第二十二話 血染めのラキス
三国代表→ラキス→フランドール視点
「クソッ、あの女やっぱり厄災を招きやがった」
そんな言葉を吐き捨てるオーウェンの影からクロエは三人の前に現れたソレに視線が釘付けになる。
フランドールを地下牢に送った少し後、入れ替わるように玉座の間に現れた白黒の少年。
クロエよりも幼く見えるのに、その気配と貫禄に萎縮してしまう。
「聞こえなかったかな? さっさと隠してる王剣を出しなよ……今日のボクは機嫌が悪くてね、あんまり待たせると殺しちゃうよ?」
「うっ……」
二人を守ろうとしたヘンリーの腹を貫き、真っ赤に染まった白い腕がクロエとオーウェンに向けられる。
「貴様……我々がこの地の管理を任された三国の代表と知っての狼藉か」
「いや初耳かな。どうでもいいし……というかボクの話聞いてた?」
「ぐぁっ!」
自分たちに踏まれた時とはまったく異なる苦悶の声をあげるヘンリー。クロエは震えながらも気丈に口を開く。
「王剣なんてモノ、私たちは知らん! その足を退けてさっさと立ち去れ!」
「ボクに命令しちゃう? 人間風情が」
「がはっ!?」
「オーウェン!」
白黒の少年から生えた昆虫のような白い脚の先にある鉤爪がクロエを庇ったオーウェンの背中を引き裂き、辺りに血が撒き散らされる。
「クロエ……これ、を」
オーウェンが胸元から一本の歪な形をした鍵を取り出す。
「箱は、宝物庫だ」
ヘンリーの言葉を受けクロエは二人の意図を察する。
「……王剣なんて名前かは知らないけど……この地に残された秘宝ならあるわ……」
「ふーん、じゃあさっさと取って来なよ」
少年の声を受け、クロエは宝物庫へ向けて走る。
歴代の代表者たちと各国のお偉方によって不正の温床となったロンダリングの闇が凝縮したような宝物庫は本来三国の代表が持つ鍵が揃わないと開かない。
だがクロエたちは互いの鍵を複製し、共有しているため問題なく解錠できる。
クロエは宝物庫のエデン王国が管理する区画に置いてあった金庫を見つけダイヤルを手で回す。
それは三人がロンダリングに揃った日に秘宝を管理していたという人物から渡された金庫だ。
当時……中に入っていたソレらを目にした時、クロエは何か使命感のようなモノのスイッチが入ったような気がしたのをよく覚えている。
「これで、ヤツを……」
クロエは中に入っていた黒い箱を取り出し、玉座の間へと戻る、そして……
「深淵は、ここにありて」
切り札である使い魔を従えるための呪文を口にした。
◼︎
午前中は最低最悪の気分から始まり大失敗をやらかしちょっとナイーブになっていたラキスだが、午後からはそんなのを帳消しにするようなハッピーな時間を過ごしていた。
「ラキス、次はあっちに行かない?」
「いやいや、先にこっちでしょ」
「ちょっと二人とも、アタシの身体は一つなんだから無理言わないでよ〜」
街中で偶然出会った同志アンジェリカと同志ラベンダーと夜の会合まで死ぬほどショッピングを慣行中のラキスは二人に両腕を引っ張られながら笑う。
その気になれば二つでも三つにでも身体は分けられるが人間の常識では身体は分裂しないというのは理解しているので申し訳ないがどちらかを優先しなければならない。
実に贅沢な悩みにラキスがふと空を見上げるとその目を見開く。
肉体のスペックを可能な限り人間に落としていたので察知する力も衰えてしまっていたらしい。
「ラキス?」
「なに見てるの?」
ラキスの様子を見て釣られるようにアンジェリカとラベンダーが空を、いや……道行く人々が足を止めて空を見上げ始める。
その視線の先……調和の塔上空に現れた黒く巨大な球体。それはゆっくりと膨らみ、空を隠していく。
「何あれ……」
「よくわかんないけど逃げよう!」
二人に手を引かれたラキスはその場に留まる。まるで大地に根付いた大木のように動かないラキスに二人は困惑した様子で話しかける。
「ちょ、どうしたの?」
「どっか引っかかったのかな?」
「……二人共ごめん」
「えっ?」
「なに? ラ」
言い終わる前に、二人の身体がパシャリと散って赤い血になって宙を舞う。
それだけではない。ラキスの胸元で爛々と赤く輝く花を模したブローチから広がる波紋に触れた人間が次々と人の形から崩れ、血に変わり、宙を舞う。
「ローズ、アレより先にこの街の人間全部血に変えなさい! 一人でもやり損なったら叩き割るからね!」
引き剥がしたブローチを宙に投げるとラキスは調和の塔から伸びる影に向けて跳躍する。
一瞬で姿を消してしまった主の命に従い、ラキス・ブラッドの王剣、鮮血の薔薇は調和の塔上空から滝のように落ちて街全体に広がろうとする黒い水が人間たちを飲み込む前に、この地に生きる全ての人間を血に変えるべくその力を解放する。
水面に広がるように、空間を伝う波紋は瞬く間にロンダリングを行き交う人間が血に変わる光景が広がっていった。
◼︎
本日二度目の扉破り。これじゃあまるで私が乱暴な人間に見えてしまうと思いながら玉座の間の扉を蹴破った。
「……あちゃぁ」
玉座の間に広がる光景に目を覆いたくなる。
円卓は砕け、その破片の一部は玉座……それもちょうど私の頭があった辺りに突き刺さっている。王なんて目指したらこうなると暗示されているような気分だ。
まあ王様なんてガラじゃないからいいんだけど。
そんな事より人的被害だ。
「クロエ様! オーウェン様! ヘンリー様! 生きてますか!?」
「……フラン、ドール様?」
「なんで地下牢から……」
「私は死んだのか……? 女神が見える……」
ああよかった生きてた。
駆け寄って三人の傷を見るがなんとか助かりそうな塩梅だ。
ふう、と一息吐くと恐らく原因であろう人物を見上げる。
「シュピール様、王剣は私が回収するって話……忘れちゃいましたか?」
「が、ひ、あァああ」
玉座の間を泡のようにいくつも膨らみながら埋め尽くしていく黒い粘体。
そこに身体の半分以上を飲み込まれたシュピール様から意味を成さない悲鳴のような声が漏れるが、私にはちゃんと聞こえている。
「運がないというか何というか……私たちもクロエ様たちも騙されましたね。今シュピール様を飲み込み生まれようとしているのは王剣でも最強の使い魔とやらでもありません……人を、魔人を喰らい、魔人を殺す……ただそれだけのための呪物です」
取り込んで核とするための魔人を引き寄せるために王剣に似た気配を撒き散らし、手にした魔人を問答無用で飲み込む呪物はシュピール様という核を手に入れてその力を解放する。
蠢く煮立つ鍋の中身みたいに体表が泡立ち、その形は歪ながら整っていく。
丸い身体から枯れ木みたいな羽が四本、手足が六本、尻尾が二本、そして山羊の頭蓋骨みたいな頭がついた首が三本の異形の姿。
「なんか……聞いてたより数が少ないですね……」
私の率直な感想に三つ首が反応する。
「失礼ナ人間メ」
「核タル魔人ガ劣ッテイルダケダ」
「ナンダコイツ、コノ程度デ王剣ヲ欲シタノカ」
「身ノ程知ラズガ!」
最後三つ首の声がハモった。
核に利用された挙句ディスられるなんてシュピールさんが浮かばれないな。
「がぼ、あ、ぐっ、ひ」
もう異形の腕と頭が半分くらいしか見えていないにも関わらずディスった呪物と何故か私に文句を言うシュピールさん。
あの様子ならもう少し意識は持つだろう。
「後で助けに来ますので、意識失っちゃだめですよ! 根性見せてください!」
私が声をかけ終わるタイミングでシュピール様が完全に飲み込まれ、異形の身体は玉座の間の天井をぶち破る。
その厳つい姿を眼下に広がる街にいる人たちに晒してしまうつもりだろうか?
ちょっと刺激が強すぎると思われるので縮んでくれない?
「随分ト人ガ増エテイル」
「ナラバ我ラノ糧トナリ」
「魔人ヲ喰ライ尽クス力トナルガイイ」
「魔狩ノ黒月」
ゴポンと響く水音と共に黒い塊が宙に浮く。
色んな魔法やスキルを見てきた私だが、一目見て洒落にならないモノだと分かる。
アレは人を飲み込み、呪物の力を増すための強大な魔法……多分触れただけで死ぬタイプだ。
「ていっ!」
落ちていた円卓の破片を崩れた壁から外に向かって蹴っ飛ばす。
「クロエ様、お二人をしっかりと掴んでてください!」
「え? ……えっ! え〜〜!?」
ほとんど無意識に二人を掴んでいたクロエ様が悲鳴をあげる。
まあ無理もない、私と一緒に縮地で外に蹴り出した破片に飛んで宙に放り出されたのだから。
調和の塔最上階からのダイブ。
あまりにも目立つ行為だがあの場にいたらみんな死んでただろうから致し方ない。
「ひぃっ!?」
「おっ?」
クロエ様から掠れた悲鳴が漏れる。
オーウェン様もヘンリー様も、声も上げれずにその表情を強張らせている。
それも当然だった。私だって驚いてる。
地平線に沈む太陽に代わって空には黒い月、そして真っ赤な液体がまるで生き物のように宙を舞い、集まって出来た赤い月が浮かんでいるのだから。
「ふ、ふ、フランドール様!? わた、私たち、こんなつもりじゃ、あ、アレは? いや、そうじゃなくて」
「落ち着いてくださいクロエ様。まずは逃げましょう」
私は首から下げていた笛を引っ張り出して力強く吹く。
すると近くで待っていてくれたのか、街の異常を察知して向かってくれていたのか、ヘイカーさんがすぐに飛んできてくれた。
空中を舞う私を背に乗せ、その両脚でオーウェン様とヘンリー様を掴み、クロエ様を咥えた姿は私が三人を攫っているようにしか見えないけど仕方ない。
「すみません、彼女たちを街から逃がして守ってあげてください。私はちょっとやる事がありますので! クロエ様、この中にポーションが沢山入ってますから皆さんで使ってください」
ヘイカーさんに繋いでる鞄を指してクロエ様に伝える。まあ、期限ギリギリポーションだけど。
「ふ、フランドール様は?」
「……私はあの三つ首を止めに行きます」
「何故だ、貴様何を企んでいる」
「オーウェン様、今はご自身のお怪我を心配なさってください」
私はヘイカーさんに繋いでいた鞄からワンサイズ小さな真っ黒な鞄を取り出す。
「ヘイカーさん、街全体に広がってる波紋には触れないように街の外までお願いします。それじゃあまた後で!」
「フランドール様! なんで」
クロエ様が言い終わる前に私はヘイカーさんが高度を下げてくれたタイミングで飛び降りる。
一瞬で見えなくなったヘイカーさんたちを見送り、調和の塔に振り返る。
クロエ様が言いたかったのは、きっと何で危険を冒して残るのか、とかそんなセリフだろう。
別にクロエ様たちのためだとか、ロンダリングの人々のためだとかでは……無いわけではないがメインの理由ではない。残念ながら。
私は引き攣った笑みを浮かべて赤雷や黒炎が飛び交う調和の塔を遠くから眺め、心の中で答える。
だってアレ、前に辺境支部から盗まれた品なんだもん!!
ロンダリング終了のお知らせ……?




