第一話 自宅会議
ダンジョン……それはその存在が初めて観測されてから幾星霜、一般的にはその全容は明らかになっていない不可思議な場所だ。
ダンジョンの規模は洞窟のような小規模ダンジョンから城のような広さの中規模、島一つはありそうな大規模ダンジョンと様々で統一性がない。
ダンジョン研究を手がける権威、ハント・トレジャーをしてその著書の末尾にはよくわからない、で締め括られるくらいには謎で満ちており、わかっているのはダンジョンが尽きない資源地という事だ。
ダンジョン内には独自の法則や生態系が築かれ、中に住むモンスターは狩り尽くしても時間を置くと再び湧き出す。それは採取した鉱石などの資源やアイテムも同様だ。
そんなダンジョンを有する国にはダンジョン探索だけで生計を立てる冒険者も珍しくない。
かつてはダンジョンが存在する土地を巡っての戦争が世界中で勃発したからか、大国とダンジョンの位置関係はほぼ一致する。
ダンジョンがある場所に町や国を作るなんて危険極まりないように見えるがダンジョンで発生したモンスターは外に出てこないとされており、その理由には様々な仮設があるが、ダンジョン研究を手がける権威、ハント・トレジャーはあまりわからないと発表している……彼は何故権威を名乗っているんだ?
とまあよくわからないダンジョンという存在で唯一間違いないのは新ダンジョンの存在は必ず揉め事の種になるという事だ。
「いっそ隠蔽します?」
「私の首が飛ぶわ!」
バンバンとテーブルを叩くゼニス様の目はマジだった。場を和ませるジョークなのに。
日中やってきたゼニス様からの相談に乗るため、日が暮れてから今回の件で集まった面々の前に立つ……シレッと進行役やらされてるな私。
私の自宅にしてゼニス様の仮住まいのリビングにいるのは私を入れて七名。
まずは辺境の領主であるゼニス様と従者のミランダさん。続いて開拓への支援を行っていたローゼン商会会長であるラウさんとレンジャー商会辺境支部長のロス・レンジャーさん、偶然居合わせた結果完全に巻き添えを食らったモニカさん。
そして今回ダンジョンを発見した開拓班のボス、チープ・ジュエルさんだ。
何故私の自宅で会議をしているかというとこの面子を自然と集められるのが全員に顔が利く私の家だからだそうだ……本当にそうだろうか?
「はい、という訳で公表は前提という事でみなさんの意見を募りたいと思います」
「いや、隠蔽でいいんじゃないかい?」
「伯母上、可愛い姪っ子が二つになってしまいます」
「なら片方はもらってやるさ。嵩張るから小さい方にしようかね」
ケッケッケ、と物語に出てくる悪い魔女みたいな笑い声を上げるチープさんはそれに見合う魔女めいた見た目をした老女で、亡くなられたゼニス様の母君の歳の離れた姉……伯母に当たる人物だ。
五十代という話だが、その五割り増しには見える貫禄があり、その皺の入り方は実に綺麗で私も歳を重ねたらこうありたいと思わせる女傑である。
「では残ったほうは私がしっかりと供養を」
「伯母上もギルマスも冗談キツいなぁ! あとギルマスはこれ終わったら上に来い」
冗談に乗っかっただけなのに……しかし相変わらずだなチープさんは。
まあ妹に婚約者を寝取られてその婚約者だった父君と父親似の実兄を国外追放した姪っ子なんて愛憎の憎に傾くのは仕方ないのかもしれないけど……その道を整えたのは私でゼニス様は領主として最後の一押しをしたに過ぎない。
だから私が恨まれるのが筋なんだけど。
「いいやフランはこの後私のところに来な」
「はい」
この人、何故か私がお気に入りなんだよね。
「むぅ、なんでギルマスだけ」
ゼニス様がつまらなさそうに唇を尖らせる。彼女は彼女でチープさんの事が苦手だけど好きなんだよね。
「歓談中申し訳ないが話を戻さないかね?」
整髪剤できっちり髪をキメた藍色のストライプスーツを着こなすロスさんが流れを戻してくれる。
「なんだい、相変わらず本題に入るのが早いね。ベッドの上でもそんなだから」
「ジュエル女史ィ、そういう話をする場じゃないんだがねぇ?」
おっとダメそう。
「はいはい、みなさんお忙しいお立場ですから進めましょうか」
私も出来ればもう少し場を暖めてから進めたいが時間も押している。
この後各支部から上がって来た書類の処理という仕事も沢山残っているのだ。
「まずはダンジョン登録手続きが必要になります。こちらは基本的にダンジョンがある地域の領主様で登録書を用意いただく必要がありますが、エルドラド王国との契約で冒険者ギルドに代理申請を依頼出来ますが」
「頼む」
はっっや! ゼニス様この手の書類嫌いすぎる。
「えー、次はダンジョンから産出される資源の取り扱いですがエルドラド王国では第一級資源については一度国に納める必要があります。間違っても密輸などしないようご注意ください」
じっ、とラウさんを見るとそっぽ向かれた。マジで気をつけてね?
第一級資源はその希少性と利便性からアルカディア大陸にある国家間で定められた条約により産出国での独占を禁止されている。
レベルⅢ以上のダンジョンを保有していない国では輸入に頼るしかない資源なので大陸全体の産出量からその年のレートと輸出量が定められ、安定した価格で取引が行われる。
産出量の虚偽報告は条約違反となり処罰の対象になる……というのは建前で、大抵の大国は産出量を誤魔化している。
何故そんな事を知っているかというとレベルⅢ以上のダンジョンから安定して資源を回収出来るの実力者のほとんどが冒険者ギルド所属の一級から三級冒険者だからだ。
だから冒険者ギルドは各国がどれだけの資源を得ているか手に取るようにわかる。
そのため年に一度、各国の代表が集まって開かれる大陸会議前になると冒険者ギルド本部には各国から寄付金が送られてくる。ようは口止め料だ。
まあ綺麗事だけでは巨大組織は回らないしその恩恵を受けている身としては口出しする権利はないし……っと思考が分離していた。
とりあえず領主の裁量で扱える第二級資源以下の取り扱いを支援していた商会ギルドに任せるといった話をまとめたところで肝心のダンジョン攻略に当たれる冒険者の話になる。
「今回発見されたダンジョンのレベルはⅤ、恐らく一級冒険者でも安定した攻略は不可能です」
「辺境支部は他所の支部より冒険者の平均値が高いという認識だが、実際どれだけの冒険者がダンジョンに挑めるかね?」
「そうですね……」
ラウさんの質問に対してちょっと考える。
単純な強さという面ではかなりの人数を挙げられるがダンジョン攻略となると話は変わる。
特に今回のダンジョンはまだ誰も足を踏み入れていない未知のダンジョン。冒険者ギルドの記録ではレベルⅤの初見攻略を成した記録は無く、大抵は冒険者を犠牲にしながらダンジョンの性質やマップを把握していき、ようやく踏破といった感じだ。
全盛期のトニーさんなら光りながら歩くだけで初見攻略余裕だっただろうが今の彼は全盛期には程遠いし、そもそも今は冒険者を引退してルイナス様の騎士としてロンダリングにいる。
正直、今いる冒険者で挑めば誰かが犠牲になるだろう。
「確率の高い冒険者さんはリストアップしておきますが……失う可能性も高いです」
「そうか……レベルがⅢあたりなら最高だったんだがな」
レベルⅤともなれば希少資源や素材、レアアイテムの期待値は非常に高い。
一回のダンジョン攻略で一生遊んで暮らせる富を得られる可能性もあるだろう。
だがその度に命懸けでは国や領地の収入安定には程遠い。だからレベルⅢ程度のダンジョンの方が安定して資源を得られる分、重宝される。
「で、初回のダンジョン攻略は誰に任せるんだい?」
チープさんがゼニス様に問いかける。
エルドラド王国では新しいダンジョン攻略はその土地の領主が火蓋を切るのが慣わしだ。
冒険者ギルドに依頼するのも私兵を使うのも自由だが。
確かレバレッジの領地にあるレベルⅢのダンジョン攻略は発見当時のレバレッジ領主自ら乗り込んだんだっけ?
チラリと肩身が狭そうなモニカさんを見ると目が合う。
行っちゃいますか?
親指を立てて合図を送るとモニカさんが泣きそうな表情を見せる。
逝っちゃいますよ……そう疲れた顔で小さく囁いていた。今の彼女は、いうならばゲッソリモニカ……あだっ。
「……」
にっこり笑うモニカさんにテーブルの下で脛を蹴られた。私の思考が読まれている?
すっかり私との距離感を掴んだモニカさんとの触れ合いに心を和ませながら会議の議事録を綴るのだった。
この人に隙を見せたらどこまでもズケズケ来るし恩が出来たら容赦がない(モニカ評)




