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第十九話 太過ぎたパイプ


 調和の塔にあるという王剣(レガリア)の回収は私に一任するという事で丸く収まり、厄災会議(サミット)は何事もなく幕を閉じた。

 シュピールさん自らこっちの土台に上がって貰うためにも事前に調べておいた彼の得意分野をそれとなく目に付くところに置いて、勝負の方法に選んでもらえる確率を高めてはいたが上手く転がってくれて良かった。

 もし早い者勝負に乗って来られてたら面倒になってたし。


「とりあえずクラーケさんの期待には応えられましたかね?」

「まだ王剣の回収は済んでおらんだろうがァ。気ィを抜くな」

「いやまあそうなんですけれども」


 ラキスさんがうろついてる街に長居はしたくないとアカシャさんとノクスさんはさっさと引き上げ、シュピールさんは親の仇でも見るような目で私を睨んで帰ってしまったので仕方なく一人で借りた会議室の片付けをしている私の問いにクラーケさんが答えてくれる。

 見てるなら手伝ってくれてもいいのに。


「手を見せろォ」

「えっ? なんですかいきなり」


 私はシュピールさんに潰された手と反対の手を出して誤魔化そうとしたらクラーケさんに睨まれたので渋々さっき潰された手を出すとひんやりとヌメる触手が私の手を軽く撫でる。


「……治ってはいるようだなァ。だが何故あの場ですぐに物申さなんだ」

「まあ、人間と魔人では力加減も難しいですから悪気がないのに怪我させたくらいで文句なんていいませんよ」


 まあ次からは気をつけてもらいたいところではあるけれども。めちゃくちゃ痛かったし。


「クラーケさんだって昔私を引っ叩いて死なせかけてからは今みたいにめちゃくちゃ丁寧に触れてくれるじゃないですか。シュピールさんも次からは大丈夫ですよ」


 多分、恐らく。


「フン」


 クラーケさんの触手がスッと離れると僅かに残っていた鈍痛がなくなっていた。私にはサッパリわからなかったが何らかの治癒魔法をかけてくれたのかもしれない。

 まあ感謝を口にしても素直に認めてくれないし逆に機嫌を損ねる面倒な人だから黙って頭だけ下げておく。


「ところで海鮮は?」


 私はさっき流された質問を繰り返す。

 今日を頑張る糧の一つだからとても重要だ。


「家に送ってあるゥ」

「やった! 流石! クラーケさんありがとう! ところで烏賊鮫(ゲッソーシャーク)ってオチは無いですよね?」


 アレ数少ない私が苦手な味なんだよね。


「……さらばだァ」


 波の音と共にクラーケさんの姿が会議室から掻き消える。


 ちょっと待って。あの間は図星突かれた時の間じゃない? 

 マジ? 自分だって烏賊鮫苦手なクセに送ってくるとか嫌がらせかな?


 届いた烏賊鮫を天ぷらにして半分くらい送り返してやろうと心に決め、私はシュピールさんが拳を叩きつけて傷が入ったテーブルの修繕費を彼に請求するために貸し会議室の支配人に見積もりをお願いする……ついでに部屋のレンタル料もちょっと上乗せしておこう。


私は結構いい値段になった見積もりを鞄に納め、次の行動に移った。



◼︎



「お久しぶりです会長」

「はい。お久しぶりですねみなさん」


 調和の塔の麓にある喫茶店。そこは美味しい紅茶と菓子が楽しめる有名な店だった。

 そこに集まったのは仕立ての良い服に身を包んだ少女たち。その視線の先にいるのは彼女たちが会長と呼ぶ存在。


 私、フランドール・ファイナンスである。


 黒いベール付の帽子を被り、素顔を隠している如何にも怪しい見た目だというのに少女たちはどこかうっとりとした様子で私を見ている。


 アンチフランドールの会……その会長は一部の会員からは何故か信仰に近いレベルで崇拝されている。

 彼女たちが蛇蝎の如く嫌っているフランドール・ファイナンス本人だし接し方もほとんど変わらないのにこの差は一体なんなのだろうか? 顔? 顔かな?


「会長からお願いされていた件、済ませて来ました」

「この計画が済めばあのフランドールの面に泥を塗れるんですね!」

「もちろんです! あの澄ました受付嬢に正義の鉄槌を下しましょう!」

「イエー!」


 みんなが手のひらを合わせて盛り上がる。ものすごい団結力だ。

 私を陥れるためなら国家機密すら盗み見てくる事くらい容易いとは恐れ入る。

 三人はそれぞれ三国に所属する諜報員だ。一体全体どこで彼女たちに恨みを買ったのかサッパリわからない。誰かが転売してるのかもしれない。


「それでは夜の会合でまたお会いしましょう」

「フランドールの恥ずかしい失敗談、楽しみにしてますわ」

「ええ、また夜に」


 私の失敗談を肴にした酒ってどんな味がするんだろうか?


 まあ私としても失敗談を語ればみんなから多角的な改善策を聞けるのだから実にウィンウィンな関係が築けていると思っているけど。


 まだ仕事が残っている彼女たちを見送り、私は集まった資料に目を通す。


 ロンダリングは三国によって回されているがその連携はお粗末なものだ。いや、だった。


 古い資料と今の資料を見比べれば一目瞭然だ。


 今のロンダリングは本来各国に流すべき情報を押し留め、物資や金を密かにロンダリング国内に貯蓄している。


 決起する日は近そうだ。

 ロンダリングの反乱が成功しようがしまいが世界への影響は大きいだろう。

 出来れば決起される前に仕事を済ませて辺境に帰りたいものだ。


「しっかし間近で見るとやっぱりすごいな」


 調和の塔を見上げる。

 何を思ってこんな塔を建てたのか。正直今にも倒れてきそうで近くで暮らすストレスが凄そうだ。


「そういえば時計塔を建てた時もクレームがすごかったな」


 辺境支部に時計塔を建てた時は周囲からうるさいだの影になるだのとよく言われたものだ。

 無くなったら無くなったで目印が無くて客足が減ったと言われるのだから困ったものである。


「フランドールさんだね?」

「?」


 資料を片付けた私に話しかけて来たのはローゼン商会の紋章が入った服を着た女性だった。

 明るい茶髪を短く刈り込んだ活発な印象を受ける容姿で……なんというかデカい! 父親の良いところを全て受け継いだ女傑って感じだ。


「初めてまして。私はローラ・ローゼン。父から話は聞いてますよ!」

「初めてましてローラさん。今日はよろしくお願いします」


 そう言って私はローゼン商会会長ラウ・ローゼンさんの愛娘であるローラ・ローゼンさんの手を取り握手をした。

 大丈夫だよラウさん。ローラさんなら過酷な受付嬢のお仕事だって乗り越えられるよ。

 ローラさんの大きくて力強い握手に私はそう太鼓判を押した。



◼︎



「すまなかったね。父に泣いて引き止められたら流石に強行できなくてね」

「いえいえ、父の後を継ぐのも立派な事ですよ。でも気が向いたらいつでもギルドは歓迎しますからね!」


 その時は特注の制服を用意しなければならないね。


 ローラさんが率いる商隊の馬車に乗った私は調和の塔に向かいながら談笑に耽る。

 彼女から聞いたラウさんの家庭での姿は普段の強面からは想像出来ないほどの子煩悩だった。

 とはいえローラさんには上手く伝わってないようだ……まあ側から聞いていれば露骨過ぎるのだが近過ぎると逆に気づかないのだろう。


「ありがとう。しっかしギルドマスターを兼務しているとはいえコレって受付嬢の仕事かい? 求人紙に書いている内容との乖離がエグくない?」

「ローラさん。お仕事というのは日々変わるものです」


 まあ、限度はあると私も思いますけれども!




 ローゼン商会の馬車は調和の塔内部に入るとその積荷を下ろし中へと運ぶ。

 中身は一体なんだろう。元々はラウさんの密輸ルートの一つらしいが今は足を洗ってるらしいから合法な品だとは思うけども。


 堂々とローゼン商会の面々について行き、その通路を観察する。


 見た目は奇抜だが中身はなんとも平凡な造りだ。

 しかし、その様式はエルドラドとは異なる。馬車の中からだと気づかなかったけどここってシャングリラの管轄区画じゃない?


「フランドールさん、ここからはこれ持ってお一人でお願いします」

「? わかりました」


 ローラさんから紙袋を受け取り、ローゼン商会と別れて通路を進むと漆黒の執事服を着た男性が待ち構えていた。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」


 案内されたのは両開きの扉の中。長方形の箱のような狭い室内で、壁には数字が書かれたボタンがある。


 その中で最も大きい数字を押すと箱がゆっくりと上昇を始めた。

 どうやらこれが昇降機と呼ばれるものだったようだ。図面を見た時から気になっていたが魔法も無しにどう動いているのか気になる。


 ……さて、思ってたよりガッツリ深部に踏み込んでいるのは気のせいだろうか?

 ラウさんには中に入るパイプだけ紹介してもらってあとはコッチで勝手に潜り込むつもりだったのに。


 昇降機が止まると扉が開き、外を一望出来るフロアに出た。

その景色は見事なもので下を歩く人々や馬車などアリのようだ。

 私は先を歩く執事さんについて行くと見事な装飾が施された扉を通され、部屋へと案内される。


「お嬢様、お連れいたしました」

「お疲れ様、ここはいいから下がりなさい」

「はっ」


 執事が深々とお辞儀して立ち去る中、その少女を見た私は笑顔のまま固まる。

 肩まである黄金色の髪は重力に逆らうようにくるりとハネた癖毛になっており、なんとなく既視感がある雰囲気を纏っている。


 そこにいたのはシャングリラ帝国の大貴族、このロンダリングを管理する一角であるクロエ・トリスケル様だった。


 ……あれ? ラウさん私を売りました?



なんだかんだちょっと仕返しはするフランドール。


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