするが水面に映る月を掴むかの如く触れられなかった。


「これも幻か?」

「頭の中に留まらずいよいよ外にまではみ出して来た?」

「でも俺こんな街知らないぜ?」

「今までのパターンなら私たちの誰かの記憶を元にしてるんでしょ?」


 みんなの視線が私に集まる。みんな察しが良いな。


「これはアンタの知ってる場所か? フランメア」

「ですねぇ」

「しかし触れないだけで普通に街だぜ? どこに行きゃ先に進めるんだ?」

「おっ、凄い! 建物の中にも擦り抜けられる……中でも普通に生活してるね」

「もしこの中に王子達が紛れてたら探すのは大変だぞ」

「では二手に分かれませんか? この城下町は東西で二分されてますから」

「このダンジョンはタチが悪いからな……戦力を散らすのは危険だぞ?」

「とはいえあまり時間をかけるのも危険だと思いませんか? ほら」


 私は先に見える中央広場の時計塔を指差す。時計の円盤にある長針と短針。その長針が左に動く。


「あれ? 時計って右に回るんじゃなかった?」

「ギルマスが新しく買った時計を自慢してた時にそんな話してたな」

「時計回りって言葉は右回りって意味なんですよ、なんて知識をひけらかしてたな」

「たまーに知識マウントしてくるよな」

「でもカーサちゃんの自慢話をいつも聞いてくれるからたまには聞いてあげないとってなるんだよね」

「依頼報告って自慢話に入るのか?」

「そういえばラーゼンって昔は報告内容を吟遊詩人に謳わせてたってマジ?」


 マジだよ。王都でも見たことのないタイプで面食らったのをよく覚えている。

 私たち受付嬢が律儀に投げ銭をしていたら流石に空気を読んだのか普通に報告してくれるようになったけど。


「まあまあそんな話は後にしておきましょう。要はさっきから時間が逆に進んでるんです。私の経験上あれはカウントダウンです」

「カウントダウン?」

「時間制限ってことか?」

「です、その手のダンジョンの経験はありませんか?」

「俺たち初ダンジョンだしな」

「初ダンジョンが悪辣過ぎだよね」


 みんなの視線が今度はガルボーさんに向けられる。


「まあ……確かにあったな」

「その時はどれぐらいの時間でしたか?」

「一時間あったかどうかだったかな」


 ガルボーさんがみんなに説明をしてくれるが私は随分前にガルボーさんから彼の挑んだダンジョンの失敗談を聞いている。


 レベルⅤダンジョン、時眩ましの塔は天空まで伸びた塔型のダンジョンだ。

 このダンジョンの初見殺しっぷりは死の迷宮もびっくりするくらいだ。

 なんせまずダンジョンに入った者の時間を三十年ほど逆行させるため三十歳以下の冒険者は入った瞬間消失する。

 油の乗った三十代の冒険者たちも一桁台になるというとんでもない場所で数少ない年齢制限付きダンジョンである。


 情報が出回ってからは全盛期を過ぎた冒険者たちが活躍できる数少ないダンジョンということで生涯現役を志す冒険者たちは時眩ましの塔があるクロノス帝国に移住することが多い。


 そんな初見殺しを内包したダンジョンでは時間感覚が狂わされ、ダンジョンに数日いたつもりが外では数ヶ月過ぎていたなんてザラにあり、人類が時計という正確に時を刻む機械仕掛けを生み出した事でこのダンジョンに対応出来るようになったという歴史がある。


 ガルボーさんはこの時眩ましの塔の第十二階層で制限時間内に現れるモンスターを全て倒すという条件に一歩及ばず、塔のほぼ最上階から放り出されたらしい。よく生きてたよ。

 

 後五年経ったら第十二階層も突破できる年齢になるからリベンジを考えているとか。


 ちなみにこのダンジョンを最初に踏破したのはリーマン翁らしい。納得しかない。

 その時彼が持って行った時計を作った技師ハーミットが遺したアンティーク時計はどれも破格の値が付いており、個人的に欲しいモデルは受付嬢の給金だけで買おうとしたら人生何十回繰り返さなきゃならないというお値段だ。


「でもダンジョンが変わればそういうルールも変わってるんじゃない?」

「まあな……」

「時間切れになったらどうなんの?」

「俺が挑んだダンジョンでは外に放り出された」

「このダンジョンなら死んでもおかしくないよね」

「だな……王子を探しつつ手早くこの街を調べよう……ここにきて何にも触れられない幻影が広がってんだ。逆に言えば触れられる物があればそれがこの階層を越える鍵だろう」

「それじゃあさっさと回ろう、どう分ける?」


 協議した結果、私と他五人という編成となった。

一見イジメにも見える状況だがそうなるよう誘導したのは私自身だ。

 第三階層には別に時間制限なんてない。あの針が逆に回っているのも単純にこの国の技師が間違えているだけなのをガルボーさんの過去の経験に結びつけて体のいい別行動ができる言い訳を作ったに過ぎない。


「よし、行きますか」


 私は久しい街並みを歩いているとシュラさんの言っていた言葉が甦る。


 ここは死後の国ではないが、すでに滅びた国ではある。


 私の記憶にある光景とまるで遜色のない幻影に改めて感心してしまう。


 第三階層の最深部は第一階層から第三階層にかけて侵入してきた者から掬い上げた記憶の中から一人の記憶に残っている死の状況を再現する。


 明らかに記憶に無い街の人々の情景まで再現している仕組みについて、このダンジョンは過去にまで干渉している可能性をテトラさんは指摘していた。


 だからこの最深部に現れる存在は第一階層よりもより本人と言って差し支えないらしい。


 そんな第三階層の突破方法はこの再現された存在を倒す事だがタチが悪いのはこの存在にはダンジョンに入った者を殺したら甦ることが出来るという誤った知識が与えられているという事だ。


 私は記憶を頼りに街の北部へと向かうと開けた広場に出る。


 そこには大勢の人々が目の前にある処刑台を見上げている。


 そこにいたのは彫りが深い顔立ちをした、どこか気怠そうな表情を浮かべた男性だった。


 少しクセのある黒い髪に黒い瞳をした彼は黒くくたびれた獄衣を着ており手足を鎖で繋がれ、口には火のついていない煙草が咥えられていた。

 本来ならその煙草に火をつける役目がある少女に変わって私は声を掛ける。


「火、いりますか?」


 ジロリと男性の視線がこちらに向けられる。

 他の人々とは異なり明らかにこちらを認識している反応。しかし彼は煙草を咥えたまま器用に言葉を発した。


「いや、俺の娘が今火を取りに行ってんだわ」

「なら私で問題ないじゃないですか」


 被っていたマスクを外し、久しぶりに素顔を晒す。


 そんな私を見て、彼は目を見開く。


「ガキの成長は早いなんて聞いたが早過ぎんだろ……ああ、はいはいそういう事か。全部理解したわ」


 くっく、と笑って手を拘束していた鎖を引きちぎる。記憶に残っているよりもパワフルだ。


「しかし俺の要素が皆無だな。本当に血が繋がってたのか?」

「いやいや、髪とか完全に親譲りですよお父さん」


 そう、処刑台でのんびりと胡座をかいている彼こそが私が幼い頃に死に別れた実の父親なのである。


「で、俺の役目はダンジョンに入ってきたお前らの始末か」


 ダンジョンによる知識の植え付けはしっかり済んでいるらしい。


「せっかく有終の美を飾ったんですからここは大人しく眠ってくれません?」

「有終の美ねぇ……娘に処刑台までエスコートされたのは晩節を汚してねぇか?」

「大丈夫ですよ。汚すスペースもなかったですし」


 父の末路は処刑台送りだったがそれも当然の悪党だった。幼かった私と再開して人の心を見繕ってくれたみたいだが心を入れ替えて更生するというラインを遥か後方に置き去りにしていたのでこの最期には私も納得している。


 そんな父を見ていたからか、それ以来悪い人と判断する水準は爆上がりした。おかげで裏社会の人とも偏見なく話せて仲良くなれた要因と考えたら父は偉大だ。


 父がこの再現された世界から外れた行動に移し始めたからか、周囲の空間が歪み始める。


「まあお前のために死んでやるのもやぶさかじゃあないが……そこにいる野郎はコレか?」


 そう言って父が私の後ろに目線を向けながら小指を立てるのでマスクを付けて振り返るとそこには半裸のクライムさんが立っていた……む、つけられていたかな?


「コレじゃぁないですね」


 あとその表現は現在では死語だ、父よ。





フランドールの価値観がかけ離れた要因の一つかも。

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