第十七話 厄災会議
フランドール→別視点になります。
中から鍵をかけられ、いくら待ってもイザベルさんから声をかけられないから扉を蹴破って入ってみると想像だにしない光景に思考が止まる。
何故か身包みを剥がされたソニアさんに子供みたいに泣くイザベルさん。床に転がる冒険者たちと座ったまま真っ青な顔をしているダンタリオンさんにデカラビアさん。
そして私の顔を見るなり吐いてしまうフラウロスさん。
……小休憩の間に一体何が!?
とりあえず全裸で転がるソニアさんにコートをかけ、離れようとしないイザベルさんの頭を撫でる。
視線の先には赤い血が飛び散っているが目に見えて怪我をした人はいない。イザベルさんの足元には彼女自慢の槍がへし折れて転がり、その穂先には血がこびり付いている……誰かヤっちゃった?
「えーと、それでは会議の続きを……出来そうにないですね……?」
とりあえず会議を再開しようとしたら信じられないものを見るような目で全員に見つめられた私は一旦会議をお開きにするのだった。
◼︎
お昼、泣き疲れて眠ってしまったイザベルさんと意識が朦朧としていたソニアさんを私が用意した宿に寝かせると次の厄災会議に向けて移動する。
マスター会議のあの惨状だが、ダンタリオンさんの話ではどうやらかなり強い魔人がクレームに来たからあんな結果に陥ったらしい。
うーむ、とんでもないクレーマーである。冒険者ギルドの受付嬢をやっていたらクレーマーと遭遇する事はよくあるが流血沙汰にまでいくのは相当だ。
しかし流石冒険者を兼任しているだけあってダンタリオンさんは他の人に比べてタフでしたたかだ。
ちゃっかり精神的に弱っていたフラウロスさんを部屋に招く事に成功してるのだから恐れ入る。
デカラビアさんは平静を装っていたがかなりまいっていたようだったし、リーマン翁には報告が必要だろう。
「でもその前にまずはちゃんとここから生きて帰らないとなぁ」
私は未処理の書類の山を見上げる心持ちで目の前の扉を見る。
そこは私が厄災会議のために借りた商会やクランなどが利用出来る貸会議室がある建物だ。流石に今回は酒場は避けて真面目な場所を用意したのだ……いや、前回も真面目は真面目なんだけど。
問題はマスター会議の事後処理で約束の時間を大幅に遅刻しているという事だ。
遅刻なんて王都支部の初出勤以来だ。
私は大きく息を吸って、えいやと扉をノックした。
◼︎
厄災会議。それは一度行動を起こせば一つや二つは国を滅ぼすような力を持った魔人たちが唯一力を振るわず、言葉で事態を解決する実に平和的かつ合理的な場である。
この会議が成り立ってから幾年月。参加する魔人の顔ぶれも随分と変わって久しい。
そんな中、最初の会議から今日まで全て顔を出し、その全てを記録してきた魔人アカシャは二回連続でやらかしてくれた少女の来訪を心待ちにしていた。
「ンフフフ、あの子はワタシたちをおちょくるのが大好きと見える。なあクラーケ・オーレ・オーシャ」
安っぽい会議室の椅子に律儀に座った女体を模した艶のある真っ白な無面の彫刻姿をしたアカシャはその無機質な声色で対面に座る自分に次ぐ古株の魔人に話しかける。
「遅刻って……いや遅刻って……信じられるかい? 伝統ある厄災会議の場に遅刻して来たのは永い歴史であの子が初めてだ。しかも自分がわざわざゴネて変更してきた時間にだよ? その度胸はワタシの理解を超えてるよ」
その言葉を受け、こちらも律儀に椅子に座る異形……クラーケがその悍ましい姿から伸びた触手をうねらせる。
「アレを理解する必要もあるまいィ。それにするだけ無駄だ」
「そうだろうねぇ……ワタシたちを酒場に呼び出すような子だ。人間とも魔人とも異なる倫理観を持っているのは間違いない」
アカシャの無機質な笑い声が部屋に響く。本人曰く、感情などというものは無いとの話だったがどう見ても怒りの感情剥き出しでカタカタ揺れる彫刻姿はただただ不気味である。
「それで? いつになったらボクは王剣を獲りに行っていいのかな?」
魔人の中でも圧倒的な力を持つ二人にそんな物言いをしたのは二人に比べれば遥かに人間らしい姿をした魔人だった。
体躯は小柄。肩まで伸ばした髪は左右で白黒に色分けされ、瞳の色も白黒のオッドアイという特徴的な容姿をしており、白黒の市松模様の服から覗いた手足も左右で白黒にわかれており、造り物のような硬質な見た目でその容姿は中性的で男か女かもよくわからない。
「魔王ラキスが動いた事で今回の王剣争奪に名を挙げた魔人たちは皆辞退して自領に引き篭もり、参加したのはボクだけだ。戦わずして勝つとは張り合いがないね」
「まあそう言ってやるなシュピール。ラキスが忽然と消えれば誰だって怖いさ」
白黒の魔人、シュピールの対面に座っていたのは闇を切り取って人の形に整えたような黒い塊だった。
立体的な影のようで、シュピールからすると自分の動きを真似るように動くので不気味で不快だ。
「今回議長はアレに一任している。来るまで大人しく待っていろォ」
「なーんで一任しちゃうかなぁ。他にも適任はいたよね?」
アカシャがそう口にした時、扉をノックする音が鳴る。
この部屋は人間たちが作った建物を間借りしている。万が一人間がこの部屋に入ればその精神は崩壊するに違いない。
しかしそのノックの仕方に聞き覚えがあるクラーケがその口を開く。
「さっさと入れバカもんがァ」
「アイサー!」
ガチャリと扉を開けて入って来た人物にシュピールは目を点にする。
今回の厄災会議において、まだこの場に来ていない参加者はシュピールも噂でしか知らないある地を支配する魔人たちを纏める盟主……その代行という話だった。
どれほど恐ろしい力を秘めた存在か身構えていたシュピールはそのあまりの落差に気が抜ける。
入って来たのは何の力も持っていなさそうな人間の娘だった。
ただ、シュピールがこれまで見て来た如何なる人間や魔人を上回る美貌であるという点を除いて。
「やれやれ、何分遅刻したかわかっているのかなぁ?」
アカシャの言葉にその娘はいそいそと首からぶら下げた懐中時計を開き、突きつけて来た。
「まだ一分前……ですアカシャさん」
「……」
シュピールは呆れて何も言えない。どれだけ体内時計が狂っていても一時間以上遅刻したのは間違いない。
おそらくあの針、一周戻している。
無面の彫刻がカタカタと揺れ始める。感情が無いとかそんな有り様でよく言えたものである。
そんなアカシャを見た娘はアハハ、と軽く笑って懐中時計を胸元にしまう。
「と、これは場を和ませる軽いジョークで……すみませんでしたぁ!」
迷わず土下座体勢に移ろうとした娘のドリルっぽい長い黒髪が床に付く前にクラーケから伸びた触手がその二の腕に巻き付きその身体を引き起こす。
「そんな暇があったらさっさと始めろォ」
「あたたた、もうちょっと優しくお願いします。やります、ちゃんとやりますって」
大して痛そうな表情も見せずにそんなセリフを吐いた後、その金色の瞳でシュピールを真っ直ぐ見つめると歩み寄って来てその手を差し出して来た。
「お会いするのは初めてですね。私はフランドール・ファイナンス……深淵の盟主代行を務めさせてもらってます。以後お見知りおきを」
こっちはこっちでラキスの行動で影響が出た模様。




