第十四話 王剣の意思
ガルボー→フランドール視点
「…………」
冒険者として四十年近く現役を張っていたガルボーは目の前に広がる光景にかつてないほどの警鐘が頭の中で鳴り響いていた。
いや、ガルボーだけではない。
今回共にパーティーを組んだ連中が軒並み警戒し、その人物を見ていた。
フランメア・ナンセンス。
そう名乗った顔も実力も知れぬ人物をレベルⅤに挑むパーティーに加える事に反対しなかったのは、誠に、甚だしく、できれば認めたくないのだが、ガルボーが生涯においてこれ以上信頼する者はいないであろう人物……辺境支部の受付嬢にして現ギルドマスターを兼任しているフランドールからの紹介だったからに過ぎない。
かつて王都から辺境に飛ばされてきたという右も左もわからないような受付嬢は辺境を震撼させる程の美貌を持った少女で、当然男達が群がった。
そんな彼らに誘われて酒場に行ったという話を聞いたガルボーは善意から彼女をそこから連れ出そうとした。
そこで見た光景はきっと死の間際でも思い出して笑うに違いないという確信があった。
酔わして持ち帰ろうとした連中は全て潰され、かろうじて意識のある連中は蟒蛇の如く……いや、伝説に聞くかの大蛇よりも豪快に酒を飲み干し、会場となった酒場のみならず他の店からもかき集めてきた酒瓶や酒樽で出来た山に君臨したフランドールに頭を下げていた。
ガルボーも酒が入るとダメになるタイプだがフランドールはそれ以上だ。
いや、適量なら問題ないと後程わかるのだが、タダ酒になると本当に遠慮というものを知らない彼女は際限なく行くところまでいく。
当時この狂宴に不幸にも参加していた辺境の冒険者の中にはこの時の酒代の借金がまだ残っている者もいる。
何故その時の光景を思い出したのか? それはきっと細身ながら出るところは出た華奢な身体のどこに入っていくのかさっぱりわからないくらい酒を飲み干していくフランドールと目の前の光景がどうしてか重なってしまったからだろう。
フランメアの鞘から流れ出た毒でもありそうな緑色の液体はダンジョンの床に広がり、死体の山の下に浸透していくとその山がゆっくりと静かに沈んでいく。
「カース、あれは魔法か? それとも使い魔の類か?」
「……わかんない……スキル、かも?」
頭蓋骨に魔力を込めながら目の前の光景を見るカースの瞳には珍しく畏怖の感情が窺えた。
無理もない。もしあの力が自分たちに向けられたらどうかるかわからないはずもなく、フランドールからの紹介でなければ、隙を見て始末していたかもしれない。
あれだけあった死体の山は全て緑色の液体に呑まれ、跡形も無くなる。
そんな底無し沼めいた液体の上をフランメアはパチャパチャと足音を立てて踏み込んでいく。
そして手にした鞘の鞘口を液体に付けるようにして立てるとみるみるうちに広がった液体は鞘に吸い込まれるようにして減っていき、ダンジョンの床が見えてきた。表面が溶けてるだとか底が抜けているといった様子はない。
液体を吸い終えるとカチンと鞘に剣を納め、何食わぬ顔声色で遠巻きに見ていたガルボーたちに声をかけてくる。
「これで進めますね! では行きましょうか」
ガルボーたちは声ひとつ上げずに互いに意思疎通する。
コイツを戦わせたらいけない、と。
◼︎
第二階層を進んでいるとダンジョンも本気を出してきたのか、次々と過去に屠った人々やモンスター、魔獣を差し向けてくる。
今度はちゃんと戦おうと意気込む私だったけど何故か止められてしまった。
第三波を退け、少し開けた場所で野営の準備をしながら戦いで得た戦利品を見ながらガルボーさんたちが顔を顰める。
「本物だな」
「……コッチもだ」
ガルボーさんたちが手にしているのは剣やナイフといったダンジョンが生み出した者たちが振るっていた武器だ。
「世界に一本だけ、が売り文句なのにこうも沢山あるとなぁ」
「……このダンジョン、やばくない?」
携行食を食べながら休憩をとるみんなから緊張が伝わってくる。
ガルボーさんが手にしているのはエルドラド王国でも指折りの武器職人、スミス・アームズ氏が造り上げ、刻印が入った剣で同じ物は二つとない名剣である。
これを盗み出した盗賊の討伐依頼を受けたガルボーさんはこの剣を振るった盗賊のボスから剣を取り返し、ギルドを通して無事持ち主に返還出来たのだがこうして目の前には三本も転がっている。
すなわち三回、ダンジョンが生み出した盗賊のボスと彼が手にしていた剣を回収した訳である。
「これって要は殺した相手が持ってた武器やアイテムがいくらでも手に入るって事でしょ?」
「いや、それだけじゃないよ……確かダンジョンのモンスターや魔獣って捕獲して連れ出せるんでしょ? ……性格がどこまで再現されてるか知らないけどほとんど死者の蘇生じゃない?」
「……こんなもん知れ渡ったら他のダンジョンの比じゃないくらい荒れるぞ」
みんなの懸念する通り、死の迷宮の詳細が明らかになれば世界は大いに荒れるだろう。
例えば人を殺めた事がない人に、お宝を抱えた人間を数人殺させてからこのダンジョンに潜らせたらお宝を抱えた被害者たちが現れるだろう。
そんな外道極まらない手を行使する人や国が現れないとは保障できないし、死に別れた家族や友人、恋人を連れ出そうと無謀なダンジョンアタックを敢行する人々が現れる場合もあるだろう。
「どうするよ?」
「……戻ったらギルマスに相談してみるか」
「ギルマスに?」
「ああ、あんな奴だがなんだかんだ頼りになるからな」
あんな奴というのは引っかかるけど私頼りにされてます? なんだか照れるな。
「でもギルマスって今謹慎中でしょ?」
「ああ……つまり枷から解き放ったようなもんだ。今頃好き勝手に動いてると思う」
「ギルマスって都合よく言葉の意味忘れたり書き換えるよな。謹慎を自由と解釈してそうだ」
否定できない。こうして現場までついて来たし。
「ギルマスならどうするかな?」
「さあ? でも碌な事にはならんと思う」
ろ、碌な事にならないというのはどういう事ですか。
私はいつも問題が発生したらみんなが幸せになれる最善を尽くしているのに。
まあ、あくまで目が届く範囲のみんなだから目に見えないところでは酷い目に遭ってる可能性は否定できないけども……でも困ったら目の届く範囲にまで来てくれたら可能な限り頑張るから。
「ところでフランメア、アンタは一体何者だ?」
と、脈絡なくクライムさんから切り出された。
「何者と言われましても……アルカディア騎士としか」
「いや、アレはたかだか一騎士が持ってていい品じゃないだろ」
「アレ? ああ」
私はカチャリと金具を外して剣を取る。
「ッ!?」
爆速でみんなが距離を取った。彼は怖い王剣じゃないのに。
「まあまあ、そんなに警戒されなくても大丈夫ですよ。皆さんが見た通りなんでも呑みこむけど速度はまだまだ大した事ありませんから」
手にした呑沼さんからショックを受けたような声が聞こえる。しまった、傷つけてしまったかも。
呑沼さんは王剣だが王剣ではない。
王剣だった、というのが表現としては正しいのだろうか?
方向性は様々だが、王剣はみんな隔絶した力を内包しており、王剣を一つ以上所持出来ないというのが魔人の間では常識であった。
長年その原因を王剣の呪いだったり力の代償だったりと言い伝えられていたそうだがそれは大きな間違いだ。
王剣には意思がある。何故か他の人には声が聞こえていないらしいけど。
そんな王剣のみなさんはびっくりするくらい嫉妬深く愛情深い。
だから一度自分が所有者と認めた魔人が別の王剣に触れようものなら後先考えずにブチキレてしまうのである。
呑沼さんも元々そんな王剣の一つだったが、所有者にその力を奪われ、意思だけを残して捨てられた大変な過去をお持ちの方なのである。
王剣はめちゃくちゃ強いヤンデレ




