第十四話 エンカウント
辺境からロンダリングへの空の旅は途中襲いかかって来たドラゴンを除けば実に順調かつ快適だった。
まさかドラゴンを一蹴してしまうとはヘイカーさんは速さだけでなく強さまで上がっていたようだ……勢いあまって街道の一部が吹き飛んだが竜巻という自然災害だから目を瞑っておく。
そんなこんなで予定よりもかなり早く到着した事で逆に私のほうがイザベルさんを待つという事態になり、私を見つけたイザベルさんはまるで幽霊を見るような目で私を見つめていた。
「なんでギルマスの方が先に着いてるんだ?」
「超特急便がちょっと速すぎまして」
そんな訳でロンダリング従国のエルドラド王国側にある関所の門で合流したイザベルさんと共に街道を歩く。
三国の流通経路でもあるロンダリング従国への街道は関所から先は石畳になっており、非常に歩きやすい。
辺境でももっと広範囲に石畳を敷いてほしいから今後ゼニス様に進言してみよう。
「それにしても、あれが調和の塔かぁ」
私は遠目に見える捻れた塔をよく見ようと目を細める。
図面でその全体像は知っていたが実物はまた凄い迫力だった。ゼニス様の屋敷よりも見るからに欠陥建築に見える。
「あれをデザインした奴はかなりぶっ飛んでいるな」
「ですねぇ……」
イザベルさんも周囲を警戒しながら塔を見つめて呟く。
私とはあまり会話はしたく無いだろうに話に乗って来てくれるとは……それだけあの塔はインパクトがあるという事か。
「ギルド支部の建て替えの時にああいう派手な塔を建てたらどう思います?」
「正気を疑う」
「えぇ……」
以前まであった時計塔をそのまま建て直すのは芸がない。どうせ直すならデザインを変えようと思ったのだが正気を疑われては困る。
「ギルマス、少しこっちへ」
「え?」
イザベルさんに手を引かれ、街道に敷かれた石畳の端へと寄せられる。
どうやら後ろから来た馬車に気づいて警戒してくれているようだ。
その馬車は見た目からしてそれなりに良い身分の人が乗っていそうな造りだが、馬車の周りに護衛の姿はない……確かにちょっと怪しい。
しかし真剣な目をしているイザベルさんは実にイケメンだ。密かに彼女のファンクラブがあるのも納得である。
そのまま馬車が過ぎ去るのをイザベルさんの影に隠れて待つ。
しかし馬車が少し過ぎ去った辺りで停止するとキャビンの扉が開き、中にいた人物がゆっくりと姿を現す。
ゆったりとした淡い桃色のローブを羽織り、長い髪を丸いお団子にしたどこかおっとりとした雰囲気を纏うタレ目の女性だった。
「やっぱり、フランちゃんじゃない。髪型変えてたから一瞬わからなかったわ」
「え、ソニアさん?」
その女性は王都支部にいた頃の先輩にして今や一級冒険者になったソニア・ソーンさんだった。
受付嬢から冒険者に転職した異例の人物で、瞬く間に一級冒険者にまで成り上がった天才剣士だ。
おっとりとした見た目に反して言葉の切れ味が半端ない人だったがまさか剣の才能に比例していたとは……と驚いたものである。
「もー、前みたいに先輩って呼んでくれないの? 寂しいなぁ」
「ソニアさんはもう冒険者なんですから、こういった線引きは大事なんですよ」
「フランちゃんも今やギルマス代理だもんねぇ……でも護衛も無しにこんなところ歩いてちゃ危ないわよ? フランちゃんも今回のマスター会議に出席するんでしょう? 私と一緒に乗ってく?」
ソニアさーん、本気で言ってます? 目の前にいるイザベルさんがいるのわかってますよね?
「あはは、やだなぁ私にはちゃんと護衛がいますから……今回護衛を務めてもらってるイザベルさんです」
「……? あ、そうだったのね。ごめんなさい、マスター会議に参加するギルマスは大抵一級から護衛を連れてくるって聞いたから」
「私が一級には見えないと?」
う、イザベルさんめちゃくちゃキレてる。
「五級ってところかしら? 正解?」
「……」
ひえっ、今絶対火花散ったよ。
え? これ私が止めなきゃだめ?
「まあまあお二人とも、こんな道端でお話してないでまずは街まで行きましょうよ」
「そうね、あまりゆっくりして他のギルマスたちを待たせても悪いものね……それじゃあまた後でねフランちゃん、あとイザベル……さん?」
そう言ってソニアさんはさっさと馬車に乗り込んで行ってくれた。
ふう、元受付嬢だけあって名前の聞き間違いやわざと名前を間違えるといった嫌がらせはしなかった。
ここで名前を間違えたりしたら絶対イザベルさんやらかしてたよ。
「今のはギルマスの知り合いか……?」
「えっ? まあ、はい。前の支部の先輩ですね」
「そうか、ギルマスには面白い知り合いがいるものだな……」
……今巻き添えで私の好感度まで減った気がする!?
結局その後、街に着くまでイザベルさんが口を聞いてくれる事はなかった。
おお……着いて早々幸先が悪い。
◼︎
今回ロンダリング従国で開かれるマスター会議において、ギルドマスターの護衛依頼を請けて正解だった。
着いて早々、ソニア・ソーンはその幸先の良さに口元を緩めていた。
「あ〜フランちゃん相変わらず可愛い〜。ギルマスたちの護衛なんてつまらない仕事だと思ってたけどフランちゃんがいるなら別〜。ヤル気出ちゃうなぁ」
落ち着かない様子でパタパタと足を動かす。
「も〜、どうせならフランちゃんの護衛がしたかったなぁ……」
今回王都支部のギルドマスターは参加しない。だというのに王都の冒険者に護衛依頼がかかったのはギルドが動向を監視していた魔人の一体が突如姿を消した事で調査に駆り出された一級冒険者の穴埋めだった。
そしてソニアが選ばれたのは王都でも数少ない魔人討伐の実績がある冒険者だからであった。
「魔人の一人や二人でギルドも騒ぎ過ぎなのよねぇ……ちょっと止めてくれる?」
そう言ってぷっくりとした唇を尖らせていると不意に感じた気配に目を細め、御者に馬車を止めさせる。
「ここまででいいわ」
御者に運賃の残りを払い、馬車を降りる。
そうしてまだ人通りがまばらな通りを歩き、うっすらと感じる気配を辿っていくと路地裏に入ろうとしていた少女に声をかけた。
長剣の切先を少女に向けて。
「魔人がこんな街中で何してるのかしら?」
即座に切り捨てても良かったが何を企んでいるか聞いてからでも遅くない。
それにその魔人はソニア好みの美少女であったのも大きな要因だった。
様々な花をあしらったゴシックドレスを着た白い髪の美少女。その可憐さはソニアも中々のお目にかかった事はないレベルだ。
ついさっき再開したフランドールがいなければつい見惚れていただろう。
「……え、いきなり剣なんか突きつけて何? アタシ約束があったからこの街に来ただけなんだけど?」
振り返った少女は突きつけられた剣先の側面を指で押して逸らす。
「約束? 魔人たちの怪しい集まりでもあるのかしら?」
再び少女の鼻っ面に剣先を向けるソニアに対し、少女はその剣先に目を細め、もう一度側面を指で押して逸らす。
「アッチはアタシ不参加だし、別の奴に聞きなさいよ。それよりシュガーハートってお店知らない? 同志たちとの会合に持って行くお茶菓子を買うの忘れちゃって、買いに来」
「質問してるのはこっちよ、魔人ってみんな頭が悪いのかしら」
「ぇ」
ボトリと剣先に触れていた少女の腕が地面に落ち、赤い血が吹き出す。
ソニアは剣を動かしてもいない。この斬撃はソニアのスキル、視閃によるものだ。
ソニアの視線に沿って放たれる防御不可の不可視の斬撃。これを防ぐにはソニアの視線から逃れるしかないという強力なスキルである。
「質問に答える気がないならもう片方ももらっちゃうわよ?」
「……はぁ、楽しみ過ぎて朝早くから来たのは失敗ね……こんなのに絡まれるなんて」
「あら運が悪かったわね……私に出会っちゃうなんて」
落ちた腕を拾おうとした少女のもう片方の腕が落ちる。いかに魔人といえど四肢の再生は時間がかかる。
少女の反撃も逃亡も許さないまま両足を落とし、魔法を唱えられないよう喉を潰そうとしたソニアの耳に少女の声が届く。
「アナタは運が良いわ。同志たちと楽しい一時を過ごすから今日は彼女たちの同族は殺さないって決めてるの」
次の瞬間……ぼちゃん、とソニアは生暖かいぬかるんだ床に落ちる。
足元を見てみればそれは生々しい肉が蠢く空間だった。
「えっ?」
ソニアが辺りを見渡すと薄暗い中、天井に見えるのは落ちた手足を何かが拾って身体にくっ付ける異様な光景だ。
それはまるで、眼球の中から外を見ているかのようだった。それを証明するかのように少女が目を瞑れば辺りは闇に包まれた。
「さっきのは見たものを切断するスキル? その手のスキルって視界を塞がれるか、視界が通らない物量で押されたら大抵詰みなんだよね。つまんね」
ソニアは辺りから押し寄せてくる何かの気配に剣を構えようとして、その手に握ってない事に気づく。
「こんな危ないもん入れるわけないじゃん。まったく……まあいいわ。わざわざ絡んできたんだから夜までの暇つぶしにしてあげる」
ガランと何かが床に落ちる音。それがここにはないソニアの愛剣であると直感的に察する。
「おっ、シュガーハート発見! ってまだ開店前かぁ」
そんな声と共に少女が目を開いたのかソニアの視界に光が差し込む。
「 !?」
瞬間、ソニアは目に映ったモノを認識し狂ったように叫ぶ。
光が差し込む僅かな時間に数千という斬撃を放つも、数万というソレらに襲われたソニアの抵抗がシュガーハートの営業開始時間まで保つ事はなかった。
街中にポップしちゃダメな裏ボスにエンカウントしたソニアの運命はいかに。
こんな奴を場末の酒場に呼び出したヤツがいるらしい。




