第十一話 賃貸暮らしの領主様
馬車の乗り場に向かうイザベルさんの後ろ姿を手を振って見送る私の前に音も無く現れたのはちょっと不機嫌そうなシュラさんだった。
「ギルマスったら、なんで私を護衛に誘ってくれなかったのぉ」
「いやぁ私もシュラさんがいたら安心なんですけどねぇ」
「じゃあ私も着いて行ってあげる。もちろんタダで」
「ダメです」
「え〜なんでぇ!?」
「強いて言えば前科ですかねぇ」
今回マスター会議に参加する人の中にシュラさんが以前在籍し、ボコった支部のギルマスがいる。
そんな場にシュラさんを連れて行くとか喧嘩を売っているようなものだ。
いや、もちろんシュラさんも当時はまだ若く、悪い人に利用されていたという情状酌量の余地はあるし、今では反省もしたスーパーシュラさんなのだが……まあ謝って済むのは腕一本までだろう。
それ以上となると私くらい心が広くないと許したくても許せない。
動く手足に感謝しながら拗ねてるシュラさんの頭を撫でる。
「それじゃあシュラさんには私が留守の間、支部の地下への通路を守ってもら」
「あいたたた、ゴメン。私お腹が痛くなったから帰るね!」
私やクライムさんみたいな縮地も使わない純粋な速力でシュラさんが一瞬で姿を消す。
まあ、地下での出来事はシュラさんのトラウマだから当然といえば当然か。
ほとんど洗脳に近い教育を受けた結果、断るという事を知らない戦闘人形みたいになっていたシュラさんが嫌な事から逃げるという選択が出来るようになった事につい感動してしまう。
「ギルマス、そんなところで突っ立ってどうした?」
「いえ、何でもありませんよ。ようこそ冒険者ギルドへ」
入り口で一人感動していた私の元に午後からの営業時間に合わせて依頼人たちが集まって来る。
いつも思うけどみんな近くで休憩してるから時間ぴったりにやって来るんだよね。ギルド支部の周りが飲食店の激戦区になる訳である。
「ところでギルマス、例の日は一日ギルドが閉まってるんだろ? 当日何かあった時は俺たちはどう動いたらいいんだ?」
「そうですね……」
午後の受付業務の最中、報酬を受け取りに来た冒険者からのそんな質問に私は顎に手を当てて考える。
ここ数日、夜になると主要な商会などを回って私が辺境から離れた期間に新規依頼が発生した場合はどうするか事前の打ち合わせをしている。
でもどれだけ事前に根回しをしていてもイレギュラーというのは発生する。
それは私がいなくとも解決出来る事だろうが最終的に責任をギルドが保障するという後押しがあるからこそ動けるという案件もあるかも知れない。
一番いいのは私の決裁権を一時的に貸し出すといったところだろうか?
「と、いう訳でモニカさんに一日ギルマス代理の代理をお願いいたします」
「ぶーっ!?」
夕方、依頼を済ませて戻って来たモニカさんを捕まえて応接室に連れ込むと私の中での安牌を打つ。
ギルドは緊急時や災害時、ギルドの人間との連絡が取れなくなった際の緊急措置として一時的な権限を冒険者に与える事がある。当然その権限を与えられる冒険者は厳しく審査を受ける訳だがモニカさんなら問題ないだろう。
「あの、ギルマス? 本気ですか?」
咳き込むモニカさんに私はグッと親指を立てる。
「もちろんです。モニカさんならやれます! ねぇルイナス様」
傍で足を組んで茶を啜っていたルイナス様が鷹揚に頷く。
「うむ、貴様ならこなせるだろうよ」
「殿下まで……」
よし、ルイナス様を巻き込んでの説得は中々効果ありだ。
というか留守中ルイナス様の警護も踏まえると彼女がここにいるという事を知っている唯一の身内がトニーさんを除けばモニカさんしかいないので、そもそも彼女一択なのだ。
クランを立ち上げ形にした実績のあるモニカさんに緊急時の裁量を預けるというのは何の不自然さも無い。
「まあ、何もなければ何もしなくていいんですよね?」
「……ルイナス様のご飯は用意してあげてください」
「……殿下は好き嫌いありますか?」
「おいなんだモニカ・レバレッジ。その困った顔は」
「いえ別にそんな……」
「ちなみにルイナス様は色がキツイ野菜全般がダメです。細かく切って食べやすくしてあげてください」
「!?」
ルイナス様が驚いている。バレてないつもりだったのだろうか? 明らかに食べる手が止まるからすぐにわかったんだけどなぁ。
「それじゃあ予行練習という事でこの後留守をお任せしていいですか? 私少し外に出て来ますので」
「え゛っ、ちょっとまだ心の準備が……ギルマス? え、ほんとに行っちゃうんですか?」
「ルイナス様、あまりモニカさんを困らせたらダメですよ?」
「おまっ……私を何だと思っているんだ」
「ギルマス! 正直ギルマスが一番私を困らせてい」
パタンと扉を閉める。
楽しいおしゃべりも大事だが、会議まであと僅か……急いで準備をしなければならないのだ。許してモニカさん。
私は支部の入り口をしっかり施錠してまずは領主ゼニス様の元へと向かう。
しばらく歩いていると何人か私の後をついて来ている事に気づく。恐らくルイナス様関係で辺境に来ている諜報員だろう。
仕事熱心なのは結構な事だがストーカー被害には一日の長がある私には尾行がバレバレだ。
「よっ」
曲がり角を曲がる度に縮地を使って尾行を振り払う。本当に便利で助かるなぁ。
でもあっさり簡単に振り払えてしまうものだから逆に不安になってくるよ。
こういった尾行はターゲットがよく立ち寄る場所にも仲間を張らせているものだがここ最近辺境に来た人には私が向かう先は予想も出来ないだろう。
普段出かける事が滅多に無いからね。
そして尾行がいないのを確認してからたどり着いたのは赤い煉瓦造りのどこにでもある一戸建ての住宅だった。
木目の綺麗な扉をノックしてしばらく待っているとゆっくりと扉が開かれる。
「……何をしに来たギルマス」
「やだな、私のお家に帰って来ただけじゃないですかアルムさん」
扉の隙間から姿を見せたアルムさんにヒラヒラと手を振る。
さて、領主ゼニス様の従者でもある彼女がなぜ私の自宅から出て来るのか? それは当然、主人であるゼニス様がここで暮らしているからである……あの、怪しい人物じゃないんでその手に構えた剣は戻してもらえませんかね?
「アルム、また怪しい勧誘が何かか?」
玄関から真っ直ぐ行った先にある居間の中央には人を堕落させるクッションの上にうつ伏せのまま大の字で転がるだらけ切った領主の姿があった。
「ただいまゼニス様」
「ぶほっ!?」
バランスを崩したゼニス様がひっくり返って床に落ちる。
「ギルマス! 何しに来た!?」
「いや、だからここ私のお家……うん、くつろいでくれてるなら提供した甲斐があります」
過度な装飾も無いゆったりとした薄い桃色のワンピース姿のゼニス様は初めて見る。まあ会う時はいつもちゃんとしてたから実にレアだ。家ではこんな感じなんだね。
「何が目的かは知らんが、ちょっと待ってろ」
そう言い残して居間から飛び出して行き、残された私は居間をぐるりと見渡す。
いやはやすっかり生活感のある家になった。並べられた家具や置かれた食器類などを見るとそう思う。
なぜ彼女たちが私の自宅で暮らしているかというと閃光の晩餐会の後、倒壊した会場に隣接したゼニス様の屋敷の復旧作業中に倒壊して住み家を失ったからである。
当時はまだ調査中だったので元々欠陥があったのか、悪意のある第三者による破壊工作かは不明なまま住む場所を失ったゼニス様の仮住まいとしてようやく見つけていた私の自宅を賃貸契約を結んで貸し出したという訳だ。
仮に第三者による破壊工作なら元々ゼニス様が所有していた建物に移るのは危険というミランダさんの後押しもあって渋々了承したゼニス様だったがさっきの様子を見る限り気に入って暮らしていてくれそうだ。きっと家も喜んでいる。私が買ってからずっと放置されてたし。
「それにしてもアルムさん、自宅でもそんな感じなんですね」
「何か?」
アルムさんはいつもの甲冑姿のせいで生活感丸出しの居間にいると違和感が凄い。
「ひょっとして……仕事中だったりします?」
「主人の身を守るのは従者として当然だからな」
「自宅に仕事を持ち込むとオンオフが切り替わらなくなって大変ですよ? 家ではしっかり休まないと」
「……ギルマスがそれを言うのか?」
「経験からのアドバイスですよ」
さらに私はその先に進み、自宅にすら帰らなくなっていた……今思えば明け方まで残業してから一度家に帰ってから朝出勤して来てたセレナちゃん凄いな。
「ところで晩餐会の時から気になっていたんですがミランダさんとはご姉妹なんでしょうか?」
「……親族ではあるが、それが何か?」
「いえ、親族と一緒に働くのは楽しそうだなと……」
今は兜で見えない素顔はミランダさんと本当にそっくりで驚いた。血の繋がりがあるとその容姿は似通うというのは周知の事実だが、瓜二つの容姿となる例は極端に少なくなる……というか私も二人が初めてである。
「親族といえば……ギルマスの家族は今の働き方には何も言わないのか?」
「え? ええまあ、私も大人ですから好きにやれって感じですね」
残念ながら血縁……両親とはとっくに死別している。でもそんな事言ったら話題を振った側が気まずくなるし、どうせバレないから両親には生きている事になってもらっている。
まあ設定を盛りすぎてかなり愉快な存在になってしまったのでもう少し設定は地味にしておけばよかったとは思っているが。
それにしてもアルムさんからこう切り返されるとは思わなかった。話題逸らしにも感じたが流石に勘繰りすぎ?
「待たせたな……それで、何の用だギルマス」
「素敵なドレスですね……晩餐会はもう終わってますよ?」
「やめろ、そのワードを口にするな」
ミランダさんを連れ添って居間に戻って来たゼニス様は今から晩餐会か舞踏会にでも出掛けるようなドレスで着飾っていた。
あの短時間でここまで準備が出来るのは素直に凄いと思うけど居間だと甲冑姿のアルムさん以上に浮いていた。やはり場面に相応しい服装というのは大切だ。
そういう面でも受付嬢の制服は優秀だ。ちょっと可愛さが勝るが大体の公式な場に着て行っても問題ないし。
「で? 繰り返しになるが何の用だ?」
「いや、ちょっと顔を見に来ただけで特に用という用はないんですが……」
ゼニス様の屋敷は支部から遠かったからそう気軽に行けなかったが今はちょっと気が向けば行ける距離だから立ち寄ってみただけである。
「……何かロクでも無い話を持ち込んで来た訳じゃないのか?」
「私を何だと思ってるんですか……」
「自分の行いを振り返れ……じゃあ私から聞くが殿下の様子はどうだ?」
「最近ヘンドリーをお召し上がりになられて絶賛しておりました!」
何せ寝言でおかわりを要求してたからね。リーマン翁に合わせた味付けだったから今度はもっと濃い目にしたらもっと喜ぶかもしれない。
「そうか! いやぁあの鶏は辺境が誇る名産だからな!」
領地の事を褒められると凄く喜ぶんだよねゼニス様は。可愛らしいがウッカリ余計なことを言わないように気をつけてくれたらいいんだけど。
「おかげ様でより働けばより良い物が食べられると思われたルイナス様は今まで嫌がっていた……トイレ掃除にも着手されたのです!」
「…で王族に、トイレ掃除を……? お前怖いもの知らずか……?」
別に強要はしてないので……私は自主性を発揮する人を尊重するのだ。
「ところでギルドマスター、例の調査依頼はどうなっていますか?」
「あー……」
ミランダさんからの質問に目を泳がせる。
調査依頼というのは彼女たちが暮らしていた屋敷にトドメを刺したのが第三者によるものかを調べて欲しいという内容だった。
「目下、調査中です」
「承知いたしました。引き続きよろしくお願いいたします」
「あまりゼニス様をこのような場所に住まわせたくないんだ。早く済ませてもらいたい」
「お、おいアルム……あまりそういう言い方をするな。私は、まあ別に不便はしておらん……」
「おお、何とお優しい」
「はは……」
実は調査は八割ほど終わっている。
そしてその結果がサーティン家が代々暮らして来た屋敷が悪質な欠陥住宅だったという歴代当主が憤死しかねない無慈悲な現実をどう伝えるべきか私は愛想笑いをしながら悩むのだった。
フランドールの家は辺境でも中〜下くらいのランク。ローンは完済できてない模様。




