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第六話 大禁忌


「あれっ? 無くなってる?」

「ぶッ!?」


 悪天候が続き、ダンジョン攻略に向けての話も滞っていたある日の夜。

 久しぶりに一日中辺境にいる予定だったので一緒に夕飯を食べていたシュピールくんが私の漏らした声を聞いたからなのか急に吹き出した。


「えっ? どうしました?」

「なんっ、でも、ない」


 えづきながら言うシュピールくんに水を注いだグラスを渡しながらチラリと料理を見る。


 今日は辛いものやシュピールくんの苦手なものはない。

 力が弱った彼は食事にも気を遣わないといけないと気付いてからは結構注意してるのだがまだダメな食べ物があっただろうか?


「な、何がないんだよ」

「鍵ですよ、私の部屋の」


 先に食事を済ませ、シュピールくんとダベってる時にふと思い出して鞄を漁ったのだが見当たらないのだ。


「……あ」


 そこでようやく思い出す。そういえばルイナス様に貸してから返してもらった記憶がない。


 まあいいか、どうせ鍵なんて掛けないし……というか部屋で寝る事もないし。もしルイナス様と会うタイミングがあったらそれとなく聞いてみよう。


 もう無くしてるか捨ててるかもしれないけど。


「あ、ってなんだ。あっ、て」

「鍵を渡している人の事を思い出しまして」

「……部屋の鍵を渡すような相手がいんの?」

「そりゃいますよ」

「…………ふーん……ま、変な奴なんだろうな」

「変ってなんですか変って……ん?」


 まあ、普通か変かで言うなら後者に片寄るけども。



 食堂に通じる通路から足音がしてくる。念のためシュピールくんの前に立つと足音の主が現れた。


「よかった! いたかギルマス!」

「えっ、ゼニス様!?」


 普段のきっちりした服装よりいくばくかラフなワンピースを着たゼニス様が入って来る。

 モニカさんもそうなんだけどルイナス様と友人関係になってから結構な頻度で支部を溜まり場にしてたからゼニス様も遠慮なく入って来るようになったんだよね。

 

 もちろんギルドの関連書類には触れない場所しか立ち入らないよう気をつけているけどこんな場面見られたら間違いなく本部に怒られるやつだよ。


「どうしたんですかこんな時間に? しかも雨ざらしにされた捨て犬みたいに濡れて」

「誰が捨て犬だ! 例えが悪い。それよりもだな……と、客人か?」


 ゼニス様がシュピールくんを見る。

 あれ? まだ会った事なかったっけ?


「彼はシュピールくん。しばらくここで下働きしている研修生です。シュピールくん、こちらはゼニス様、こう見えて立派な領主様なんですよ」

「こう見えては余計だ」


 軽く紹介をするとシュピールくんも軽く会釈する。最近は社交性が高まってる気がする。無愛想な表情だけど。


「お、ついに受付嬢が増えるのか……それはめでたいがちょっと話がある。席を外してもらえないか?」

「ゼニス様、ここは食堂で彼は食事中です。席を外すのは私たちの方です」

「た、確かに……すまなんだシュピールとやら」

「ほら行きましょう。そんなにずぶ濡れじゃ風邪ひきますよ。シュピールくん、食べ終わったら食器はちゃんと洗ってくださいね」

「だからボクの母親か?」

「そこはせめてお姉ちゃんに……」

「お姉ちゃん……?」


 メチャクチャ嫌そうな顔してる。ダメかな? こんな美人お姉ちゃんとか下の子歓喜じゃない?


「ゼニス様も私がお姉ちゃんなら嬉しいですよね?」

「……嬉しい……が、気苦労は今の比ではないと思う」

「え〜……え?」


 という事は今気苦労かけてます?



◼︎



「先日、冒険者ギルドの精鋭パーティーが死の迷宮で壊滅したというのは知っているな?」

「ゼニス様、壊滅ではなく撤退です。皆さん無事だったんですから」


 白い湯気が広がる浴場。ゼニス様と一緒に湯船に浸りながら物騒な話が続く。

 こういう時ってもっとこう……和気藹々とした話をすべきだと思う。


 さと、ゼニス様の元まで情報が回ったのならもう相当広まっているんだろう。

 先日の冒険者ギルドの威信をかけた死の迷宮攻略が失敗に終わったという事を。


「だがこれで冒険者ギルドへの不信感は高まったんじゃないか? 最近ずっと飛び回っていたギルマスが辺境にいるところを見ると依頼が減っているとか」

「あ、今日は元々辺境にいる予定でしたから。相変わらず忙しくて目が回りそうですよ」

「え……なんだそうなのか」


 まあ今後少なからず影響は出るだろうがそれでも冒険者ギルドが傾くことはないだろう。

 日々の営みを送る人々からすれば自分たちが一生関わらないダンジョンを冒険者が踏破出来なくてもなんの支障もないのだ。

 本部はかなり堪えてたみたいだけど。


「まあ、冒険者ギルドは相当焦っているようです……辺境のダンジョンに挑めるよう圧でもかけてきましたか?」

「……うん、まあ、まさにその事で相談なんだ」


 乳白色の湯の中で、ゼニス様が私の手を握る。


「ダンジョン……なかった事にならないかな? 私……皆が死ぬのやだよ」


 それは領主としてではなく、ゼニス様の個人の願いであると同時にエルドラド王国の領主として口にしてはならない言葉でもあった。


 そりゃミランダさんやアルムさんも連れて来ないわけだ。


 どうやら今のゼニス様は針のむしろ状態らしい。


 連日のようにチープさんや前領主の信奉者からはサーティン家の偉業を歴史に刻むべくダンジョン踏破への圧力がかけられ、国からは長年発見されなかった新ダンジョン踏破の功績を掠め取るため圧力をかけられている。


 なぜ彼らが死地であるダンジョンにここまで執着しているかというと、建国して間もない頃に発見したダンジョン資源によって飛躍的に国力を増したというエルドラドの歴史的背景から初の踏破な何よりも誉れ、あと新ダンジョン踏破が次期国王を決める決定打になるからだろう。


 特に妹に先を越された挙句頭を押さえられる立場に変わった第一、第二王子辺りはより王位に固執してそうだ。


 国に譲るのは容易いがそうすれば辺境でのゼニス様の支持は落ちるだろう。

 自分たちを田舎者と思っている辺境の民からすれば新ダンジョン踏破したという栄誉は欲しいだろうし。


 だがゼニス様も冒険者ギルドの精鋭が敗退したという情報は堪えたんだろう。

 中にはゼニス様が本で読んだ事があるような英雄もいた訳だし。


 領主でありながらゼニス様は冒険者たちと距離が近い。例の閃光の晩餐会で屋敷を吹き飛ばしたのが冒険者仲間のトニーだと察したからか、暇が出来たら屋敷の復旧工事に手を貸してくれている間に仲良くなっていったらしい。

 タダ働きはギルドとして看過出来ないが、あいにくその辺は何の証拠もないし私は何も見ていない。



 そんな彼ら辺境の危機を救うためならいざ知らず、別に無くても困らないダンジョンのために死地に向かわせるのを躊躇っているのだ。


 優しい。なんて優しいんだ。


 まあ、当の冒険者たちはダンジョン攻略の名声欲しさで異様にテンションが高く、私は彼らを押し留めるのに苦心してるのだが。


 ただ何が酷いって新発見のダンジョンじゃなくて既知のダンジョンの別口っていうロマンのカケラもない事だ。

 いっそ挑ませてあそこが死の迷宮だってわからせたほうが話が早いかもしれない……いやそれでも挑む命知らずは出てき……あ。


 私は非難される事も覚悟で来たであろうゼニス様の手を両手で握りしめる。


「ゼニス様、私に任せてください。その願い、見事に成し遂げてあげますよ!」

「相談しといてなんだけど、超怖い! 何? 何するつもり!?」


 何って、ゼニス様が教えてくれたのだ。


 ダンジョンをなかった事にする。


 要はダンジョンを無くせばいい。いやはや過去の罪悪感から選択肢として消えてたよ。



 私がたった一度の冒険で資格を剥奪され永久追放となった時の罪状はダンジョン破壊という知れ渡れば世界を揺るがす口外不出の大禁忌なのである。



冒険者資格剥奪と永久追放程度でよく済んだレベル。


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― 新着の感想 ―
ゼニスちゃん、ええ子やわあ…間違えてもそこの頼りになるお姉ちゃんには似ないでね?(切実)でも大のために小を切らねばならない立場の人には向かないんだろうなあこの子…その辺は見えない所で側近の姉妹たちが頑…
いや、部屋の鍵は早めに返してもらいなさいよ。重要書類は手に届かないところに隠していても、個人のアレやナニが無くなっていきますよ。純真純情化した某少年(元魔人)にも毒だし。 そしてゼニス様、お優しいのは…
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