第十六話 死の迷宮③
フランドール→メアリ視点
ダンジョン内には太陽も月もないので時間の経過がわかりにくい。
明かり自体はダンジョン内全体がぼんやりと発光したり誰が用意したのか篝火があったりするんだけどね。
「一日……」
こっそりと時計を見てみるとダンジョンに入って早くも一日が経過していた。
丸一日書類に触れないなんて前任ギルマスとの関与を疑われて本部に拘束されて以来だ。
あの時はまだ辺境支部にはセレナちゃん達が、今はメアリさんが回してくれているがメアリさん一人ではそろそろ限界かもしれない。
謹慎開始から早五日、最初の四日はメアリさんの目を盗んで書類作成を手伝っていたがそれもできなくなったし。
「そろそろ休憩を入れませんか?」
「ん、ああ……そうだな」
隊列の中央で周囲とパーティーメンバーを注視していたガルボーさんに声を掛けて休憩を促す。
第二階層では結局計五回の襲撃があったがその全てを多少の損害で乗り切った。
「クライム、寒くないか?」
「大丈夫だが?」
「人の服を脱がそうとするから……」
「因果応報というヤツだ」
「うっせぇ」
上半身裸のクライムさんがみんなからちょっかいをかけられている。
原因は第二階層の最後の襲撃時に敵の魔法からシュラさんを庇ったからだ。
その魔法はどうやら装備品などを強制的に分離させるものらしく、今回ダンジョンに潜るからと念入りに装備を着込んでいたのが災いし、一瞬真っ裸になったらしいがそこから装備を半分取り返しつつ殲滅したのは流石だというしかない。
第三階層に飛び込んでから私は彼にサーコートを貸してあげたのだが裸マントみたいなシュールな姿になってしまったのをみんなが爆笑した結果、上半身裸のクライムさんが誕生してしまった。
「ぶえっくし」
「やっぱり寒いんじゃ?」
「だからローブ貸してあげるって言ったのに」
「お前はその下ほとんど真っ裸だろーが、ずっと着てろ」
シュラさんに絡まれているクライムさんを見ているとガルボーさんが私の隣に腰を下ろして来た。
「すまんな、ちょっと気を張りすぎてた」
「いえ、仕方ないですよ」
ちょっと顔が青いガルボーさんにそう返す。
第三階層の序盤は幻覚による親しい者の死や自らの死を押し付けてきてひたすら精神を摩耗させてくる。
みんな明るく振る舞ってはいるが脳裏ではかなり凄惨な光景が広がっているのだろう。
上の階層のように実際に姿形を取って現れない分、リソースに余裕があるためその嫌がらせみたいな攻撃は絶え間なく続く。
休まず進み、さっさと抜け出したくなる第三階層だが先に進むといよいよ死の迷宮の深部、第四階層に通じる場所に出る。
もしそこまでに第二王子一行がいないなら救出は不可能と言っていいだろう。
「はいはい、皆さん水も飲んでください。喉の渇きは感じにくいかもしれませんが前回の休憩時から飲んでないようなので」
人間はとりあえず水さえ飲んでおけば当分死なないと言われてる。
私は水代わりポーションをぐびぐび飲み干すと鞄にしまい、ついポロリと欲求が漏れる。
「……お酒飲みたい」
「……わかるぜ、その気持ち」
私の言葉にガルボーさんが同意してくれるがクライムさんは水の入った革袋片手にドン引きしてる。
「お前ら正気か? ダンジョン真っ只中で酒欲しがるか?」
「幻覚のせいで正気を失ったんじゃない?」
「まあ、幻覚のせいではあるかもしれん。さっきから酒瓶で俺を殴り殺すギルマスが脳裏に浮かんでは泡のように消えてるんだ」
酷い幻覚を見ているようだ。可哀想に。
「ギルマスって一升瓶が妙に似合うよね」
「美人なのにね。そういえばカースちゃん、前にギルマスが一升瓶を大事そうに抱えて歩いてたの見たよ」
……月堕を買った時かな? カースさんに見られてた? 恥ずかしいな。
「でもアイツすげー味音痴だぜ? この前なんて十種類の麦酒を全部同じだって断言してたし」
……いつだ? たまに月の雫でクライムさんに鉢合わせるからその時か? そんな利き酒みたいな事したかな?
「ちょっと待て、お前俺を差し置いてギルマスとサシ飲みなんかしてるのか? どこの店だ? 大抵の酒場は入り口にギルマス出禁の札が貼られているが……」
「教えねー」
最初は毛嫌いしてたのにすっかり月の雫の住人である。
一応モグリの酒場だからバラさないように気をつけて欲しい。
あの店が無くなったら本格的に外で飲める店に限りが出てくるから。
「そういえば他の支部なんかだと受付嬢や冒険者の女の子を飲みに誘うのよく見るけど辺境じゃあまり無いよね」
「辺境支部は変なヤツが多いからな」
「え? 私も入ってる?」
「カースちゃんなんて一回も誘われた事ないよ」
「おっ、ならこの依頼済ませたらパァーッとやるか」
おお、和気藹々とした雰囲気だ。
実際第三階層は気が滅入るとますますドツボにハマるからこういう明るい会話は大切だ。
「よし、そろそろ出発しよう。脳裏に浮かぶギルマスが一升瓶を二本振り回し始めたしな」
ガルボーさんの幻覚に出てる私メチャクチャはっちゃけてるな……私のイメージどうなってんだろ?
辺境に戻ったら一升瓶片手に登場したらめちゃくちゃビビるかもしれない……ちょっと試してみようと思いつつ、私もみんなの後について第三階層の先へと歩を進めた。
◼︎
「死ぬ……死ぬ……死は……目の前に、ふぅ……ふ、ひひ」
仮設事務所の机に積まれた書類の山を前に、メアリの目は爛々と輝く。
久しく忘れていた残業地獄に気分はハイになっていた。
そんなメアリの耳に扉をノックする音が届く。
「っ!? ぎ、ギルドは営業時間外です!」
「依頼人じゃないけど?」
「んっ、シュピールくんか」
扉の向こうにいたのはフランドールが支部に囲っていた美少年、シュピールだった。
白黒の髪が特徴的で最初はフランドールの弱みになり得るかと知り合ってから探りを入れていたメアリはすっかりシュピールに惚れ込んでいた。
まさか自分に少年趣味があるなんて思いもよらなかった。
フランドールへの対抗心から辺境に来てから自信を無くすばかりだがシュピールに出会えたことは辺境支部に来て良かったと思える。
「ってちょっと待って、怪我してるじゃない!?」
「ん、ああ大した事はないよ。それよりもキミ、確か元本部で働いてたって言ってたよね?」
「元じゃなくて今もね? 辺境へはフランドールが謹慎を食らった代理で来てるだけだから。謹慎が解けたらすぐ本部に戻る予定だから」
「その本部を襲撃しようとしてるヤツがいる。この怪我はそいつにやられてね」
「本部に?」
ギルド本部に襲撃なんてギルドが再編されてから一度だってない事態だ。
少年特有の誇大妄想か何かだと一蹴したくなるような妄言だが、シュピールは見た目の割に聡明だ。何か根拠があるのかもしれない。
「おやおや信じておられぬか?」
「か弱い少年最後の頼みの綱は千切れたか?」
「ぶっ!?」
「えっ!?」
メアリはシュピールの後ろに現れたやたらと派手な色をした少女に目を丸くする。
目に刺さるような派手なピンクとグリーンの髪を伸ばし、露出した肌には香油でも塗っているのかやけに光沢があり、その面積の広さときたら外を歩いて衛兵に捕まらない限界ギリギリを攻めていた。
「おお汝よこの健気な少年を信じたまえ」
「縋れる藁はもはや其方しかおらず」
「猫の手も借りたい所存」
さっきから例えが引っ掛かる上に一人の口からまるで二人いるかのように喋る少女の口をシュピールが押さえる。
何それ私にもしてくれないかな? と邪念が入るメアリにシュピールが普段見せないような困惑した表情を見せる。
「あー、コイツの言う事は気にしなくていいよ。ボクの知り合いなんだが変わり者でね」
「そ、そう?」
少女の格好や怪しさに気を取られていたメアリだがシュピールの浮かべた微笑を見たら疑問も疲れも吹っ飛んでしまう。
「ところでフランドールは? 部屋で大人しくしてる?」
「……もちろん」
ヤな間があったがメアリは湧き出た予感を頭から消して、シュピールを仮設事務所に招き入れるのだった。
シュピール強火ファンが地道に増えている模様。




