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第十六話 クレーマー

イザベル視点から。

落差のため前半ちょっとキツめな描写があります。


 会議の最中、小休憩を挟んだギルマス……フランドールの護衛のために彼女に付いていたイザベルはその華奢な背中を見ながら先ほどの会議内容を思い出して冷や汗が流れる。


 正直冒険者ギルドのような巨大な組織の数字や運営についての話は半分もわからなかったが終始フランドールのペースであったのは理解できた。


 開幕セクハラ発言をかましてきたダンタリオンも途中から押し黙り、他二人もフランドールからの指摘に対して反論の声は小さくなる一方だった。


 それは普段辺境で見せる姿とはまったく異なる姿だった。



 イザベルから見ればフランドールは誰に対してもへらへら笑って媚びへつらうなんとも頼りない存在だった。

 受けた依頼をそのまま横流しし、冒険者がそれをこなして帰って来たら金を払うだけ。

 誰がそこに座っていても変わらないと思っていたがその認識はすっかり変わっていた。


 依頼失敗した時に先ほどの会議の調子で詰められたらイザベルだって立ち直るのに時間がかかるだろう。

 もちろんそれがわかっているからかフランドールが依頼に失敗した冒険者を頭ごなしに非難する姿は見た事もない……いや、クライム・エッジの事件の時は当人へもっとキツく当たるべきだったとは思っているしあの寛容な処置がイザベルがアンチフランドールに傾いた原因の一つでもあるのだが。


 とはいえ先ほど会議で見せた姿はフランドールの地雷を踏んだからに違いない。

 他の支部が計画を達成出来ない理由に人員不足を挙げたら一人でギルドを回しているフランドールが正論で攻め始めるのも当然だった。


 というか他の支部だと数十人単位で職員がいるのに対し、辺境は一人というのは流石におかしくないだろうか? 


「さて、そろそろ戻りましょうか」

「あ、ああ……」


 会議室を出て少し離れた長椅子で鞄から引っ張り出していた書類の処理をずっとしていたフランドールの言葉に答える……小休憩とは?


「あとの議題は大したことも無いのでお昼前には終わりますね」

「そうか……そういえばお昼からはどうするんだ?」

「ちょっと知人と会う約束をしているので、イザベルさんには付近で見張りをしていただけると」


 そう言いながら会議室の扉に手を伸ばしたフランドールの手をイザベルが掴む。


「待て……少し様子がおかしい」

「?」


 イザベルはその手に槍を掴み、フランドールを自らの後ろへと移動させる。

 扉の向こうから感じる強い気配……それはかつてドラゴンに遭遇したイザベルでも感じた事の無い圧だった。


「殺気か……」

「……ちょっと煽りすぎましたかね……?」


 煽ってた自覚はあるのか……だがそれにしたってこの気配は異常だ。


「……このまま帰ります?」


 フランドールがあっけからんと凄い事を言う。どんな心臓をしてるんだ……?


「私が先に入る、ギルマスはここにいろ」


 ブチキレた他の支部のギルマスたちにフランドールをうっかり殺されてはたまらない。


「あ、じゃあ後からみなさんをフォローするつもりだったって弁解してもらっていいですか? はいこれ是正に向けてのアドバイスを用意しましたので」


 フランドールが先ほどまで書いていた羊皮紙を渡してくる。小休憩と言いながらこれを準備してたのか……というか一介の冒険者にお願いする事か?


 仕方なく書類を受け取り、イザベルはゆっくりと扉を開ける……そして、先程のフランドールの提案通り、あのまま帰ればよかったと後悔した。


「そのまま入りなさい、静かにね」

「ッ!?」


 イザベルはそのどこか甘く、冷たい声に抗えず、中へと足を踏み入れる。


「っ……」


 そして、護衛としてのプライドから……震える手で扉に内側から鍵をかけてフランドールが入って来れないようにした。


 イザベルの目の前にはこちらに背を向けたフランドールよりも小柄な白い髪を腰まで伸ばした少女だった。

 その奥には顔を強張らせたギルマスたち、特にフラウロスと呼ばれていた女性は一度吐いたのかその制服を吐瀉物で汚していた。


「ぃ……」


 イザベルはギルマスたちの両脇にいた冒険者たちを見て小さく悲鳴をあげる。

 自分よりも強い気配を纏っていた彼らの周りを赤い液体が循環する。

 それが引き裂かれた四肢から流れ出た血液で、どういう原理か血管を通らずに身体を循環しているおかげで彼らがまだ生きているとわかったからだ。

 手にしていた書類を落としたイザベルに対して振り向きもせず、少女は向き合っているギルマスたちへ話を始める。


「さて、話の続きね……これは正当なクレームだという事はわかってくれた? 何もしてない人畜無害なアタシに対して突然刃物を突きつけるだなんて……冒険者っていつからこんな無頼漢に成り下がったのかしら? ……こんな仕打ちを受けたら昔のアタシならブチキレてこんな国の一つや二つ腹いせに滅ぼしてたんだけど今の私は海よりも広い寛容さをしているの。アレに比べたらこれくらい許すくらい訳ないわ……でもね? 冒険者ギルドほど大きな組織ならこんな粗忽者に対して何のお咎めも無しなんて……無いわよね?」


「ウッ……ひぃ!?」


 ボタボタと少女の足元にヒトだった何かが転がる。

 生きているとは思えない有り様だが、血が撒き散らされる事はなくバラバラになってなお生きている……それはこの街に入る前に出会った冒険者……ソニアだった。


「ねぇそこのダンディはオジさん、無実の一般人に武器を向けて脅してくるような冒険者にはどんな罰が下るのかしら?」


 話を振られたダンタリオンは少女を刺激しないように白い手袋をした手で顎髭をなぞる。


「ム……まあ、一、ニ等級ほどの降級は免れんだろう」

「ふーん……アンタ何級だっけ、六? 七? それとも八?」


 少女が何かをボールのように踏み付ける。それが生首だと気付いてしまえばイザベルはいよいよ怖気から震え出してしまう。


「い、一……一級、です……」

「おい降級するからってサバ読むなよ。アンタみたいなよわっちいのが一級な訳ないじゃん。アタシ一級と戦った事あるから知ってんのよ? ちょっと眼鏡、コッチが無知に見えたら騙していいっていうのが冒険者ギルドのやり方な訳? 顧客を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ」


 会話を振られたデカラビアはズレた眼鏡を直しながら答える。


「いや、そんな事は……彼女は、一級に間違いない」

「マジ? 嘘だったら眼鏡叩き割るわよ」

「……もちろんだ……」

「ふーん、いいわ。信じてあげる。良かったわね、最下級からのやり直しで……でも等級審査はもっと厳しくした方がいいわよ? コイツみたいに勘違いした奴がアタシなんかより怖い人に喧嘩売ってたらアンタたち死んでたわよ」


 シレッと一番下に降級されてる。


「ご忠告、感謝します……」


 フラウロスは今にも死にそうな青い顔で感謝を述べる。その姿を見て少女の声色が優しくなる。


「ええ、感謝なさい……それじゃあアナタたちには冒険者の監督不行届という事でしっかり反省してもらいましょうか? それが上に立つ者の責任よね?」


 少女の足元から血管が浮き上がったかのような木の幹が生え、ぐちゃぐちゃと散らばっていたソニアを巻き込みながら少女の中に取り込まれていく光景はまるで悪夢だ。

 ソニアの絶叫が響く中、少女がふと思い出したかのように口を開く。


「あ、後から来たアナタの事を忘れるところだったわ」


 少女がイザベルの方に振り返り、そのギラギラと光る紫色の目を見開く。


「あ、あ……」


 イザベルはその目を見た瞬間、自らの死を覚悟した。



◼︎



 一顧客として冒険者の失礼極まる態度に物申すべく、粗忽者が吐いた情報から冒険者ギルドの重鎮であるギルドマスターたちが集まる部屋にクレームを付けに来たラキスは身の毛もよだつ笑みを浮かべたまま固まる。


(同志イザベル!? なんでこんなところに?)


 扉の前に立っていたのはラキスが所属する人間たちの集まり……あのフランドールを嫌う同志たちによって結成されたアンチフランドールの会員、イザベルだった。


 前に会った時よりも立派になったその姿に同志として感激すると同時にやっちまったと内心冷や汗を流す。

 同志イザベルは冒険者。ここにいるのは間違いなくそこにいるギルドマスターたちの護衛だろう。彼女の実力を考えると納得だ。

 そんな彼女が護衛する場所を荒らしてしまったと察し、経歴に傷を付けてしまったかもしれないとラキスはここからどうすればいいか考える。


(同志イザベルは辺境とかいう田舎が出身だったはず……まさか今回の会合のためにこの国まで来たついでに護衛依頼を? あ〜アタシのバカ!)


 今すぐ自分の頭を吹き飛ばしてしまいたいが、そんな事よりまずは同志イザベルの立場を守らなくてはならない。

 これだけ好き勝手やって同志イザベルに何もしないのでは彼女とラキスに何らかの繋がりがあるのではと疑われるかもしれない。


 人間はとにかく疑り深いから。


「ふふ、凛々しく勇ましい美しいお客様ね」

「ひっ」


 言葉通りの意味なのだが同志イザベルが怖がって後退りしてしまう。

 ちょっと……いやかなりショックではあるが今のラキスは以前イザベルと会った時に比べると今のラキスの身体は人の姿が崩れている。怖がられても無理もない。


「アナタも可愛がってあげようかしら」


 これもまた言葉通りの意味で、ラキスは同志たちとなら甘い夜を過ごしてもいいと思っているが、ここでは恐怖のあまり逃げてくれるとありがたい。

 しかし、イザベルは覚悟を決めたような瞳でラキスを睨むと手にした槍を構える。


「今、取り込んだ、人を、返しなさい……」


 カチカチ歯を鳴らしながらも強敵に立ち向かうイザベルの姿にラキスは両手で口元を押さえる。


「あら、とっても勇気があるのね」


(凄いわ同志イザベル! か、カッコいい)


 イザベルは優秀な冒険者だ。今もラキスの中で泣き叫ぶ粗忽者と違って非我の戦力差はわかっているはずだ。

 それでも立ち向かう強い意志に、ラキスは口元を緩めながら打ち震えてしまう。


(でもどうしよう……ここでアタシがあっさり応じるのは不自然よね? とはいえ手加減するのも難しいし……あとこの粗忽者はもしかして同志イザベルの友人? ヤバっ! 早く繋げないと! 治れ治れ)


 ラキスからしてみれば人間も魔人も等しく弱い。特に人間なんて少し前まではオモチャか食料でしかなかった。

 だがアンフラの同志たちと出会い、人間の中にも自分と同じ価値観を持つ者がいると知ってからオモチャでも食料としても見ないようになり、雑には殺さなくなった。


 ラキスの支配地で暮らす人間はラキスに一定の血を捧げれば普通に生きる事を許され、逆に人間を無闇に殺す魔人やモンスターはラキスが鏖殺してやった。

 たった数十人の人間の存在が、北方の地にいる数十万という人間が生きられるキッカケになっているのだから不思議なものだ。

 ラキスは中でぐちゃぐちゃになった粗忽者の身体を繋いで結んで治して人の形に整えながら口を開く。


「ふふ、アタシに武器を向けるなんて勇気があるわね……そんなアナタの勇気を讃えてチャンスをあげましょう」


 そう言ってラキスは両腕を広げる。


「その槍でアタシに傷を付けれたらこの場にいる全員を見逃してあげる。当然コレもね」


 どちゃりとラキスの足元になんとか繋がったソニアがその肢体を晒しながら転がる。

 さっきは刃物を向けられてクレームを出してきたラキスが今度はチャンスを出すというのはすでにおかしいがこの場はラキスが支配している。


 口を挟める者など一人もいなかった。


「さあ来なさい英雄さん」

「う、おオオォ!!」

「!?」


 イザベルが吠え、その槍をラキスに目掛けて突き穿つ。

 目にも止まる速さだが避ける気が無いラキスはその軌道に内心ビビる。


(えっ、ええっ!? 普通この流れで目ェ狙う!?)


 てっきり胸や腹を狙われるかと思っていたラキスは予想外の一撃に賞賛を送る。


(流石同志イザベル! チャンスがあれば敵の命を獲りに行く! その姿勢にアタシは敬意を表するわ!)


 眼球を穿たれて死なない生物はほとんどいない。ラキスはその例外なのでこの一撃で死ぬ事は無いが痛いものは痛い。

 並外れた動体視力は迫り来る槍の穂先がゆっくり迫るのを見届け、右目が穿たれると後頭部から血に濡れた穂先が突き出て後ろのテーブルに血が飛び散る。


「ぐわー、ば……ばかなー! このアタシのからだにきずをつけるなんてぇ!」


 血を撒き散らしながらヨロヨロと身体を揺らすラキス。その迫真の演技に我ながら完璧だとラキスは確信しながら槍を引き抜く。


(あっ、やば!)


 引き抜く際に力を入れすぎてバキリと槍を折ってしまう。

 破壊不可の魔法付与(エンチャント)を帯びていた槍を破壊され、呆然としたイザベルの様子に気付かずそのまま右目を押さえながらラキスは演技を続ける。


「こ、こんなにつよい冒険者がいたなんて、ちょっとなめてたようね! いいわ! 今日のところは引いてあげるわ!」


(ごめん同志イザベル! 今度良さそうな槍をあげるから許して!)


自身の支配地にある聖槍や魔槍を思い浮かべてながらラキスは目線を下に落とす。


「アンタも彼女に感謝することね! 彼女がいなかったら連れ帰って一生可愛がってあげる予定だったんだから」


 床に転がるソニアを軽く踏んでラキスはイザベルを見る。

 恐怖で涙やら何やらで顔面をぐちゃぐちゃにしながらも、未だなお折れた槍を構える姿に子の成長を実感する親の気分に浸る。


(頑張ったわね同志イザベル、この経験はきっとアナタを強くするわ!)


 シレッと他の護衛らしき人間の血を操り、元通りの身体にする。

 これで人的被害は無し。ギルマスの一人が吐いて服や床は汚れたがまあ魔王ラキスの不快を買って五体満足なら十分だろう。


 随分と丸くなったとラキスは口元を緩める。


「ふふふ、それじゃあまたお会いしましょう」


 夜の会合で今回迷惑をかけた分、何か奢ってあげようと考えつつラキスは会議室から霧のように霧散してその姿を消す。


 だがその言葉はこの場にいた全員に向けられたものと勘違いされ、しばらく恐怖から眠れなくなるなんてなんとかやり過ごした達成感に満たされたラキスが気づくはずもなかった。




 そんな死の恐怖と血の匂いに覆われた部屋の扉がけたたましい音と共に蹴破られる。


「皆さんどうかされまし……うわぁぁ!?」


 そんな重たい空気の中、空気を読めない呑気な叫び声と共にフランドールが入ってくる。


 たった今、死線にさらされたイザベルはそんないつもと変わらないフランドールの姿を見てなんとか保っていた精神力が崩れるとフランドールにしがみついて泣きじゃくる事しか出来なくなっていた。



アンフラのメンバーは人知れず世界を守っている。

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― 新着の感想 ―
今回は、その場にいた人間全員重度のPTSD患いそうな光景でしたがフランの間の悪さ。 うーんどう見ても不十分な後始末に、自戒も大荒れしそうな雰囲気。 意外な勢力が、世界を守ってるって、まさに「塞翁が馬」…
おお、本来はこれが魔人の真骨頂なのね…(今ここにいなかったのもあって)アンフラの会が国際平和機構として機能しているとか誰も信じてくれないんだろうなあ
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