第七話 金策活動
ダンジョン……尽きない資源地とされるその空間は外とは異なる法則が支配する領域である。
人の手が入ったとしか思えない宝箱やトラップ、アイテムなどが自然発生し、一度掘った鉱石が時間を置いたら復活し、倒し尽くしたモンスターがいきなり成体で出現する。
ダンジョン研究の権威、ハント・トレジャーはダンジョンを人の理解が及ばぬ神の土地と称した事もある。
この権威、本ごとに書いてる事違うな。
まあそれは置いといて、世間一般常識ではダンジョンとは危険もあるが便利な場所と認知されており、ダンジョンの破壊を試みた者はいない。
もしダンジョンから外にモンスターが湧き出すなんて事があれば別だろうが、ダンジョンで発生したモンスターは何らかの法則に沿っているのか自ら出ていく事はない。
もちろん冒険者が捕まえたりして持ち出すなら別だが。
一部の国では闘技場で戦わせるモンスターをダンジョンから供給しているらしく、本部に上がって来ている書類の中にはそういうモンスター捕獲依頼なんてものもあった。
見せ物になり、倒されれば素材となる。人に仇なす存在とはいえモンスターも大変だ。
そんな様々な需要に応えるダンジョンだが、実はある方法で破壊する事が出来る事を私は失敗から学んだ。
「まあ、そんな訳で死の迷宮を壊そうと思うんですよ」
「キミさぁ、頭大丈夫?」
白紙の本のページにサラサラと羽ペンを走らせながら喋る私の頭の心配をして来たのは目も鼻も口もなく、つるりと白い光沢のある肌をした巨大な人間の頭部から溢れ出した脳と脳漿を白い床に広げるアカシャさんだった。
用意された白い椅子の脚に足を置いて溢れてくるそれらを避けながら聞き返す。
「アカシャさんこそ、頭大丈夫ですか? 脳が溢れてますけど……ポーションならありますよ?」
「結構だよ、脳が溢れているのは活性化している証拠さ」
私は恐る恐る自分の頭を撫でる……よかった、溢れてない。
「キミの中身には興味があるから覗けるなら開いて見てみたいがねぇ」
「そうですか? 私的には中身よりも外見を見てもらいたいですね」
「外見はいいんだよ。中身がね……ハァ」
表情というものが無いのにその無貌が眉を顰めているのが手に取るようにわかる。何ですか中身に問題でも?
「中身だって完璧ですよ。はい、一冊目出来ましたよ」
私は手にした羽ペンをインク瓶に差し込んで本を差し出すと、どこからともなく現れた白い手が本を手に取りペラペラとページを捲る。
「字は書き手の心を写すというけど、迷信だよね」
「迷信じゃないですよ。字の綺麗さは心の美しさ。私の字が美しいと思ったならすなわち私を美しいと感じたという事です」
「心どこ行った?」
パタンと閉じた本を運んで行く手を横目に見ながら私は机に積んであるもう一冊の白紙の本を手にする。
「私の心は皆さんの中にあります。ほら、次の本を貸してください」
私の言葉にアカシャさんの別手がボロボロになった本を持ってくる。
今私がやっているのはアカシャさんの蔵書の中で年数が経ちすぎてボロボロになった古書の写本作成だ。
もちろん無償ではない。
経費で落とすつもりだった月の雫謹製の最高級酒、月堕。コレを買った資金を補填する為に、日夜仕事をする合間に金策を模索していたのだがアカシャさんから写本作成の話が来たのである。
ここぞとばかりに大金をふっかけたらアカシャさんに二つ返事で了承されてしまった。
とりあえず写本作成の一般水準に金額を下げたらアカシャさんにドン引きされた。魔人をカモろうとするか、と。
魔人だって詐欺に合うことくらいあるだろう。今後アカシャさんも気をつけた方がいい。
アカシャさんは口にしていないが、どうやら前回の厄災会議の周知に使ったクラーケさんの巻物に綴った私の字を大層気に入ってくれたらしい。
「というかキミ字書くの早すぎない?」
「これぐらい早くなきゃ受付嬢とギルマスの兼任は務まりませんよ。はい、二冊目」
「受付嬢とはそんなに過酷なの……? しかしダンジョンの破壊か」
差し出した二冊目の本を受け取りながらアカシャさんが先ほど振っていた話題を口にする。
「興味あります?」
「興味があるというか、前にどこかで同じような事をした人間がいたはず……」
おお、先駆者がいらっしゃったか。アカシャさんが完成した二冊目を捲りながらそれとは別の手が一枚の羊皮紙を運んでくると無貌の前で開き、疑問を口にした。
「……このフランドールってキミじゃないよね? ダンジョンって人間にとっても利益になるだろう?」
羨ましい、私もこれくらい手が欲しい……そんな物欲しそうな視線を向けながらアカシャさんの手から羊皮紙を受け取るとそれに目を通す。
それは冒険者ギルドに提出したダンジョン破壊時の顛末書だった。なんでアカシャさんが持ってるんだろう?
「えぇ、コレどこから盗んで来たんですか?」
「ワタシの目が見た情報は全て記録しているからね、盗んで来たんじゃないよ」
「盗み見ではあるじゃないですか……え、て事は私がやったアレもコレもアカシャさん知ってるの?」
「思い当たるやらかし多過ぎない?」
「……まあ、アカシャさんに隠し事は特にないので別に構わないんですけど」
その目とやらが本部にまであるとしたらアルカディア大陸くらいは網羅してそうだ。一枚噛ませてくれないかな?
私は辺りを見回してそんな考えを思い浮かべる。
周囲はグルリと本棚に囲まれており、その最上段は天高く登っていて見えない。
これが全てアカシャさんが集めた情報だとしたらその価値は計り知れない。
「……話を戻すけど死の迷宮って深淵の拠点だろう? 壊しちゃっていいの?」
「今の情勢だと無くした方がいいかな、って感じですね。長らく不可侵領域として避けられてましたけど今回を期に色々な勢力の注目を集めてますし」
冒険者ギルドの失態を知って、冒険者ギルドに成り代わろうとする組織もチラホラある。
中でもアルカディア大陸にある国家戦力の精鋭を集めて結成したアルカディア騎士団なる組織の動きが早い。
ロンダリングにいるトニーさんにもオファーがあったらしく、このままではルイナス様にも迷惑をかけるだろう。
「……それで、深淵の連中は今後どうするのさ」
「実はそれもあってアカシャさんに話を振ったんですけど……しばらくここに深淵のメンバーを住まわせてもらえないかなって」
最高の笑顔でお願いしてみる。
アカシャさんの王剣、無限回廊は込めた魔力に応じた広さの異界を生み出すという実に便利な力を秘めている。アカシャさんが魔人同士のナワバリや人間の国々に対して関心が薄いのも自分の領域をいくらでも作れるからだろう。とはいえ入口をどこかに固定しなければならないから最低限の場所は必要らしいけど。
ちなみに今は冒険者ギルドのロンダリング支部執務室にある机の引き出しに臨時的な入口が繋がっている。出る時に鉢合わせしないよう気をつけないと。
「断る」
「……家賃は払いますよ?」
「断る」
と、取り付く島もない。
「キミらならアルカディア大陸全土を支配したって余るだろう? そもそも疑問だったけどアレだけの力を持ちながらなんで人間社会で彼らのルールで暮らしているんだい?」
私が土下座でもしてみるかと立ち上がったところでそんな疑問を投げかけられる。
「盟主様は別に世界征服には興味もないですし、盟友の皆さんも別に私の力という訳ではないですよ?」
そりゃたまには力を借りる事はあるけど、普段私一人ではなしえない事をお願いしたりはしない。
セレナちゃんを逃がす為に深淵の持つ力を借りたのも本当に久しぶりだったし。
「それにどちらかというと、私って人の下で働く方が性に合ってるんですよね……あ、聞いてくださいよ実は」
アカシャさんにスペースを間借り出来ないのは仕方がない。
私は別の方法を考えながら抱えている問題についてアカシャさんに相談しながら写本と持ち込んだ事務作業を並行して進めるのだった。
ちなみに冒険者ギルドは副業禁止である。




