第二十八話 辺境を去る者、訪れる者
ルイナス様がロンダリングに旅立ってから早半月。
お昼休憩で英気を養う私の元にやって来たのはやつれたラウさんだった。
「お疲れですね」
「誰のせいかなぁ」
滋養にいいと聞くレバレッジの茶葉で淹れたお茶を啜るラウさんはいつもより老けて見える。
「ツテを紹介しただけで一つの国が終わると思うか? しかも新しい君主はあの暴君だぞ? 旧ロンダリングとウチの取引履歴から早速ゆすりたかりのオンパレードだ。強行してこない分、多少は人の心を得たようだが……はぁ」
「いやいや、私のせいですかねそれ?」
……私のせいかも。
「一つ、辺境支部の修繕に全面的に協力しろと脅……要請されてな。やらなきゃ娘に裏の取引内容を全部伝えると」
脅迫されてる。
「どうやってあの暴君を手懐けたか知らんが……これで手を打たんか?」
羊皮紙に書かれたのは辺境支部修繕費の見積もりの概算だった。これだけあれば新築だっていけるね。
「別に手懐けてなんて」
「じゃあコレ以降もゆすられ続けるのか!?」
「……今後話をつけてみます」
勝手に人の写真を売った罰でこの金額はあんまりだしラウさんにはいつもお世話になっている。
ルイナス様にはあまりラウさんをいじめないよう説得してみよう。
すっかり苦労人みたいなポジションになってしまったラウさんがトボトボと支部から出て行くのを見送ってから受付カウンターに座る。
新生ロンダリングの発足はまだ先だが世の中の注目はすっかりロンダリングに向けられている。
大規模な商会ギルドは三国への仲介料が無くなるロンダリングへの販路のために人員を割いており、辺境の物流は一旦の落ち着きを見せていた。
街全体の建物が半壊した事で仕事が減っていた土建屋たちはロンダリングに集中し、スクラップアンドビルド真っ只中だ。
狡賢い裏の人間たちも新生ロンダリングで根を張るために向かっているようだがルイナス様が目を光らせている。
繋がりのある人には注意は促したがルイナス様は裏からはゴリ押し王女で知れ渡っている。
功を焦ってお縄につく人間はかなりいるかも知れない。
そして誤算というか、驚いた事に辺境の冒険者の中から新たに出来るロンダリング支部への移籍を願い出る者がかなり現れた。
どうやら烏賊鮫辺境襲来事件で簀巻きにされたルイナス様が本物の王女と知って何やら放って置けないかららしい。
一体どんな状況だったのだろうか……ぜひその場に居合わせたかった。
辺境の冒険者層が薄まるのは不安だが、ルイナス様のいる国に信頼できる冒険者たちが集まるのは友人として安心出来るから引き留めはしなかった。
「イザベルさんも、ロンダリングへ向かわれるんですね」
「ああ、その……世話になった」
久しぶりに姿を見せた彼女は少しやつれていたが凛々しさには磨きがかかっており、その雰囲気は修羅場を超えた戦士というべきだろうか?
あの騒動以降ダンタリオンさん、デカラビアさん、フラウロスさんから私に引き抜きの話があったが丁重にお断りしたというのに、本人の意思でロンダリングに行くと言われてしまったはおしまいだ。
「こちらこそありがとうございました……ロンダリング支部のギルドマスターはまだ決まっていないみたいですけどイザベルさんならきっと上手くやれますよ」
「そうかな……キミとはあまり上手くいかなかったからな」
まあ確かにアンフラの会に入っちゃうくらいだし……でも脱退は自由ですからね。
「そんな事ありませんよ。はい、こちら移籍に関する書類と一級試験への推薦状になります」
「一級って……私は」
「いやいや、マスター会議の場で魔人ラキスを退けた冒険者イザベル……その名はギルドでも広まっています。一級への昇級審査を受けるだけの資格があります! 頑張ってくださいね」
「あれは……いや、ありがとう」
私から書類を受け取ったイザベルさんから手を差し伸べられる。
やったロンダリングの騒動では色々あったが主目的の一つ、イザベルさんとの仲良し作戦はまずまずではないだろうか?
まあロンダリングでは延期になった来月のアンフラの会合に出席の印はあったけども。
まあそんな事はさておき、私はイザベルさんと握手を交わして彼女の今後の活躍をお祈りする。
「ところでその槍は……」
「ん、ああ……これは、まあ、うん」
イザベルさんが血のように赤い槍を肩にかけ、なんとも表現しがたい表情を浮かべる。
冒険者たちの間では広まっているがあの槍はロンダリングでの騒動の後、目が覚めたらイザベルさんの胸に突き刺さっていたというラキスさんからのとんでもない贈り物だ。
決死の心拍という魔槍で使用者の鼓動の速度に応じてその威力を増すという強敵を前するなど緊迫した状況に適したジャイアントキリング向けの武器だ。
使用者の鼓動を槍が記憶するために自らの心臓を穿つ必要があり、その際は当然心臓を傷付けないのだがイザベルさんが寝てる間にラキスさんがブッ刺して行ったから起きた時イザベルさんはショックで倒れたという話だ……そりゃそうなるよ。
あと魔槍や魔剣なんて呼ばれるアイテムは浴びた血によって力を増し制御が難しくなるのだがイザベルさんに贈ったこの魔槍はラキスさんの血を浸るほどに浴びた恐らく現存する魔槍の中では随一の性能で平均的なドラゴンなら一突きで死に至るとか。怖すぎる。
というかその説明を私にしろってラキスさんに丸投げされたが、そんな具体的な説明が出来るはずもないのでラキスさんの筆跡を模した手紙をこっそりイザベルさんの家に投函したのが移籍を決めるトドメだったかも知れない。
見知らぬ人物に自宅を知られてるとか怖すぎるもん。
「手放そうとも考えたが、その翌日にまた胸に刺さっていそうでな」
完全に呪い装備扱いだ。無理もないけど。
しかしラキスさんがそこまでイザベルさんを気に入るとは……でも自分が不利な状況でもロンダリングの人々を守ってくれたのだ。
初めて会った時は人間なんて餌なんて言い方だったけど、あれはきっとラキスさんなりの照れ隠しだったに違いない。
そう結論付けて私はロンダリングに向けて旅立つイザベルさんに手を振って見送るのだった。
◼︎
深夜、冒険者ギルド内の静けさときたら日中の賑わいもどこ吹く風だ。
以前まではそれも慣れたものだがここ最近はルイナス様という同居人がいたから彼女がいなくなると余計静かになった気がする。
ロンダリング支部に移る冒険者たちが定期的に行なっていた依頼等を引き継げる冒険者を選定し、新しく冒険者が入る時期も近いからスプラウトのメンバーに協力をお願いしてと。
寂しさを紛らわせるように仕事に打ち込んでいると冒険者ギルドの入り口扉が開かれる。
「こんばんは、冒険者ギルドへようこそ」
夜間の来訪はクラーケさん以来だ。夜に来る人は大体厄介事を持って来るわけだけど今夜の来訪者は誰だろうか?
「なんで、深淵の盟主代行が……受付嬢なんてやってんだ……」
「えっ、シュピール様!?」
冒険者ギルドの敷居を跨いで着たのは見窄らしいボロ衣を纏ったシュピール様だった。
◼︎
「ですからあの時止めたのに意地を張られるから……」
「ぐぬ……」
食堂から持ってきた賄い飯の残りやそのまま食べれる食材を平らげたシュピール様がその表情を歪める。
初対面の雰囲気から一転、貧困に喘ぐスラムの子供みたいにやつれた姿はちょっと、いやかなり痛ましい。
私の知り合い最近やつれすぎでは……?
ロンダリングで呪物に取り込まれたシュピール様はその力のほとんどを失い、ちょっと頑丈な人間レベルにまでスペックが下がっていた。
ちょっと異質な見た目にも変化があり、目や髪の色は据え置きだが身体つきは華奢な女の子または男の子といった感じになっている。
そんなシュピール様がなぜ辺境の冒険者ギルド支部なんかに現れたかというと……どうやら彼が支配していた地で謀反を起こされたらしい。
魔人たちの間には支配領域……いわゆるナワバリがある。
ラキスさんみたいに堂々と姿を晒して人間の国ごと傘下にしてナワバリを誇示している場合もあるが、大半の魔人は表立って主張していないので人間からすれば自分たちの暮らす場所が魔人のナワバリかどうかなんて知る由もない。
魔人たちも目線が違うから自分たちのナワバリで人間が暮らし、国を興そうが戦争をしようが魔人の不利益にならない限り放置している。
アカシャさん曰く自宅の庭先で小鳥が巣を作ってる感覚、だそうだ。ならもう少し愛でてくれてもいいのに。
シュピール様は西方にある国の領地の一部を配下の魔人と人間で支配していたようだが弱った彼はあっさり裏切られたから遠路はるばるここまで逃げ延びたそうだ。
「私が土下座してまで生きながらえたんですからあまり粗末にするような行動は控えていただけると嬉しいんですが」
「……」
ちょっと気まずそうに目線を逸らされた。
そう、実はシュピール様の命は一度私が救って……いや、見逃してもらってる。
厄災会議で私が王剣を回収すると決まっていたのにそれを反故にする動きを見せたシュピール様にアカシャさんがキレたのである。
怒髪天と言ってもいい。
顔の無い白い彫刻姿であそこまで怒っている事を表現できるアカシャさんの演技力にはまったく恐れ入る。
とはいえ私だってシュピール様を殺されちゃ困る。
私は土下座しながら今回議長である私の判断を蔑ろにして彼に制裁を与えるという事は私の顔に泥を塗るつもりかと説得してなんとか引いてもらった。
まあ丁度ロンダリングの人たちを元に戻して来たラキスさんが現れたからさっさと引き上げてくれただけかもしれないけど、あれからシュピール様にアカシャさんからの干渉はなさそうだし水に流してくれたと信じよう。今度菓子折りでも持って行っておくか。
「ところで私のところまで来てくれたという事はあの時のお話を受けてくださるんですよね?」
「……力が戻るまでの間だけだ」
「ええ、十分ですよ」
私はロンダリングでそのまま戻っても裏切りは目に見えているので私の元に来てしばらく盤上遊戯の指南役にならないかと話を持ち掛けた。
私の元に来るのがよっぽど嫌だったのかその場では突っぱねられて軽く定石だけ教えて帰ってしまったが辺境にまでやって来るならもう他に選択肢もないだろう。
「それでは早速特訓といきますか!」
軽く定石を習っただけで以前に比べたらかなり善戦できたのだ。次こそはリーマン翁のキングを打ち取る。
こう見えて負けっぱなしは性に合わないのだ。
「あ、でもその前にお風呂ですかね」
「え」
この後シュピール様と親交を深めるべく一緒にお風呂に入ろうとして彼のプライドと精神にダメージを与えてしまうのだがこの時の私には知る由はなかったのである。
ここからシュピールの性癖はフランドールの手をグチャッたくらいにはメチャクチャにされる、かも?
次回、二章エピローグになります。




