第二話 深夜通勤&残業
結局初回のダンジョン攻略については冒険者ギルドに任される事になった。
会議がお開きになったあと、チープさんに連れられた酒場でしこたま酒を飲んで気分が良くなった私は支部に戻ると早速通常残業と並列してダンジョン攻略に向けてのメンバーをピックアップに取り掛かる。
「人間やめすぎじゃ無い?」
「それは人間を舐め過ぎですよ。これぐらい普通です」
私が帰って来たのを察して受付カウンターに顔を覗かせたのはすっかり受付嬢の制服が板についたシュピールくんだった。
ルイナス様を匿っていた時と同様にシュピールくんとも一つ屋根の下で暮らしているのだがルイナス様の時と違ってあまり仲良くなれていない。むしろ悪くなったかもしれない。
まだここに来たばかりの方が距離が近かったくらいで最近はちょっとよそよそしい。
今だって隣に座りもせず、少し離れたところから話しかけられてる有り様だ。
「こっち来ませんか?」
「……やだね。ボクはもう寝るから、勝手に部屋に入るなよ」
「はーい。おやすみなさい」
ぷいっ、と目も合わさずに部屋に戻っていくシュピールくんに手を振りながらどうしたものか考える。
呪物によって力を失ったシュピールくんを匿ってから早くも一月以上経ったがその力が戻る兆しがなく、下手すると今日冒険者になった少年少女たちにも力が劣るかもしれない。
魔人の中でも上澄みだった彼が力を失った事でプライドに傷が入っている事は間違いない。
強大な力を持つ存在がそれを失った時どれだけ辛い気持ちになるかを私はよく知っている。
こういう時は力によらない部分で自信を付けてくれたらいいんだけどシュピールくんが得意とした盤上遊戯を始め、様々なゲームでコテンパンに負かしてしまったのがよくなかったかもしれない……いや、でも手抜きした方が失礼だし?
ここは自然回復ではなく、失った力の取り戻し方を考えた方がいいかもしれない。
「力の取り戻し方かぁ……」
どうやるんだ?
唇の上に羽ペン置いて考えてみるも、隔絶した力なんて得た事も失った事もないからサッパリわからない。
うん、私が考えても無駄な事かもしれない。羽ペンを手に取り再び書類を片付けていく。
ここはやはり実際に失ってから力を取り戻した実績のある方から聞いた方が早いだろう。
「しまった、戻す前に思いつくべきだった」
支部の修繕工事に伴い、万が一の事を考えて深淵の拠点に戻しておいた王剣の皆さんを思い浮かべる。
彼らなら何か解決の糸口を知っているだろう。
「今度取りに……あら」
ほとんど自動的に動いていた手が止まる。
ラインゴールド支部から上がって来ていた書類の不備を見つけたからだ。
直すのは苦ではないが同じミスが三度目、一度注意する必要があるかもしれない。
丁度いいタイミングだったので私はラインゴールド支部の書類を一纏めにして鞄に納めて肩にかける。
修繕工事中のため館内のあちこちにある資材を避けながら屋上に向かう。
セレナちゃんの置き土産が突き刺さっていた跡が未だ色濃く残る屋上には夜風で体毛がなびくヘイカーさんの姿があった。
「すみません、お待たせしました」
さっさと乗れと言わんばかりに尻尾で床を叩くヘイカーさんに跨り、手綱を握る。
それを合図にヘイカーさんが跳躍するとあっという間に景色が一変し、星空が近くなる。
「今日はラインゴールド支部でお願いします」
行き先を聞いて方向転換したヘイカーさんが一気に加速する。これならすぐに到着するだろう。
三拠点のギルドマスターと代理を兼務し、ギルド本部にまで籍を置いた私を悩ませたのは各拠点の移動である。
冷静に考えて場所が異なる拠点の責任者を一人に任せるというのは常識的に考えてあり得ない。
しかしそれを可能にしたのが冒険者ギルドの秘匿技術である転移扉、通称ポータルである。
転移門のようにどこでも好きな場所に飛べるという利便性はないが、魔力を同調させた触媒の間であれば転移出来るという優れものだ。
存在自体は以前から知っていたのだが本来本部に所属した職員かギルドマスタークラスにならないと知らされない技術なため、ポータルを繋ぎに来た魔法技師の前で知らないふりをしたり、転移した時に驚いた演技をしたりと中々大変だった。
とはいえこれで万事解決かと思いきやポータルは悪用防止の為に一日の起動回数と時間帯が決まっている。つまり今みたいな深夜には使用出来ないのである。
困った私が頼ったのがヘイカーさんだった。
空路かつ彼の速度なら夜中まで辺境で事務処理をしてから各拠点に出向き、持ち出し不可の支部の印鑑で書類に押印するだけの時間が作れる。そして朝になればポータルを使って帰ればいい。
しかしそれを実現するには夜はほとんど空けていてもらわないといけなくなる。
とまあそんな訳で怒られる覚悟でヘイカーさんにお願いしに行ったら意外にもあっさり承諾してくれた。
おかげで今日まで各拠点を回せている。ヘイカーさん様々だ。
ほらそんな当時の事を思い出してるうちにもうラインゴールド支部が見えて来た。
「ありがとうございます。いつも助かります」
群れの長であるヘイカーさんをこんな雑事に駆り出している罪悪感はあるがおかげで会う機会が増えたし空の散歩はいい気分転換になる。
感謝の気持ちを込めて首筋を撫でているとはよ行けと言わんばかりに嘴を鳴らされた。
「それじゃあ行って来ます。帰りはポータルを使いますから」
そう言って背から降りると飛び立って行ったヘイカーさんに手を振り、屋上から建物内に入った。
◼︎
ラインゴールド支部は辺境より規模は大きいものの、依頼量は比較的に少ない。
というのも交易都市であるラインゴールド周辺には冒険者が必要になるほどのモンスターや魔獣は生息しておらず、訪れる商人なども出発点からすでに護衛を連れ添っているケースがほとんどだからだ。
では何故この支部がこれほど規模が大きいのかというと辺境から流れてくる輸出品の産出地をここで振り分けているため、それらの輸送隊の数に釣り合う冒険者がこの街から派遣されていると他国に思わせる為、そしてこの交易都市近郊にあるダンジョン攻略に挑む冒険者を受け入れるためだ。
なのでこの支部に所属する大半の冒険者はダンジョン攻略を主な収入にしており、商会ギルドなどの護衛といった仕事は他所からこの街に来るまでに数が欠けた時の補充要員としての役割がほとんどだ。
ちなみに近郊にあるダンジョンのレベルはⅠからⅢと平均的な難易度の為、所属している冒険者も三級が最も多く一級は一人しかいなかった。
まあその一人もロンダリングの騒動で居なくなってしまったが。
流石にまだ所属する冒険者の顔と名前を一致させるのに精一杯で人となりまでは把握出来ていない。何かしらやらかしてる冒険者なら名前くらいは耳にしているが。
ギルド職員は受付嬢が十名、男性職員が八名。以前はもっといたらしいが同じくロンダリング騒動で職員がバタバタと辞めてしまったらしい。
とはいえラインゴールド支部の規模ならもう少し流れを掴めたら私一人でも回せるようになる。十八名の内一人や二人、辺境に引き抜いたって全く問題ないはずだがチラリとその話をしたら拒否反応が凄かった。やはり辺境という場所はお気に召さないらしい。
かくいう私も最初は王都支部にいたのだからそれをとやかく言う気はない。王都や交易都市などの都会で働くというステータスは大事だ。
しかし辺境でもダンジョンが見つかったという情報が出回れば気が変わる人もいるはず。それを期待して待つとしよう。
さて、フラウロスさんが使用していたギルドマスター用の執務室は言ってしまえば本人にだけわかるように整理されていた。
決して汚い訳ではないが書類の内容毎にまとまったおらず、フラウロスさんなりのルールで纏めている。
おかげで場所の把握に初日は手間取ったものだ。
この執務室を私色に染め上げたいのは山々だが、フラウロスさんが戻って来た時に困るだろうからここでは昔クラーケさんの船でやらかした反省を活かしてフラウロスさん流に私が合わせる事にした。
いくら汚くて整頓できてなかったからって船を丸々買い替えたのはやり過ぎだったよね。
あのボロ船が良かったというクラーケさんのロマンをちゃんと理解してあげていればよかったのだが当時はまだ幼かったし、クラーケさんと喧嘩した直後だったから加減というものを考えられなかった。
まあ、船員みんな買い替えた旗艦の綺麗さを羨んでいたんだけど流石にクラーケさんが不憫なのでその事実は伏せている。
とはいえ全く同じとはいかない。フラウロスさんと違ってこのしふに常駐している訳ではないからだ。
「うーむ、結構あるな」
執務室の明かりをつけて椅子に座る。フラウロスさんサイズの椅子はちょっと小さいが上質な造りだけあって座り心地はいい。
机の引き出しからモノクルを付けてフラウロスさんっぽさを出しつつ、目の前の書類に手をつける。
それはギルドマスターが承認しなければならない書類だ。
辺境は私一人で兼任しているので作った書類にそのまま印鑑を押せるが他ではそうもいかない。
だから仕上がった書類のうち緊急性が薄いものは辺境宛に送ってもらい、チェックを済ませたらコッチに持って来て一気に押していく事にしている。
非効率極まりないが全ての書類をここで一から確認していると時間が足りないのだ。受付業務と並行して出来ないからね。
ただ当然辺境に送る為の速達便に間に合わない書類も当然出てくる。中でも急ぎの書類はこうして執務室に置いてもらうようにした。
そんな書類に淡々と目を通し、問題ありなしで振り分けて印鑑を押していく。
不備の全てを私が直してもいいがそれではみんなが成長しない。フラウロスさんは自分で手直ししてくれたという愚痴を職員が言っている事は知っているがここはしっかりと是正していく必要がある。
そうして私が書類の振り分けを済ませて印鑑を押していると小さく扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
「し、失礼します」
執務室の扉を開けて入って来たのはフラウロスさんの右腕だった受付嬢、ルーナ・ハウレスさんだった。
少し引っ込み思案なところがあってオドオドしているが実に優秀な子だ。
「ファイナンス様、いつの間にいらしてたんですか?」
「ふふ、謎があるほうがミステリアスで魅力があると思いませんか?」
「あ、怪しくておっかないですぅ」
そうかな? ロンダリングではウケが良いんだけど……ロンダリングのお国柄かな?
「ところでそれは?」
「あ、すみません……先日ファイナンス様から指示されていた件です」
「ありがとうございます」
ルーナさんから書類を受け取り、その一覧をざっと見る。
それはここ一月で受付嬢各員が依頼を受けた受託数と依頼達成数を書き記したものだ。
「これを調べてどうされるんですか?」
「優秀な受付嬢を探そうと思いまして」
まあそれは表向きの理由で、本音を言えば悪さをしてる人がいないかの洗い出しである。
よくありがちなのが依頼金の水増し請求で差額をちょろまかす行為だ。
こういった利があると仕事にも熱が入るというもの。私はリストの中で突出して数の多い二人の名前を頭の片隅に置く。
もし何もしてなければ優秀な受付嬢として評価を上げ、やらかしてたらそこを突いて今後も熱心に働いてくれたらいい。
疑ってかかるのは心苦しいがこれもギルマスの務めだ。
「ルーナさんも遅くまでご苦労様です。今日はもう上がられますか?」
と言ってももう日を跨いでるけど。
「は、はい……あ、でも明日は休みをいただいているのでもう少しくらいなら」
「やすみ……?」
やすみ……ああ休日か。久しぶりに聞いた概念で忘れてた。
「お休みは何をされているんですか?」
「えっ? あっ、本を読むのが好きなので、新しく買った本を読もうかと」
「いいですね。どんな本を買われたんですか?」
「あ、こ、これ、です」
ルーナさんが肩から下げていた鞄から一冊の本を取り出す。
「あ、あのロンダリング騒動の真相がわかると言われてる……ロード・オブ・ルイナス、です」
ルイナス様らしきツインドリルの少女が表紙を飾っている分厚い本だ。
でも真相は何一つわからないと思う。誰が書いたのこの本。
「フラウロス様……あの騒動から人が変わったようで……もしかしたらこの本に、何かヒントはあるかなって」
ない、絶対ないよ……というか人が変わった?
「ちなみにどんな風に変わったんですか?」
「え、と、いや……秘密、です」
き、気になる。
今度ルーナさんを酒場に連れ込んで酔わせて洗いざらい話してくれるか試してみよう。
フランドールとサシ飲みに行った人間の九割は二度とサシでは行かなくなる模様。




