第十五話 マスター会議
ロンダリング従国の首都ロンダリングの特徴は調和の塔を中心に円状に広がって造られた街である点だろう。
主要の道路は広く、馬車がすれ違っても余りあるくらいで更には歩行者専用の通路まで造られている。
人も馬車も縦横無尽に行き交う辺境の混沌さに慣れ親しんでいるせいでその整理された道路に逆に戸惑ってしまう。
「ギルマス、目的地に着くまで顔を隠してくれないか?」
「そこまでしなきゃ駄目ですかね?」
イザベルさんの進言にそう返すと真面目な表情で頷かれた。
日も昇り、活気が出てきた街を歩いていると少し進むたびに声をかけられては対応しなければならない事態になっていた。
原因は私目当てのナンパである。
辺境では声をかけられなくなって久しかったのですっかり忘れていたが王都や辺境に来たばかりの頃はこれが日常茶飯事だった。
おかげでびっくりするくらい敵を増やしたものである。
「護衛ってナンパ野郎を追い払うのも含まれているのか?」
「一応範囲内という事で……」
「チッ」
舌打ちされた。
いや、別に危害を加える気はないだろうから最初は自分で対応してたんだけど途中から鬱陶しくなったのかイザベルさんが追い払ってくれるようになっていた。
気分はなんとなく世間知らずのお嬢様とその護衛って感じだ。守られているというのは女性をドキドキさせるよね……今はちょっとヒヤヒヤして来たけど。
「しかし……三国が交わる交易都市の側面もあると聞いたが……人の数は辺境とさほど変わらんな」
「ですねー」
街中でも周囲を警戒しながら歩くイザベルさんの後について行きながらその発言に相槌を打つ。
イザベルさんの言う通り、この街と辺境では大して人口の差は無い……というか辺境の方が多い。
長年の開拓によって辺境の規模はいよいよ小国の国土を上回って来ているし、辺境から外に出た人間が田舎者である事を隠すために国が手を打たずとも辺境の事を口にしないという時代はとうに過ぎ去っている。
今後各国の交易都市より辺境の街のほうが優れているという話は広まる一方だろう。
かつては王国の窮地を救った辺境が王国を滅ぼしかねない火薬庫になっているのは皮肉なものだ。
そんな辺境から目を逸らさせるためにはロンダリング従国の問題はうってつけだ。
三国……いやそれ以上の国に多大な影響を与えるロンダリングの蜂起は当分の間注視されるだろうし。
まあそんな蜂起を起こさせたら被害も大きいから未然に防げるに越したことはない
私たち冒険者ギルドの頑張りどころだ。公にしたら大問題だから密かにやらなきゃならないところが大変だけど。
「ギルマス、着いたぞ。何ぼさっとしているんだ」
「すみません、ちょっと考え事をしてました」
とにかくまずは一つずつ確実に仕事を済ませていく事から考えよう。
そう決めて、私は今回のマスター会議の場となる施設を見上げるのだった。
◼︎
楕円形のテーブルが置かれ、いかにも高そうな椅子が並べられただだっ広い会議室に足を踏み入れる。
中にいるのは五人。見知った顔が三人と知らない顔が二人。ソニアさんの姿が見えないが道に迷ったのかな?
見知らぬ二人の男性は首から下げた認識票をみるにおそらく護衛の冒険者だろう。
なんかジロジロ見られてるな……ゆるふわツインドリルパワーの賜物かな?
「なんだ、キミも来たのか女狐」
「おはようございますダンタリオンさん」
入って早々のご挨拶に私は丁寧にお辞儀を返す。
テーブルに足を置き、コートを肩にかけた裏稼業めいたおっかない見た目をした褐色肌の男性はシャングリラ帝国の帝都支部のギルドマスター、ジノ・ダンタリオン。
元々はどこかの王族だったが一族から追放されて冒険者ギルドに入った中々例がない経歴の方で未だに私とやらかした前任ギルマスとの関係を疑ってるらしい。
私をギルドから排斥する賛同者その一だ。
「また一段と迫力が増しましたね。ひょっとしてまだ冒険者を兼任されてます?」
「もちろんだ、たまには身体を動かさんとな。ギルドマスターなんて一日中机に齧り付く仕事は性に合わんよ……女狐もたまには運動しないといかんぞ? 今晩俺の部屋に来るといい」
「あはは、今晩には辺境に戻らなきゃなので」
相変わらずだなこの人。
語尾が今晩俺の部屋に来るといいで固定されてるのか心配になるくらい毎回誘われるんだよね。
「来て早々騒がしいなファイナンス」
「デカラビアさんもお久しぶりです」
まだまだセクハラ発言が続きそうなダンタリオンさんに代わって声をかけて来られたのはつまらなさそうに本を開き、眼鏡をかけ直す私とそう歳の頃が変わらない男性だった。
エデン王国の交易都市にある支部のギルドマスター、リオ・デカラビア。私が辺境に飛ばされたのと時を同じくしてエデン王国に異動となった同僚である。
私をギルドから排斥する賛同者そのニだ。
彼が手にしている本は私も読んだことがあるがつまらない本だったのでその表情には納得だが、騒がしいという指摘は違う気がする。ダンタリオンさんの方が声デカいし。
「なんだ、さっきまでだんまりだったのに女狐が来た途端口を開きやがって。おい、お前さんに興味があると眼鏡がおっしゃってるぞ」
「いや照れますね」
「思ってもいない事を口にするな。あとアンタもいい加減黙っていたらどうだ?」
おっと、何か険悪な感じ。ちょっと話の流れを変えないとダメかな?
私は二人の会話に割って入るようにして奥に座って羊皮紙に何やら書き綴っている女性に声を掛ける。
「フラウロスさんも! お久しぶりです」
「……」
目元まで隠れるくらい長い前髪に銀飾のモノクルが印象的なエルドラドの交易都市の支部を纏めるギルドマスターのティナ・フラウロス。
私が王都に配属された頃からギルドマスターらしいのだがその実年齢は不明だ。
そんな彼女は全く目を合わせてくれないも、軽く手を上げて答えてくれた。
一見良好な関係に見えるが私をギルドから排斥する賛同者その三だ。
「何書いてるんですか?」
「議事録……今回グランドマスターから書記を仰せつかっている」
今まだ会議始まってないよね? もう議事録とってるの?
「おいおいフラウロス女史、じゃあ俺からアンタへの口説き文句も全部残してるって事か?」
「全て抹消した。頭の隅にも残したくない」
バッサリだ。というかダンタリオンさんフラウロスさんにもアプローチしたのか。
「ところでグランドマスターは? 時間に遅れるなんて珍しいですね」
「グランドマスターは来ない」
「え?」
全く目線を合わせてくれないまま、フラウロスさんが手にした書状を突き出してくる。
「グランドマスターから預かっている……貴女宛よ」
「私に?」
私は書状に目を通し、笑顔のまま固まる。
間違いなくリーマン翁の字で綴られた書状には私に今回のマスター会議において議長代理に任命するという丸投げの一手が記されていた。
「グランドマスターと大多数の一級冒険者は北方の監視網から姿を消した魔人の対応に動かれている。他の参加予定だったギルドマスターたちも各地で防衛線の指揮に当たっているから今回はこれで全員」
「じゃあたった四人!?」
マスター会議に集まったギルマスでルイナス様の行方とロンダリングの陰謀に介入するという話だったのでは?
「ま、まあ頼りになる人たちだからいいか……それじゃあマスター会議はそこそこに済ませて本命の打ち合わせをしましょうか」
議長代理らしく上座に向かうと時間も勿体ないので早速仕切らせてもらう。
だがそんな私を三人とも訝しむような目で見てくる。私が仕切る事への不満というよりは困惑の色が強い。
「本命?」
「……何それ」
「夜の打ち合わせならいくらでも歓迎だがね」
「……」
ちょっと待って?
まじ? なんで三人とも知らないの?
背中に嫌な汗が流れる中、私は全力で思考を回す。
リーマン翁が根回しを怠るはずもない。私のところまでわざわざ足を運ぶくらいだ。他のギルマスにだって話をしに行ってるはず。
「あー、私の勘違いです。すみません……それじゃあそろそろ始めましょうか。まずは各支部の収支計画と現在の数字の発表をお願いします」
とにかく時間は有限だ。マスター会議を進めながら私は考えを纏める。
可能性が高いのは参加するギルマス全員に今回の真の目的は伝えなかったという事だ。
確かに全員が全員知っていたら動きが露見するかもしれない。参加するギルマスの一部にだけ知らせていれば動きは掴み辛くなる。
リーマン翁ならそんな小細工はお手のものだろう。
だがそんなブラフを交えた参加者たちの大半が急遽不参加となったから全てを知らされたのは私だけになったという訳だ。
いやぁ謎が解けてスッキリした。
……ってことは私一人でロンダリングがルイナス様の偽物を利用した蜂起を妨害しなきゃいけないって事!?
こんなところに来てまでワンオペは酷くない?
三人に協力を仰ぐのが無難なのは間違いないがただでさえこの三人には嫌われている……いや自分で言うのも辛いが事実だから仕方がない。
そんな三人を説得するには私だけでは時間がかかってしまう。今回は一人で動くしかなさそうだ。
現状計画通りに進む辺境に対して計画に未達になりそうな三支部のギルマスたちに今後の動きをどう考えているか確認しながら大分詰みつつある盤面に頭を悩ませる。
全く、何もこんなタイミングに行動を起こす魔人がいるなんて困ったものだ。
私に対する嫌がらせにしか思えないよ。
楽しい飲み会のせいで揺れ動く世界。




