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第十二話 いざロンダリングへ


「こんばんは」

「おや、多忙なギルマスがこんなに早くから来るなんて珍しいね」

「いや、外はすっかり夜ですよメアリーさん」


 ゼニス様の家……まあ私の家で夕飯をご馳走になってから訪れたのは先日の一斉検挙も華麗にやり過ごしたモグリ酒場、月の雫だった。

 相変わらず閑古鳥が鳴いているにも関わらず店主であるメアリーさんの表情には余裕の笑みがあった。さては太客を捕まえたな?


「ふふっ」

「なんだい?」

「いえ、そういえば名前がほとんど一緒だなって」


 私は先日再会した同期、メアリさんの話をメアリーさんにする。


「同じ名前の人間が同じ場に揃うなんてよくある事さ」

「……見た目もそっくりな人間もいたりします?」

「うん……? ああ、ギルマスが前に調べてた王女様のそっくりさんの事か……影武者なんて言葉があるように特定の誰かに似せる事は可能だろうさ……ましてやあの王女様は特徴的過ぎるからね」

「ですよねー」


 金色のドリルを頭につければそれだけで誤魔化せそうだし。


「それで今度は何の用だい? まさか前みたいに酒場に来て酒も頼まないなんて事はないよね?」

「ふふ、メアリーさん……今日の私は一味違いますよ?」

「ッ!? ど、どうしたんだいギルマス……その金貨は」


 収納鞄から引っ張り出してカウンターに置いた袋にはぎっちりと金貨が詰まっている。その黄金の輝きを前にワナワナと震えるメアリーさんに胸を張ってドヤ顔を披露する。


「来たるマスター会議に向けて、交際費の名目で経費を使ってお土産を用意しに来ました!」

「おぉ……神……」

「ふふふくるしゅうない。という訳で飲んだ人が腰を抜かしてしまうような銘酒をお願いします!」


 ドン、ドン、と追加で金袋を並べるとメアリーさんが目を輝かせて準備を始めてくれた。


「ところでトニーさん、ちょっとよろしいですか?」

「……流石だギルマス、ボクの擬態を見破るとはね」


 そう言って店内の灯りの一つがふわりと私の元までやって来る……色まで変えれるようになったとは変な方向に成長してる……あと正直言うともう一個隣の光がトニーさんだと思ってたよ。


「仕事には慣れましたか?」

「仕事……かな、これは」


 トニーさんが色とりどりに明滅する。何というか多才だ。


 さて、彼が何故月の雫で動く照明として働いているかというと彼がとにかく目立つからである。

 光る球体というだけで目を引く彼を周りからどう隠すか考え、最初はゼニス様の屋敷で照明をしていたのだが倒壊後は行き場を無くしてしまった。


 私の自宅では流石にゼニス様たちのプライバシーが見え過ぎるとトニーさんが拒否し、ギルド支部はルイナス様に見つかる可能性があるから却下となった。

 いっそ宝箱か何かに隠しておくかと試してみたら暗闇が苦手というトニーさん自身も初めて自覚した弱点が発覚した。


 さてどうしたものかと考えた結果、月の雫に思い至る。ここなら常時光っていても不自然じゃないし客の雑談を聞いたりメアリーさんとの会話のおかげで退屈もしないだろう。


「ところで今更なんだがここってモグリのさ」

「トニーさん。世の中には表で飲めない可哀想な人もいるんです……ここはそんな人を救うオアシスなんです」


 ぼったくりに近いけど。


「でもこのオアシス……枯れてないか?」

「まあ否定はしません」


 私以外客いないし。


「二人とも酷くないかな? こんな素敵な場所を枯れ井戸だなんて」

「そこまで言ってないですよ?」


 でも上手い表現だ。さすが当事者である。


「ところでそれが……?」

「ああ、これこそまさに月の女神すら欲して地上に降り立つだけの銘酒、その名も月堕(ムーンフォールン)!」

「名前がおっかない……ところでこれ一本だけですか?」


 名前負けしそうなほどシンプルな見た目……いや、その分中身に自信があるのであろう酒瓶はメアリーさんが持つ一本だけであった。


 え? あんなに払ったのに?


「ああ、だがその分味は保証するよ。ぜひギルドマスターたちの感想を聞かせておくれ」


 メアリーさんが不敵に笑う。それだけ自信作という訳だ……お土産には勿体なかったかもしれない。


◼︎




 メアリーさんの評価は実に的を射ていた。きっと美貌だけなら月の女神にだって勝る私がその誘惑抗えないだけの力をその酒は秘めていたのだから。

 実に美味しいお酒だった。それしか言えない……これそのまま伝えたらメアリーさんに酒瓶で殴られるかもしれない。


「空になった酒瓶を戻す術は何かありますかね?」

「ある訳なかろうが」

「あうっ」


 ルイナス様に空っぽになった酒瓶の底で頬をグリグリと押し付けられる。

 マスター会議用に用意した銘酒、月堕は会議を明日に控えた私の緊張をすっかりほぐしてくれていた。

 いや、正確にはその対価となった経費を補填する苦労を想像したらそっちの心配が勝ったのだが。



「それよりどう? 多少は覇気が出たんじゃない?」

「おお〜」


 鏡に映った姿に感嘆の声を上げる。

 普段はセットする時間も勿体ないから長い髪をそのまま下ろしている私だがルイナス様直々の整髪ロイヤルトルネードによってゆるふわドリルに仕上がっていた。

 私はそんなドリルを揺らしながら鏡の前で一回転する。


「うん、これくらいなら可愛い髪型ですね」

「今私の髪型が可愛くないって言った?」

「あたた」


 ルイナス様の指が私のつむじを押してくる。意外に力が強いんだよねこの人。


「まったく、ちょっと気合い入れて行きたいというから手助けしてやったというのに」

「ちょっとした冗談じゃないですか、ありがとうございます」


 私はチラリと窓を見る。空には綺麗な月が浮かび、そろそろ出発する頃合いだ。

 いつもの受付嬢の制服の上からギルドマスターとして支給されているギルドの紋章が入った黒いコートを羽織る。本来受付嬢が袖を通す服ではないからやたら重厚感があるコートは制服とはミスマッチだがそれなりには威厳らしきものがチラリと窺える。

 セレナちゃんにあげた鞄とはまたデザインが異なる収納鞄を手に屋上に向かうとルイナス様も後から付いてくる。


「え? ひょっとしてお見送りですか? 光栄だなぁ」

「思ってもない事を口にするな! そんなだからアンチが増えるんだ」

「いやちゃんと思ってますって」

「そうか? 時折脳を介さずに喋ってるように思うぞ?」

「それじゃあ私が何も考えずに適当言ってるみたいじゃないですか」


 そんな会話をしながら屋上に出ると既に到着していたヘイカーさんが月明かりの下で待ってくれていた。


「お待たせしました」


 開幕土下座をしようとしたらガチンと嘴を鳴らされる。どうやらさっさと準備しろと仰せだ。


「すみません、失礼します」


 屋上に用意しておいたグリフォン用の手綱や鞍、鐙を手早く装着する。

 初めて乗せてもらった時はこういった道具は失礼かと思って用意しなかったから普通に空から落っこちた。

 それ以来、乗るなら人間なりの準備をしろと怒られたのでしっかりと取り付けさせてもらう。

 最後に鞄を繋ぐベルトを巻いて準備完了だ。中身を落っことしたら本当に不味いので特に念入りに取り付け固定すると身をかがめたヘイカーさんに跨る。

 普段とは異なる視界の高さってちょっとテンションが上がるね。


「それじゃあ行ってきます。お土産に期待していてください」

「別にいらんが……気をつけてな」

「えっ?」


 今ちょっと心配してくれてた?


 もう一回お願いしようとしたタイミングでヘイカーさんが跳躍する。その速度はセレナちゃんに空に放たれた時よりも速い気がする!


「はっっや!!」


 見る見るうちに地上が遠ざかり、空が近くなる。

 それでも私が振り落とされなかったのはヘイカーさんが風の膜を私に纏って守ってくれているからだ。

 魔獣の中には魔法も使える個体もいる。特にヘイカーさんの風魔法の扱いは私の知る中では最強と名高い。

 雲を抜け、かなり空が近くなった辺りで上昇が止まる。


「流石ですね! 前より速くなってませんか?」


 そう言った私に答えるかのようにヘイカーさんの翼が広がり、視界の下を埋め尽くす雲が渦巻くように動く。

 風なんて見えない私でも、今目の前に風によって作られた道が出来ていくのがハッキリとわかる。

 そして準備が整ったのか、私にしっかりと手綱を握るようにと伝え終わったヘイカーさんは一気にその道を落ちるように滑空する。


 その速さに私はちょっとだけ後悔した。


 これなら出発を明け方にしても間に合ったから、その分仕事をしておけばよかったと。



舞台はロンダリング従国へ。

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― 新着の感想 ―
 で、マスター会議用のお土産飲んじゃって、代品はどうしたんだろう。  トニーの芸達者ぶり、こいつもうこのままでいいんじゃないかな?なまじ人間に戻るとトラブルがまた起きそうだし。 「転生したらウィスプで…
やったードリル仲間がふえたよ、やったね! これ流行って右も左もツインテドリルまみれにならないかなあ。そうしたらルイナス様も大手を振って外を歩けるようになるのに(ならない)
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