第十七話 ある少女のむかしばなし
シュピール視点
「受付嬢っていうのは眠らない生態系なのか?」
シュピールはメアリーに幾分か言葉を濁して冒険者ギルド本部への襲撃を企てている者の話を済ませて仮設事務所から辺境支部への帰路につく。
襲撃された場所に再び戻るというのは愚行だが、他に行き場はないし、周りを巻き込んでしまう。
これまで唯我独尊で生きて来たシュピールだが力を失ってからはすっかり周りに気を遣うようになってしまっていた。
「代行が眠らぬ事を知っているとは」
「さてはキサマ夜な夜な代行を盗み見しておったな」
どうせバレたし隠れなくていいでしょと堂々と姿を晒して歩くカラミティにシュピールは否定する。
「いや違うし、夜目を覚まして受付に行くと絶対起きて何かしら仕事してるんだよ」
更にはそこから他の支部にまで出向いて働いているというんだから呆れるしかない。
「メアリーも今から本番とか言ってたな」
力は失えど魔人は魔人。そんなシュピールをしても受付嬢なる仕事には狂気が宿る仕組みでもあるのかと勘繰ってしまう。
いや、あの二人が特別おかしいのかも知れないが。
「うんにゃ、代行は昔からあんなもん」
「多分働かないと死ぬ生き物なのである」
「どんな生き物だよ……そうか、お前も深淵の魔人なんだからアイツが昔どんなだったか知ってるのか?」
パチパチとカラミティの目が瞬く。
スライムが外を出歩こうとした時は焦ったがどうもフランドールとお出掛けするために人間の姿に擬態するというのは深淵の魔人ではありがちらしく、見た目こそ派手だがその動作に違和感はない。派手だけど。
「おや知りたいかね少年」
「代行のあんな秘密やこんな秘密を知りたいかね」
「いや、普通にどんなヤツだったかでいいんだが」
野次馬の去った支部に辿り着き、シュピールたちは中へと入る。
ポータルを置いてあった場所には今は何もなく、カラミティがその体内に仕舞い込んでいる。溶かしてたりしないだろうか?
なんとなく受付の椅子に座り込むとカラミティがカウンターに座る。フランドールに見られたら注意されそうだ。
「ふむふむ、どうしてもというなら語ってしんぜよう」
「あれは確か千年前?」
「忘れた」
いきなり期待できなさそうな語りだ。
「まあむかしむかしあるところに」
「深淵と呼ばれる最強無敵」
「常勝不敗」
「地元では負け知らずの組織がおったそうな」
負け知らずが被ってる。あと地元ってどこだよと口を挟んだらさらに長くなりそうなのでシュピールは黙って話を聞く。
「その組織には偉大で」
「傲慢で」
「強欲で」
「ズボラで」
「ケチで」
「忘れっぽい」
「最強の盟主と」
「カラミティさんを筆頭に」
「盟主を慕い、敬い、恐れる最強の魔人たちがおりました」
シレッと自分を筆頭にしたが本当だろうか? 誤った知識を与えられてそうで怖い。
あとちょいちょい盟主を貶してないか? とシュピールは訝しむ。
「ある日盟主様は仰いました」
「ちょっと世界を獲らないか? と」
ちょっとの規模がデカ過ぎる。どこぞの魔王か?
「そこで私たちはまず初めに目についた山岳地帯の城砦を」
「攻め滅ぼしました」
「怯え逃げ惑う人間たちの哀れな姿に」
「私たちは実に退屈な思いをしました」
「あまりにも弱すぎて勝負にもならないので」
「飽きた私たちはチームに分かれて狙った場所により多くの人間が集まるよう攻めて、集まった数を競うことにしました」
悪辣なゲームを始めたものだ。
「そんな私たちの前に」
「お玉を持った少女が立ちはだかりました」
「少女は私たちを前に言いました」
「勝負にならなさ過ぎるからもう少し対等なゲームをしよう、と」
「……」
まさかそれがフランドールだったりしないよな?
「つまらな過ぎて途中で飽きていた盟主様は」
「少女の提案に乗り」
「三回勝負で勝敗を決める事になりました」
「盟主様は二連敗しました」
「……」
何故だろうか、フランドールのドヤ顔が見える。
「大恥をかいた盟主様は勝敗を反故にして少女をぶっ殺す事にしました」
さもありなん。シュピールだって似たような事をした。力で劣る者がどう賢しく立ち回っても力で押し潰されたらそれまでだ。
「少女はお玉で戦い」
「そしてそれはもう悲惨な目に遭いました」
「ちょっと口にするのも憚られます」
「たまにこの時の話を持ち出して来て」
「私達に無茶振りしてくるので」
「私達は盟主様を少なからず恨んでます」
なんとなく想像がつく。シュピールもここに来てから荷物運びなどで散々こき使われた不満を口にすると右手をさすっている姿を見せてくるので何も言えなくなる。
アイツに負い目を作るとロクな事がないな。シュピールがそんな事を考えている間にもカラミティの話は続く。
「盟主様が虫の息の少女にトドメを刺そうとした時」
「少女は言いました」
「二勝」
「一敗」
「私の勝ち」
……そこでそんなセリフを吐ける度胸は一体どうやったら付くのだろうか?
「これには盟主様も手を止めました」
「このままでは勝ち逃げされるからです」
「仕方ないから少女を生かして連れ帰る事にしました」
「世界を獲るよりもまず少女の心をへし折り、負かさないと気が済まなくなったのです」
……つまり世界を救ったも同義ではないだろうか?
「でも少女は」
「一度優位に立ったら」
「果てしなく」
「調子に乗ります」
目に浮かぶのが嫌だなぁ。
「正直ここから」
「私たちも生きた心地しなかった」
「?」
「勝負を挑む盟主様を無視して」
「私たち深淵の魔人に興味が移っていたのです」
「盟主様同伴で私たちに会いに来るので」
「盟主様からの視線が超痛い」
想像したくない状況だ。
「私たちも必死になって」
「盟主様と勝負をしてくれと頼みます」
「でも全く聞き入れてくれません」
「私たちは半泣きです」
魔人を泣かすなよ。どんな子供だよ。
「私たちは少女のご機嫌を取るため」
「これまで手に入れた金銀財宝を差し出します」
「全然首を縦に振りません」
「不動です」
「しかも金銀財宝は持っていかれました」
ひでぇ。
「勝負をしないなら返せと私たちは訴えます」
「なら勝負をして負けたら返すと言われます」
「私たちは乗りました」
「勝負内容は盟主様の宝物殿から取ってきたお宝の数が多い方が勝ちとなり」
「私たちは大敗しました」
ボロ負けしたのかよ。
「しかも宝物殿から盗みを働いた共犯として私たちの弱みを握りました」
「なんと無許可だったのです」
「盟主様は一度手に入れたら満足して飽きるのに」
「別の手に渡ればブチ切れる狭量な御方なので」
「バレたら私たち」
「首チョンパ」
スライムに首はあるのだろうか?
「いっそ少女を始末出来ないからみんなで考えますが」
「少女は遺書を盟主様に渡していました」
「お手上げです」
「遺書がめちゃくちゃ分厚いのです」
「私達のやらかしが赤裸々に書かれてると思うと」
「深淵の魔人たちは怖くて少女に手が出せなくなりました」
「おまけにいつの間にか盟主様の愛犬まで手懐けていたのです」
「力付くでも勝ち目が無くなってしまいました」
「愛犬?」
「そう愛犬」
手を犬の形に変えたカラミティがその手をパクパクと動かす。
「少年には心からの忠告を」
「月のない夜はおイタをする事なかれ」
「月イチで最強の番犬が」
「ずっと代行を見ておるぞ」
もう片方の手が簡素な人の形になり、犬に喰われて飲み込まれる。
そういえば、とシュピールは思い至る。
まだフランドールと知り合い、恥を忍んで同居して日は浅いが月の無い夜は支部に入り浸り、他の支部には行かないようにしていた気がするのだ……いやほとんど支部で残業しているから月があろうとなかろうと、出歩くのが珍しいんだが。
「おっとどこまで話したか」
「あれは確か千年前」
「めちゃくちゃ戻ってんじゃねぇか」
つい話に聞き入ってしまったがこの魔人が一から十まで真実を語っているとも思えない。ある程度誇張しているだろう。
でも有り得そうなラインというところがフランドールの恐ろしさかもしれない。
そう思いながらシュピールは深淵に入り込んだ少女のやりたい放題な話の続きに耳を傾けるのだった。
断片的な過去のお話




