エピローグ 人事異動
「シュピールくん、こっちの箱もお願いします」
「人使い荒くない?」
ガラガラと台車を押して戻って来たシュピールくんの訴えにちょっと考える。大丈夫、適正な労働配分だ。
「大丈夫です。問題ありません」
「二十四時間動き続ける人外の物差しで測ってない?」
「人外て」
魔人のシュピールくんに言われても。
まあ今の彼は人間の子供並みの力だからそこは考慮に入れないといけないが。
「あと十箱運んだら休憩しましょう」
「うぇ〜」
呻くような返事をして、私が台車に乗せた箱を運び出していく。
朝っぱらから何をしているかというと辺境支部の修繕工事に伴い日中の受付業務を行うための仮設事務所への引越しである。
必要最低限の書類や備品の運び出しは重労働だが二人がかりなら楽なものだ。
盤上遊戯の指南役であるシュピールくんがなぜ受付嬢の制服を着て私の指示に従って労働に励んでいるかというと、私が師匠であるシュピールくんの実力を超えてしまったからである。
当人曰く力が衰えた事で思考能力にも影響が出ているとの事だったので力を取り戻したら再戦予定になっており、それまでは私の手伝いをする事で衣食住とシュピールくんを狙う魔人から身の安全を保障するという形で話がついた。
本当は職員として働かせたかったのだが見た目はどう足掻いても未成年なので不可、なのでお手伝いとして頑張ってもらっている。
一緒に働く内に敬称も砕け、すっかり君付けで落ち着いた。
サイズの合うギルド職員の制服が受付嬢の制服しかなかったから押し付けてみたらセクハラだと抗議されたが今は慣れたのか何も言わずとも着用している。
もうサイズの合う男性職員用の制服も届いているので棚には入れているのだが気づいて無いっぽい。
まあ、よく似合っているからこのまま黙っておこう。
「ギルマスさん、おはようございます!」
「メディアさん、おはようございます」
受付カウンターに荷物を乗せているとメディアさんが訪ねて来た。
「ご依頼通り冒険者ギルドの仮設事務所開設の告知は新聞への掲載と街の掲示板に掲示してます」
「ありがとうございます」
こういう事前告知はしっかりとする必要がある。
支部にも勿論掲示するが仮設事務所は少し支部から離れてしまっているので、急ぎの依頼があった時に依頼人に迷惑をかけるしこれがクレームに繋がる事もある。
まあここまでやっても何件かクレームになるだろうがギルド側としてはここまでしましたよ、という姿勢を見せられるのは大事だ。
「ところでさっきすれ違った噂の新しい受付嬢さんなんですが」
「噂……?」
「はい、その生意気な口調が癖になると早くもコアな人気が出ているとの噂を聞きましてちょっと取材を」
彼を狙う魔人より厄介そうな人たちが集まってそうだ……私の茶目っ気から生まれた魔の手からシュピールくんを守らないといけないかも。
「まだ見習いの研修生みたいな感じなので取材は避けてくださいね」
「えぇー……あ、じゃあギルマスさん。冒険者ギルドでは近々大規模な動きがあるそうですがやはりロンダリング支部が新たに設立されたからですか?」
「メディアさんも耳が早くなりましたね」
彼女の言う通り冒険者ギルドでは今大きな動きを予定している。
まずはロンダリング支部への人事異動だ。
これまでロンダリングは三国の従属国だったため冒険者ギルドは置かれていなかったが、ルイナス様の判断で支部が置かれる事になった。
今後三国の中心部となる事から三国の中でも大規模な支部になるため周辺支部から職員が異動する事になっており、本部からも数名派遣されるらしい。
そしてエルドラド交易都市ラインゴールド支部のギルドマスターであるフラウロスさんが長期休暇に入るらしく、本部では古株のフラウロスさんが抜けた穴をどうするか話し合っているとか。
そして冒険者の等級と審査基準の見直しだ。
これはロンダリングに現れたラキスさんによって魔人の恐ろしさを改めて知らしめられた事から彼女のような厄災と称される存在に立ち向かえる強者がどれだけいるのか改めて審査し、新たな等級……厄災級冒険者を選出するつもりらしい。
そして冒険者ギルドは魔王に立ち向かえるという強い姿勢を各国に知らしめるため、その冒険者たちで人類未踏ダンジョンを攻略する偉業を成すつもりらしい。
そんなギルド全体が慌ただしい中、辺境支部への人員補充申請を出しておいた。
まあどうせ申請は通らないが慌ただしさに紛れてうっかり承認されたら儲けもんだ。出し得出し得。
詳細が明らかになったら情報提供するとメディアさんには伝え、彼女が去るのを見送ると入れ替わるようにシュピールくんが台車を押して戻って来た。
「おいフラン、郵便がアッチに来てたぞ」
「はいはい……おっ、噂をすれば」
シュピールくんから渡された封筒は冒険者ギルド本部からだった。ひょっとして申請通った……?
いつもより上等な封筒を開き、ワクワクしながら中に入っていた三つ折りの書類を開く。
それは人事異動の知らせだった。
【人事異動】
◼︎フランドール・ファイナンス
冒険者ギルドエルドラド王国辺境支部ギルドマスター兼受付嬢
……うぉい!?
「ギルドマスターになっちゃってるぅ!?」
「……ギルドマスターだったんじゃないの?」
「今までは代理です。まじかぁ〜えぇ〜」
まあ今までほとんどギルドマスターみたいなもんだったけど代理だからこっちで処理できない書類を本部に丸投げしていたのが出来なくなる。
最近は多少落ち着いて来たから余裕が生まれて来たというのに。
「まあまあまあ、お給料も上がる訳だし? 使える権限も増えるし、頑張るか」
私は書状をカウンターに置くと、その時三つ折りになっていた下半分がゆっくり開き、その下に続くインクのシミが私の目に入った。
「ぶっふぉわぁぁっ!?」
「ひいっ!?」
盛大に吹き出して床に倒れた私にシュピールくんが悲鳴をあげる。
ありえない。こんな人事異動ありえないでしょ!?
夢! 夢なら覚めて!? まあしばらく寝てないから夢じゃないってわかってるけどさぁ!!
「あだっ!?」
床でのたうち回っていると受付カウンターに頭をぶつけて上に置いてあった荷物と書状が床に落ちてくる。
荷物の下敷きになった私の顔に悪夢の人事異動が迫る。
【人事異動】
◼︎フランドール・ファイナンス
冒険者ギルドエルドラド王国辺境支部ギルドマスター兼受付嬢
兼
冒険者ギルドエルドラド王国交易都市ラインゴールド支部ギルドマスター代理
兼
冒険者ギルドロンダリング従国王都支部(仮称)ギルドマスター代理
兼
冒険者ギルド本部アルカディア大陸南方エリア統括グランドマスター補佐
(旧:冒険者ギルドエルドラド王国辺境支部受付嬢ギルドマスター代理兼受付嬢)
「ふぅっ!!」
この世の終わりみたいな文字列が書かれた紙を吹き飛ばし、下敷きにした荷物を押し除け立ち上がる。
「やってやる! 私はやってみせるぞ!」
拳を握りしめ、気合いを入れる私の前で書状を拾ったシュピールくんがその中身を読んで怪訝そうな顔をする。
「いや無理じゃ無い?」
「無理とは出来ないという諦めの言葉ではありません! 無理、やり、やる! つまり人間が頑張るための始まりの言葉なのです!」
「あ、そう……ボク人間じゃなくてよかったよ」
ちょっと! 魔人が人外を見るような目で私を見ないで!
私だって結構めちゃくちゃだって思ってるからね!?
これにて二章完結となります。
受付嬢の代わりに役職が増えたフランドールの戦いが描かれる第三章は明日から引き続き投稿予定。
※投稿ペースが変動する場合は後書き、あらすじにて周知いたします。




