第二十四話 受付嬢vs三つ首の魔人殺し
ラキス→フランドール→ラキスと視点が移ります。
再生は後回しにして、血液操作に集中していたラキスは自らを潰した脚の隙間から両手を使って這い出る。
(……ここまでか)
苛立ちからラキスは歯噛みする。
その膂力で三つ首をバラしてきたが滅びるまでには至らない。だが途中でこの三つ首の不死性のカラクリは掴んだ。
だから滅ぼすのは容易いが、そのためには血に変えた人間の三分の一程度は使用しなければならない。
アンフラの同志が全員いたとしても数万人の内僅か六十六人。全員助かるかもしれないが、全員失うかもしれない。
しかし何もしなければこのままこんな雑魚に殺されて終わりだ。
(ごめんねみんな。もし使っちゃったらアイツとフランドールを殺してアタシも追うから)
唐突な殺意がフランドールに向けられる中、ラキスの脳裏にはアンフラメンバーの顔が浮かぶ。
自分の晴れ舞台を台無しにしてくれたあの夜、ラキスは腹いせに王都エルドラドを血祭りにあげてやるつもりだった。
まずは目の前を通った二人の女にその手をかざした時、その二人の口から出た言葉に手が止まる。
「今日もフランドールのせいで残業とか最悪」
「アイツまじで一回痛い目に合わせたいよね」
「……アンタたちフランドールの知り合い?」
当時のラキスにしては珍しく、自分から人間に話しかける。
「フランドールの知り合いならなんだっていうの?」
「まさかアイツのファン? こんな子にまで毒牙を!?」
「いや、ファンなワケないし! むしろ殺したいってぐらいなんだけど!」
「わ」
「わかる〜!」
「えっ」
二人の女に手を握られ、ラキスは虚を突かれる。
「なになに? アイツに何されたの?」
「お姉さんたちが聞いてあげる」
「え、えーと」
流石に魔人だの魔王だのといった話をする訳にはいかないという常識が働いたラキスはその辺は伏せて自分が受けた辱めを話す。
そして話終わる時には彼女たちは大粒の涙を浮かべラキスに同情していた。
「か、かわいそうに」
「せっかくの晴れ舞台をあの酒場で!? アソコに行く連中なんて呑んべいのオッさんぐらいだよ!」
「よっしゃ! お姉さんたちが奢ってあげる!」
「フランドールへの恨み辛みを肴に今日は飲もう!」
「えっ、ちょっ」
近くの酒場に連れ込まれたラキスは二人のフランドールへの恨み辛みを語られる。
正直恨みに対して殺意が高すぎて魔王となったラキスが気圧され、ちょっと人間に対しての見方が変わった。
そのまま意気投合した二人と朝まで過ごし、酔い潰れた二人の代わりに金を払わされた挙句二人を家まで連れ帰らされるハメになったが、何というか……楽しかったのだ。
それから隙を見ては王都に足を運び、再会した二人からアンチフランドールの会に誘われて会員になった。
そこで出会った同志たちがラキスにとってかけがえのない存在になるのに時間は掛からなかった。
「そんな同志の命を掛けるかもしれないんだから、楽には殺してやらないわ」
自分を喰らおうとする身の程知らずを滅ぼすため、ラキスがその身体を棄てて真の姿で顕現しようとした矢先に、聞きたくない声が聞こえてきた。
「ラキスさん? 大丈夫ですか? 生きてますよね?」
半分になった自分を抱き抱える耳障りな声。出来れば今一番会いたくない奴だった。
一体どうやったのか、三つ首の足元から離れた建物の屋根まで自分を運んだフランドールを見上げながらその口を開く。
「なんでアンタがここにいんのよ」
「そんな事より、ほら飲んでください。吸血種なら多少回復しますよね?」
そう言って手首を近くにあった瓦礫で引き裂いてボタボタとラキスの顔面に垂らす。
「せめて口に合わせなさいよ! マジそういうところがムカつく!」
「すみません、手元が狂いました」
嘘か本気かサッパリわからない。そういえば同志たちの何人かも言っていた。
フランドールは息を吸うように嘘を言うから自覚が無くてタチが悪いと。
そして何よりムカつくのがこの一番殺してやりたい人間が、これまでラキスが啜ってきた何万という人間の中で一番美味い血の持ち主だという事だ。
◼︎
「で、アンタはアレをどうする気よ?」
「その前にそろそろ勘弁してくれませんか? 貧血になっちゃいます」
首筋に噛み付いたラキスさんに血を吸われて戦う前からヘトヘトだ。
だがその甲斐あってあの三つ首に潰されていたラキスさんの身体はすっかり元通りになっていた。
私は羽織っていたコートで剥き出しになってしまっているラキスさんの下半身を隠して鞄を手に取る。
「厄災会議の議長として出席者のやらかしの清算と、超個人的な理由からアレを止めさせてもらいます」
「止め方わかってる訳?」
「恐らくあの首を同時に、それも異なる手段で破壊といったところでしょうか?」
多頭系のモンスターにありがちな倒し方として首を同時に切らなければならないという厄介なタイプが稀に現れる。
しかしそれならラキスさんが一度に吹き飛ばしていたのは確認している。それでも再生したならあとはこれくらいだろう。
魔人を殺すための呪物ならありそうな破壊条件だ。
基本的に魔人は他人と手を組まないから攻撃手段は強力でも画一的になりがちだ。
だから魔人単独ではアレを仕留めるのは中々骨が折れるだろう。首の数だけ攻撃手段を用意しなければならないのだから。
「気軽に言ってるけどアンタにそんな事できんの? ただの人間じゃん……いや、そういえばなんでローズの影響受けてないのよ」
「波紋には触れないようにしましたから」
「……ローズの力、アンタの前で使った事あったっけ?」
「それは」
ラキスさんに説明しようとしたら私たちに気付いた三つ首がこちらに向かってくる。
「ラキスさん、この先にはもう誰もいませんよね?」
「……まあね。この街の人間はもう全員アレよ」
そう言って空に浮く赤い月を指差す。
言ってる事とやってる事だけみたら完全に悪の魔王だ。一つの街の人間全員血液化とか近年稀に見ぬ大事件だよ。
でもこれで私も心置きなくお願いできる。少なくとも人を巻き込む事はない訳だし!
私は鞄を開けて声をかける。
「夜天さん、黒翼さん、断影さん、お力添えのほどよろしくお願いします」
◼︎
ラキスは鞄に向かって話しかけ始めたフランドールを見てアンフラの会合で時折話題に上がる彼女の奇行の一つを思い出す。
それは誰もいないのに一人で会話をしているというものだ。
人外ながらそれは病んだ人間の行き着く先ではないだろうか、と実際ラキスの真の姿を見て狂って壊れた人間を見てきたから余計にそう思う。
しかしあのクソみたいな酒場でラキスを含めた魔人たちに囲まれて説教された後に鍋奉行を始めた人間がそう簡単に壊れるだろうか?
そして、ラキスはフランドールがナニに話しかけていたか、鞄から姿を見せた物を見てようやく理解する。
「王剣……」
鞄から取り出され、宙に浮くソレを見てラキスが呟く。
深淵の盟主代行という魔人の中でも有名なそのネームバリューに反してその実力は未知数だったフランドールの王剣は……なんというか見窄らしい姿だった。
片刃剣を模した姿ではあるが剣身は中ほどから折れており、元々は美しかったであろう面影が僅かに残る程度だ。
だが人間が手にするような王剣にはピッタリかもしれない。ラキスがちょっと煽ってやろうと口を開き、止まる。
「は?」
もう一つ、鞄から宙に浮き上がったモノを見てそんな声がラキスから漏れ出る。
一見すればボロ衣に見えるマントで所々破れている箇所を黒い布に白い糸で繋ぎ合わせるというラキスもびっくりな雑な仕事ぶり。
しかしそれ以上にラキスを驚愕させたのは、ソレからも王剣の気配が放たれていたからだ。
「ちょ」
王剣同士は近づけると反発し、時には所有者にすら牙を向ける。それぐらい厄災会議に出るなら知っているはずだ。
だというのに、あろう事か更にもう一つの王剣が鞄から姿を現しラキスは完全に思考が停止する。
最後に姿を見せたのは割れた黒い王冠だった。その割れた装飾部分を紙細工で誤魔化しているから余計に目立っていた。
とまあフランドールの王剣はどれもこれも、どこかしら破損していた。
しかしそれを笑い飛ばせるほどラキスはイカれていない。そもそも三つも王剣を所持するなどラキスが……いや、魔人の持つ王剣の常識から逸脱しているのだから。
フランドールがそれぞれの王剣を身に付けると空気が震え、辺りの空間が軋む。
「いいですか? せーので行きますからね? 目立とうとしてタイミングずらさないでくださいね?」
気が抜けるようなフランドールの指示に反して王剣から放たれる気配はラキスの命にすら届くだけの威圧感があった。
「はい、せーのっ」
フランドールが掛け声と共に手にした剣の王剣を振り下ろす。
瞬間、眼前まで迫って来ていた三つ首が跡形もなく弾け飛ぶだけに留まらず、その衝撃波が街全体を覆った。
炭化した調和の塔が中ほどからへし折れて落下し、ロンダリングの街並みが倒壊していく。
吹き飛ばされないよう、その場に伏せていたラキスはこの惨劇を招いたフランドールを見上げる。
王剣の力か、あの衝撃波の中でも平然と立ったまま目の前の光景を目にしたフランドールが呟く。
「三つ首の呪物……なんてことを」
(アレのせいにするつもり……?)
ラキスはその思考回路にちょっと恐れ慄いているとフランドールは何か見つけたのか恐らくいずれかの王剣の力で宙を舞うと三つ首がいた辺りに飛んで行く。
それを見送るとラキスは自らの王剣の回収と、血に変えた人々を戻しても安全そうな場所を探すためにフランドールとは反対方向へと飛び立った。
タイミングを合わせろと言われたが威力を絞れとは言われなかったが故の衝撃波がロンダリングの街を襲う。




