第二十六話 グランドマスターの真意
「ルイナス王女を見つけた、との事だが?」
「はい、いやー頑張りましたよ!」
午後の受付業務が終わり、事務作業もこれからが本番というところでやってきたリーマン翁とメアリさんに私は頑張りましたというアピールで腕で額を拭う。
「……匿っていたの間違いでは、ないかな?」
「まさか、私に何のメリットがあって?」
いきなりだなぁ。
「まあ、いい……しかし、派手にやってくれた」
「別に何もしてませんが?」
「……それで、王女は?」
「私をお探しかご老人」
応接室の奥に控えていたルイナス様がすっかり見慣れた受付嬢姿ではなく私が貸した晩餐会で着用したドレス姿でのご登場だ。
その威風堂々とした姿に飲まれたメアリさんに対してリーマン翁は普段通りの自然体だ。
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉ります、陛下」
「くっく、陛下と呼ぶには早いなご老人」
「着座したまま失礼……ルドルフ・リーマン……冒険者ギルドグランドマスターの地位をあずかっております」
「構わんよ、こやつを見てみろ。ふてぶてしく座ったままふんぞり返っておるわ」
つむじをグリグリするのやめて。というかまだ出会って間もない設定忘れてます?
「それで何用かなリーマン殿?」
「ロンダリングの王位に就くというお話、本気ですかな?」
「もちろん、魔王の脅威に晒され恐れ怯える子羊たちを導いてやろうとも」
やると決めたらとことん行くんだよねこの人。すごい自信だ。
「なるほど、では」
リーマン翁が手にした杖を撫でた瞬間、部屋の中に閃光が走り、チャリンという金属音が鳴る。
床を見てみれば細長い刀剣の先が転がっていた。
「リーマン殿、あまり彼女たちを驚かせないでいただきたい」
ルイナス様に続いて応接室の奥から現れた人物を見てリーマン翁が呟いた。
「剣聖剣生……トニー・フォーマルハウトか……」
「お久しぶりです。一級試験以来でしょうか」
「……なるほど。キサマがいるのなら……構わんだろう」
リーマン翁が杖を握り膝に置く。よく見たらその杖の先が無くなっており、断面から鈍く光る刃が見える……あれ、もしかして今ルイナス様を切ろうとしたこの人?
「……我が剣の性能審査は終わったかリーマン殿?」
私の隣に座って脚を組む姿は支配者然としている。テーブルの下で私の手を握るところは可愛らしいが。
いやしかしトニーさんを治しててよかった。
あのまま照明として永久就職しかねないトニーさんが人の姿に戻れたのはロンダリングの騒動でラキスさんに恩を売る事が出来たからだ。
その恩返しとして彼の心臓代わりとなるよう血流操作をトニーさんに施してもらった。
もちろん万全には程遠いが、それでもこうして立って步いてリーマン翁からルイナス様を守る事が出来ている。
しかしこう、二人が並んだ姿はサマになるな。
それにしてもルイナス様に治ったトニーさんを引き合わせた時は凄かった……あのルイナス様のデレデレぶりを見たらセレナちゃんがまた暴走したかもしれない。
「結構……ロンダリングに三国の護り手が務まるか、試させてもらったが……問題無かろう」
「それは重畳……さて、折角の機会だ、実はこれから私が治めるロンダリングにも冒険者ギルドを置きたくてな」
「ふむ……では此奴に手続きをさせよう……ン」
「ハッ、ではこちらへ……別室を借りるぞギルドマスター殿」
「ええ、ご自由に」
リーマン翁の合図でメアリさんがルイナス様とトニーさんを連れ出す。この流れで二人きりか……おっかないな。
二人きりになるとリーマン翁がこちらに向き直る。
「お主は、此度の件……どこまで読んでおった?」
「……読めると思います?」
私が何でもかんでもお見通しとは思わないでいただきたい。ラキスさんがいた時は焦ったしロンダリングの切り札とやらは辺境支部から持ち出された呪物だし。
そして周りまわってロンダリングが実質三国を下に付けるポジションになると誰が読めるというのか。
「そうか……ワシの読みではお主をマスター会議に招集せずに事が進んだらロンダリングは滅んでおったよ。間違いなくな」
「……そんなところに私を送り込んだんですか?」
パワハラかな?
「お主は良くも悪くも状況を変化させる力がある……あの日、辺境に送り込んだのも間違いではなかった」
「リーマン翁が私を辺境に……? なんだ、王都から飛ばされたのは決して私に問題があった訳ではないんですね!」
「……どうせ飛ばすなら一番厄介なところを選んだだけだ」
ぬか喜びさせてくれる。
「……彼奴は間違いなく冒険者ギルドに……人類に仇なす計画を立てておった……まるで尻尾を見せぬ狐のような奴だったが……お主を送り込んだら面白いようにボロを出し始めた……」
「……それは前任ギルマスの事でしょうか?」
「ああ……だが結果的にお主の命を危険に晒し、尊厳を大きく傷つけた……彼奴を取り逃した以上、お主を庇えばワシの動きにも注意を向けられるからな……すまなかった」
リーマン翁が両手をテーブルについて頭を下げようとしたのでその肩に手を置く。
「ちょちょちょ、リーマン翁に頭下げられたら困っちゃいますからストップストップ」
「だが……」
「じゃあアレ、ここで使ってくださいよ。何でもお願い聞く権」
「……許せ」
「はい喜んで。じゃあこの話はおしまいって事で」
パチンと両手を合わせて話を打ち切る。まったく私の事で気に病まれても困るよ。
「それじゃアッチの打ち合わせが終わるまで一局やりましょうよ、パワーアップした私を見せてあげます」
「……よかろう」
引っ張り出してきた盤上遊戯を並べるとリーマン翁のテンションが目に見えて変わる。こういうところ愛嬌があるんだこの人。
コイントスの結果また私が後攻になり、リーマン翁が白軍の歩兵を進ませる。その初手を見て私は気になっていた事を尋ねる。
「……ルイナス様とは、何年ぶりの再会だったのでしょうか?」
「……」
私が返しの一手と共に出した言葉にリーマン翁の手が止まる。
「なぜそう思うかね?」
「さあなぜでしょう?」
ジロリとリーマン翁の目が私を射抜く。
「……先日ルイナス様と一局お相手していただいた時におっしゃっていたんです。昔、剣の指南役に教わった事があると……その彼女と攻め手が全く同じだったので」
「……剣はからきしだったが、こっちは覚えておったのか……まったく」
「リーマン翁の事は覚えてらっしゃらないようでしたね」
「……」
「なんかすみません」
ちょっとへこんでしまった。なんだかリーマン翁らしくない。
「お主の言う通り、アレとは昔……剣とコレを教えてやった……それだけの事よ」
それからはしばらく駒を動かす音だけがする……う、旗色が悪いな。
盤面が終盤に差し掛かり、一手読み違えれば私の負けは必至だ。盤面に集中したいのに別の思考が混ざってしまう。
「……お孫さんですか?」
「……」
このままじゃ詰む……え、まじ?
私はポロリと溢した言葉に反応したリーマン翁を見る。
「……王族に手を出したんですか……?」
「……」
まじか、冒険者ギルドの人間と従国とはいえ王族のラブロマンスとか物凄いドラマがあったんじゃなかろうか? 下手な本より面白そうだ。
動揺を誘えたのか手が緩い。行けクイーン。
「それはともかくさっきの腕試しのやり方はよくなかったのでは? 嫌われますよ?」
リーマン翁の盤面を荒らしながらさっきの件について口を出す。
「……寸止めする気はあったのだがな」
「あー」
その前にトニーさんが割って入っちゃったか。
病み上がり……いや、照明上がりでリーマン翁の微細な加減まで見抜けなかったんだろう。
「祖父という事を伝えてもいいのでは? 喜ばれると思いますが」
ルイナス様家庭環境散々だからな。
「……知らんでいい事もある」
「そういうものですか」
まあ確かに今この事を知ったら自分を心配してくれる身内の存在に浮かれてヘマするかもしれない……あっ。
「なら私も胸に秘めておきます……なのでこの一手待ってもらっていいですか?」
針の穴を通すように私のキングに迫った騎兵を指差し提案してみる……しかしリーマン翁は決して首を縦には振ってくれなかった。
「詰みだ」
くっ、完敗だ……というかこれ私からこっそり伝えてという遠回しなお願いなのかもしれない。
結局のところルイナス様の事が心配でなんとかしたかっただけなんじゃないかな?
討ち取られた私のキングをクルクルと手の上で回すリーマン翁を横目に見ながらもう一度リベンジすべく盤に駒を並べ直すのだった。
Q.フランドールを駒に例えるなら?
A.爆弾




