第二十五話 英雄ルイナス
シュピール→ルイナス視点
人間が持ってきた王剣もどきによってその身体を取り込まれたシュピールは意識を奪わんとする王剣もどきに未だなお抵抗していた。
普通であればとっくに意識を失い、王剣もどきと一体になっていただろうが、途中でナニか別のモノを取り込んだ事でシュピールに向けられていた力が弱まったのと、取り込まれる直前に現れたフランドールのおかげだった。
「後で助けに来ますので、意識失っちゃだめですよ! 根性見せてください!」
その言葉に、シュピールは縋りついた。
あんな人間の言葉を信じるなんてどうかしていると自分でも思うが、あの時見せたシュピールの身を案じた彼女の表情がシュピールの脳裏に焼き付いている。
「っ!?」
真っ暗闇の水の中で溺れ続けているような感覚から一転して浮遊感がシュピールを襲う。
開けた視界に映る夜空。そこに舞う人影に、シュピールは目を奪われた。
「……」
黒いマントと髪をたなびかせ、金色の瞳で真っ直ぐシュピールを見つめながら、落ちてくる。
シュピールは咄嗟に避けようと飛行魔法を発動しようとするが、発動しない。
それどころかよく見たら全裸な上、手足は白い肌に変わっており、まるっきり人間の姿に変わっていた。
「え、ちょ」
咄嗟に声を上げようとするが、喉奥に何かがつっかえているのか上手く声が出ない。
そんなシュピールにフランドールはシュピールの腹に目掛けて翻るスカートから覗かせた脚を曲げ、その膝を打ち込んだ。
「ぶぼぉっ!?」
その衝撃でシュピールの口から飛び出したソレをキャッチしたフランドールはさっさと鞄にしまうとシュピールの手を取る。
「すみません、呪物を飲み込んじゃってたみたいなのでちょっと乱暴な手を使わせてもらいました」
「ごほっ、がはっ、他にも手段あっただろ!? 手を砕いた恨み混じってない?」
「まあ、ちょっと?」
そう言って親指と人差し指を限界まで広げて見せる。随分とデカいちょっとだ。
「そろそろ地面ですけどシュピール様、着地大丈夫ですか? 裸足だと痛くないです?」
裸足どころか全裸のシュピールは身体に流れていた力が全く感じられない事に身体能力の弱体化を悟る。
このまま落ちたら間違いなく肉塊だ。
「いや、難しい」
「え? すみません風でよく聞こえなくて」
嘘が本当かわかりゃしない。はらわたが煮えくり返る思いだがこのまま死ぬのは困る。
「無理! 死ぬ!」
「わかりました! 任せて下さい!」
「うぐっ」
フランドールに抱き寄せられシュピールの顔が彼女の身体に押し付けられシュピールさ落下ではなく恥ずかしさで死にそうになるのだった。
◼︎
ロンダリング従国で発生した厄災級の魔力振動波を観測し、三国が派遣した先遣調査部隊によってもたらされた報告は三国の首脳陣に大きな衝撃を与えた。
ロンダリング従国の象徴である調和の塔はその中ほどからへし折れて倒壊し、街全体の家屋の約六割が半壊、残り四割もどこかしら破損しているという有り様だ。
そんな状況下でありながら人的被害は皆無というアンバランスさに首脳陣は安堵と困惑を抱く事になった。
何故か損壊が最も少ない区画に集まっていたという人々に事情聴取をしたが口を揃えて気付いたらここにいた、と証言していたという。
ロンダリング側の関所付近で保護された三国代表の三名がなぜそんな場所にいたか、今回の騒動にどの程度関与しているかの取り調べが後日執り行われる事となった。
また首都周辺を巡回していた憲兵の報告では調和の塔から三つ首の怪物が出現し、空には黒い月、そして赤い月が現れたという情報と冒険者ギルド所属のギルドマスター三名からの証言で未確認のモンスターと北方で姿を消した魔人、ラキス・ブラッドが謎のモンスターと衝突したという事で結論が出た。
一時的に三国の緩衝地帯の監視が緩んだこのタイミングで何処かの国が良からぬ行動に出るかと思われたが、その逆……三国はそれぞれの監視網を潜り抜けてロンダリング従国に顕現したラキス・ブラットへの恐怖から身動きが取れなくなっていた。
一夜足らずであそこまで街を破壊し尽くした魔人との戦闘経験の無い三国は今後どのようにして国土を防衛すればいいのか?
そこについてはロンダリング従国を監視していた使い魔が記録していた映像が三国の答えを決定付ける事になる。
◼︎
「ルイナス様をロンダリングの王として、三国はその庇護下に入りたいという話がまとまって来ているそうです」
「……は?」
ロンダリング従国での騒乱から早一ヶ月。
辺境支部の談話室のテーブルを挟んでフランドールと昔教わった盤上遊戯に興じていたルイナスはそんな声を漏らす。
「何て?」
「ルイナス様をロンダリングの王として、三国がその庇護下に入りたいという話がまとまって来ているそうです」
先ほど聞いた内容を繰り返しながら黒い槍兵をルイナスの白軍の陣営に突入させて来たフランドール。
ルイナスはその対処を考える暇も無く、フランドールが口にした戯言に答える。
「ありえんだろ!? 何がどうなったらそんな事になる!?」
「どうやらこれが出回った事が発端のようですね」
フランドールがテーブルに置いたのは一枚の写真であった。
その写真は粗く、不鮮明だ。しかしツインドリルの影が巨大な三つ首の怪物に向かう姿が写っているのは見て取れた。
「ロンダリング従国を監視していた使い魔が最後に残した記録がコレだったみたいで……どう見てもルイナス様ですよね」
「アホか、魔人どもを観測したのはマスター会議の日の夜だろう? その頃の私は宙で簀巻きになっておったわ!」
ロンダリング従国の騒乱には劣るが当時辺境も大騒ぎだった。
突如辺境支部上空に現れた触手の生えた大口のモンスターによって支部は半壊、ルイナスも触手に捕まりエライ目にあった。
地上ではその本領を発揮出来なかったのかモニカ率いる冒険者たちによって討伐されたがあの悪夢のような光景はルイナスの夢見を悪くした。触手に絡まれて吊るされる悪夢に何度ベッドから落ちたかわからない。
そんなルイナスの気も知らないでフランドールは話を続ける。
「つまり、これがルイナス様の偽者という事ですね。ですが今名乗りあげれば魔人たちを退けた功績は丸々ルイナス様のモノ! おまけに三国を守護する名目でロンダリングの王になれるチャンスですよ?」
詳しく聞いてみれば三国は改めて魔王と呼ばれる魔人の脅威を思い知ったという。
どれだけ軍を揃えたところで圧倒的な個に対してはそれに対抗する絶対的強者が必要。しかし三国が保有する戦力にはアレに対峙できる強者が存在しない以上、頼りにできるのは冒険者ギルド……だが冒険者ギルドもその日、三人の一級冒険者がラキスの手にかかってその心をへし折られているという。
この事実は冒険者ギルドへの信頼を揺るがせた。
こうなっては三国が頼りに出来るのは実際にあの怪物たちを退けた張本人であるルイナスと思われる人物ただ一人。
三国は国をあげてルイナスを探し、冒険者ギルドにもその依頼が出回っているとか。
「ロンダリングでも英雄ルイナス様を王に、という声が上がっています。一応ロンダリング王家の血も流れてますからね」
「一応ってなんだ一応って……」
ルイナスは向かって来るフランドールの黒駒を返り討ちにしながら悩む。
生まれ故郷であるエルドラドでその命を狙われ、国を見限って一から国を興してやるという気概もあった。
しかし、なんのしがらみもないフランドールとの生活が終わるという事が……ルイナスを迷わせた。
「私は……」
「ルイナス様」
フランドールに言葉を遮られる。
「今、ルイナス様は多くの人に王になる事を望まれています。あれだけいた大量のアンチは消え去り、ルイナス様の庇護を求めています。このチャンスを逃しては王位に返り咲くのは難しいですよ?」
実に図々しい話だが今や三国からは魔王を退けた英雄としてルイナスの存在は認知されているという。
「私としてはルイナス様がいつまでもここに居てくれて構わないんですが……」
「!」
フランドールのキングがルイナスのキングに並ぶ。
まるで王位を取るか取らないかルイナスに問うているような一手だった。
「ルイナス様が王になられるのでしたら魔王ラキスにも渡り合えるとっておきの戦力をご提供します。きっと気に入っていただけるかと」
「……ふん、そんなもの無くても……答えは決まっておるわ」
ルイナスが白のキングを手に取り、黒のキングを小突く。
「前にも言ったであろう、私には支配者の地位こそ相応しいわ」
そう言って笑みを浮かべるルイナスにフランドールが笑みを返す。
見慣れて来たと思っていたが、あまりにも美しく愛らしいその美貌に見惚れているとフランドールが口を開く。
「反撃」
そう言ってルイナスの手から黒のキングを取り上げる。
「ルイナス様討ち取ったり」
ルイナスも見惚れる美貌から一転、小憎たらしいイタズラな笑みに変わる。
この百面相っぷりも彼女の魅力であると同時にアンチを生む要因なのだろうなとルイナスはくっく、と笑い……
「こいつめ」
「あだっ」
その鼻っ柱を指で弾いた。
勘違いの連鎖の果て国を手に入れたルイナス




