第四話 実家
フランドール→ヘイカー視点
新発見されたダンジョンは辺境の街から南西に向かった先にある山頂の湖の湖中島にその入り口があった。
空から見下ろすとまるで全てを飲み込むような大穴で底はまるで見えない。
漏れ出る異質な魔力のせいか付近には魔獣もモンスターも見当たらず、ここを発見した開拓班も近くにベースキャンプは建てている様子もなかった。
「……」
ヘイカーさんに跨り、その穴を見下ろす私の表情が固まる。それを察したヘイカーさんが帰るよう促してくれるが私は首を横に振る。
「すみません、あそこに降りましょう」
穴の外縁を指差し、警戒するヘイカーさんと共に地面に降り立つ。
私を守るように前に出るヘイカーさんの影で私は懐から金貨を取り出すと大穴へと投げ込む。
よかった、本当に見に来てよかった。
ドキドキと心拍数が上がる中、放り込んだ金貨が大穴に触れると水面に小石を投げ入れたかのように外に面した空間が波打つ。
ヘイカーさんが戦闘態勢に入るのを手綱を引いて止める。
彼ならいい勝負になるだろうが、わざわざ知り合い同士を戦わせる必要なんてないのだ。
波打つ空間が収まると、大穴の底から蛇のような無数の触手が伸び始める。その一本一本に無数の目が開かれ、その全てが私に視線を向ける。
触手の内一本に私を丸呑みできそうな大口が開き、人に似た形の歯並びの良い白い歯が覗くとその悍ましい見た目に反して幼い少女のような声が響く。
「……あれ? 代行? なんでこんなところに?」
「こんばんはテンタクルさん」
疑問符をその身体で体現するその愛嬌のある姿に挨拶する。
彼女はテンタクル・テンダー。私が盟主代行を務めている組織、深淵に属する盟友の一人である。
◼︎
「へぇ、ここに人間が挑むんだ。なら張り切ってお出迎えするよ!」
私を乗せたテンタクルさんの触手が楽しそうに蠢く。どこまでも沈んでいきそうな青黒く柔らかい触手はじんわりと温かく、鈍く光る斑点の瞬きが彼女のテンションを物語っている。
「いやダメですよ張り切ったら」
「ええっ!? 久しぶりに深淵に挑む者たちだよ!?」
「ダメです」
両腕でバツを作って却下する。
「代行が深淵に挑む者は相手にしていいって言ったのに」
「ここに来る人たちはここに深淵の魔人がいるなんて知りませんから」
私が代行になった時、深淵の盟友たちは人間である私の同族を襲わないようになってくれた。
でも無抵抗をいい事に当時深淵の拠点だった土地をいくつも奪われてしまったし、傷を負った者もいた。
私に義理立てして盟友が傷つくのは嫌だ。だから当時の私はもう深淵の支配地に挑む者達は好きにしていいと伝えた。
まあ、あまりにも思い切りが良過ぎた私の判断にドン引きした盟友たちはそもそも人間の手が及ばない地にその拠点を移した。
それこそがレベルVダンジョンの中でも冒険者たちが第一階層すら突破出来ずに不可侵領域として認定された死の迷宮。
深淵のメンバーでも踏破に数年を要したこのダンジョンの更に地下深くに作った居住空間が言ってしまえば私の実家のような場所だ。
だからこそこの大穴に近づいた瞬間わかってしまったのだ。だって実家の匂いがするんだもん。
「まさかこんな場所に別の入り口があったなんて」
死の迷宮への入り口はアルカディア大陸から東に向かった孤島に存在している。通常の航路は監視されているので中々帰れない場所だったから、帰りやすくなった喜びはあるが仕事仲間を飲み込む死地になるなら無いほうがいい。
「私も驚いたよ、金貨の反応があったから代行が来たのかと思って向かってみたら知らない場所だったし」
テンタクルさんがその触手で摘んだ金貨を私の手に落としてくれる。
死の迷宮全域に張られた結界は金貨に反応するようになっており、昔私がダンジョン内で迷子になった時以降にテトラさんが用意してくれたものだ。
そんな過去があるから私は肌身離さず金貨を持ち歩くようになった。
「という事は皆さんも知らない入り口って事? 怖っ」
「結界が反応した以上テトラは知ってたかもだけどね〜、まあまだダンジョンって未知の部分があるから……ダンジョンも成長してたりして」
あまり考えたくない可能性だなぁ。
「ところでそこのグリフォンは何さ? 代行のペット?」
触手の先がチョイチョイとヘイカーさんを指差すのでその触手を頬を引っ張るように摘む。
「彼はヘイカーさん。私とは主従関係なんです。そんな言い方は失礼ですから謝ってください」
「主従ならペットでも……あたた、わかったよ。ごめんよヘイカー」
テンタクルさんの触手がへにょりと垂れる。わかりにくいが彼女の謝罪ポーズである。
ヘイカーさんはテンタクルさんの触手から距離を保ったままガチンと嘴を鳴らす。一応謝罪は受け入れてくれたようだ。
「さて、流石にここに挑むのは自殺と変わらないですし……どうにかしないと」
選出した冒険者の皆さんが決して弱いという訳ではない。ただでさえ死の迷宮は人間が挑むには不利な環境下であり、加えて深淵のメンバーが陣取っているのだ……あれ?
「そういえば今日はテンタクルさんしかいないんですか?」
いつもなら金貨を投げ入れたら他のメンバーも来てくれるのに……決して寂しい訳ではないよ。
「ああ、実は正門から人間たちが死の迷宮に挑んでて、他のみんなはそっちに回ってるよ」
「……なるほど」
そういえば新たな階級を与えた冒険者で人類未踏のダンジョンに挑むなんて話があったね……死の迷宮に挑んだのか。
私が冒険者たちの安否を気遣っているとテンタクルさんが私の頭を撫でる。
「大丈夫大丈夫、そんなに強い連中じゃないからちょっと驚かせて帰ってもらってるから」
「そうですか」
なら安心か? ……でも下手に無傷で帰れるとダンジョンの危険性を誤認されて無謀な挑戦に挑む冒険者も現れるかもしれない。
実際比較的簡単なレベルⅡのダンジョンだからって駆け出しに近い冒険者を向かわせて被害を出した国だってあるのだ。
「ある程度なら叩いてもらったほうがいいかも……」
「……代行って私たちより人間に厳しいよね?」
そんな事はないよ。
次は行けるなんて思われても互いのためにならないんだから。
◼︎
大穴から現れた怪物と別れを告げたフランドールを背に乗せて夜空を飛ぶヘイカーは未だに纏わりつく死の気配に羽を逆立てる。
それを知ってか知らずか手綱を握っていたフランドールの片手がヘイカーの身体を撫でてきた。
「すみませんヘイカーさん。テンタクルさんが失礼な事を言ってしまって……」
失礼な事……あのペット呼ばわりの事だろう。
魔獣を従える人間がいるという事自体はヘイカーも認知している。なんなら同族にも人間に服従し、騎獣として生きる道を選んだ者もいる事も。
人と魔獣が一緒にいればそういう認識になるのが普通だ。あの怪物ですらそういう認識なのだから。
変なのは服従を申し出てきたフランドールの方である。
命乞いも意味もあったのだろうがグリフォンに攫われてそのままコロニーで働く人間は世界中探してもコイツくらいだろう。
働き者過ぎて群れの連中から野生が失われそうだったので早い段階で人間の国に還したらあっちからコロニーに遊びに来るようになったが。
気にしてないという意思表示の鳴き声を上げる。それを聞いて安心したようにその顔を首筋に埋めてきた。
「本当ですか? よかったぁ。ヘイカーさんは器が大きいですね」
相変わらずこちらの意思を拾い上げる事に秀でている。肝心なところは察しが悪すぎてやきもきするが王として二度も三度も軽々しく口にする事ではないので放置している。
「ところでヘイカーさん、あのダンジョンの大穴に人が立ち入らないようにする上手い方法はありませんかね?」
そしてコレである。ちょいちょいフランドールはそれ魔獣に相談するか? という内容を言ってくる。
だがそれも見方を変えればヘイカーを同じ目線で見ているという事なんだろう。
あの怪物にも同じ目線で見ているなら本当に肝が据わっているが……見ているんだろうなというヤな信頼感がある。
「あ、ヘイカーさんの魔法で常に山頂に竜巻を発生させておくなんてどうであだっ!?」
尻尾を振ってフランドールの背中を引っ叩く。
それなりに賢いくせにたまにバカみたいな発想に至るのだ。
目的地であるロンダリングなる国までもう少しかかる。
ヘイカーはフランドールがこれ以上変な発想をする前に何かいいアイデアはないか慣れない思考に耽るのだった。
ダンジョン暮らしのフランドール。




