第九話 想定外の一手
「と、いう訳でルイナス様の抹殺指令がいよいよガチで来ました」
「ブーッ!?」
リーマン翁とメアリさんを見送り、談話室でくつろいでいたルイナス様に淡々と報告を入れる。
「安心してください。私は味方なので」
「ならせめてタイミングに気を遣え! 王族どころか淑女としても失格レベルに茶を吹いてしまったではないか!」
文句を言いながら澱みない動きで掃除を始めてしまった。
というかコレを聞いてそんな反応を返してくる辺り一応私が敵に回ったとは考えない程度には信用してくれているようだ。
「ところでロンダリングで何故かルイナス様の目撃情報が入ったらしいんですが何か心当たりあります? 生き別れた姉妹とか」
「いる訳ないだろ……しかしこの私と偽物を見間違えるとかギルドも諜報員も無能か? こんな高貴な人間が二人といると思っておるのか?」
いやぁ、ツインドリルというシンボルが強すぎてそこさえ真似てしまえば遠目にはみんなルイナス様に見える気がする。
「でもこれで偽者が上手く消えたらルイナス様の動向を探る動きはなくなりますししばらく自由に動けますよ」
「アホか、そうなったら私がどう主張しようが本物の証明が出来なくなるではないか。王女廃業になるわ」
「……その時は受付嬢として雇いますよ」
「マジトーンやめろ。私には王とか皇帝とか、そういった支配者の地位こそ相応しい!」
「まあ、確かに玉座に踏ん反り返る姿は目に浮かびます」
「で、あろう?」
「よっ、ルイナス陛下!」
「ははは、よせよせまだ早い」
「ルイナス女王! 女帝ルイナス!」
「うーむどっちも捨てがたい。貴様は私の呼び名は何が似合うと思う?」
「ツイン帝ドリル……冗談ですよ?」
「……というか私の偽者をロンダリングのアホ共はどうする気だ?」
「ルイナス様? わたひの頬を引っ張りながら話を戻すのやめまへん?」
ルイナス様につねられて赤くなってそうな頬をさすりながらちょっと真面目に話すためにルイナス様の対面に座り直す。
「多分ですね、ルイナス様の偽者をロンダリングの正統な王として祭り上げて従国から独立しようとしてるんですよ」
「壮大な自殺か?」
うん、私もそう思う。
三国に囲まれ物流自体は多いし国土もそれなりにあるが三方から攻められたら半月も持たないだろう。
「今ロンダリングを回してるのは各国から派遣された王族や貴族ですよね? エルドラドからは確かボルテクス家のご子息でしたっけ?」
「なんでそんな事まで知っとるんだ……まああのアホには務まらんと口を酸っぱくして言ったんだがマジに独立しようとしとるなら本物のアホだぞ」
「いや、それルイナス様が言うんですか?」
辺境乗っ取ってトニーさんと二人で国興そうとしたくせに。
「私の計画は完璧だったでしょ、トニーがいれば余裕よ」
うん、まあそれはそう。雑に国は獲れたと思うよ。本当に実行に移した思い切りの良さはやばいけど。
「つまりロンダリングの連中が超が付くアホじゃない限りはトニーみたいな奴を用意してるんじゃない?」
「トニーさんクラスかぁ」
トニーさん並みに強い、と言われたら何人か思いつくが三国相手にして立ち回れるかと言われると疑問符が浮かぶ。
「それか超が付く強力なアイテムを手に入れたかだな」
「……ふむ」
確かに、強い人より強いアイテムのほうがゴロゴロ転がっている世界だ。冒険者になったばかりの少年が聖剣と分類される強力なアイテムを拾った結果、段階をすっ飛ばして一級冒険者になったなんて話もあったっけ。
でも段階を踏まずに強くなった人は横暴な人も多くてギルド的にはちょっと困った人も多いんだよね。
「…………」
「どうした?」
「いや、なんでもないです」
超が付く強力なアイテムと聞いてクラーケさんから聞いた新しく見つかった王剣の存在がチラつく。
まさかとは思うけど今回の厄災会議は手に入った王剣を誰の物にするか決める会議じゃなくて人間の手に渡った王剣を誰が奪いに行くか決める会議じゃないよね?
今、新たな王は不用だ。
クラーケさんは確かそう言っていた。これは王剣の所有権が誰にも渡らないよう有耶無耶にして、会議を終わらせろという意味で受け取っていたが……人間と戦争を起こしてまで王を増やすメリットは無いから殴り込みに行かせないよう会議の場で止めろってこと?
クラーケさんが全員力ずくで止めてくれないかな……それはまずいか。曲がりなりにも魔人たちの間で話し合いが成り立っているのはクラーケさんみたいに突出した魔人たちも時には話し合いで折れてくれているからだ。
彼らがみんな常に力ずくで推し進めるようになったら話し合いの場は成り立たなくなるに違いない。
だから厄災会議に出る人たちの中で最弱な私に話を振って来たんだろう。もし私が力ずくで押さえつけられたらさらにその上から押し潰す気だ。
ヤな役だな!? 下手したら死んじゃうが!?
クラーケさんが愉快そうに笑う姿が目に浮かぶ。あの人無茶振りして私が右往左往してるのを見て楽しんでる気がする。
まあ私も時々やり返すからあまり文句は言えないけれど!
いや落ち着け。悪い想像に悪い想像を重ねていってる。もしかしたら平和的に済むかもしれない。
いや、ダメな気がしてきた。
「これアンフラの会が一番落ち着くな」
マスター会議も厄災会議もそれなりに仲が良い人がいるのに一番気楽に酒を飲みながら楽しく過ごせそうなのが自分のアンチに囲まれたアンフラの会というのは何かおかしく無いだろうか?
「?」
ルイナス様が怪訝そうな表情でこっちを見てくる。
「いや、仲良い人がいる会議よりアンチしかいない会合の方が気が楽だと思って」
「そりゃそうよ。周り全員敵! って考えてた方がやりやすいもの……こら、可哀想なものを見る目で頭を撫でるな。不敬だぞ」
「あ、すみません。あまりのお労しさについ」
「ふん」
ソファの隣に座って、そのまま動かないルイナス様を撫でながら今回の落とし所を考える。
まあこの最悪な想像通りと仮定すればロンダリングが手に入れた王剣を余り支配欲がない……というか暴れなさそうな人に渡すのが一番だろう。
クラーケさんはすでに持ってるから除外、あと参加する中で持って無い人から選ぶ? でも知ってる人は大体持ってるんだよな。
いっそ私が回収しちゃうか? 王は増やしたく無いという意向だし……いや私が殺されかねない。
それにギルドも王剣のような強力なアイテムをみすみす魔人には渡さないはずだ。もしロンダリングが持っていると知っていたらもっと大々的に動く。マスター会議を隠れ蓑にしたコソコソした作戦は取らないはずだ。
ならギルド側にはルイナス様の偽者を引き渡す、もしくは暗殺したように見せれば引き上げるだろう……やる事が多い!
せめて場所が辺境なら頼れる冒険者も多いんだけど……いや、いるじゃないか! アンフラの会のメンバーは優秀な冒険者が多い。会合前にちょっと手伝ってもらおう。
「ルイナス様、ちょっと一緒に招待状の文面を考えてもらえませんか?」
「ん〜……?」
若干ウトウトし始めていたルイナス様には申し訳ないけど、ちょっと急ぎの案件だ。
私はお手伝いしてくれる立候補者を募るためにアンフラメンバーに送る招待状を書きしたためる準備を始めた。
◼︎
紫水晶を削って作られた美しい玉座に髪も肌も雪のように白い、一人の少女が座っていた。
血のように赤いワインが注がれたグラスを片手に、白く鋭利な歯を覗かせながら目の前で羽ばたく黒い蝙蝠に話しかける。
「で? アンタは参加するわけ?」
「ああ、ヤツとは古い馴染みだからな……お前はどうするんだラキス」
蝙蝠から響く低い男の声に、ラキスと呼ばれた少女は宝石のように煌めく紫色の目を細める。
「アタシはパース」
「……深淵が来るのにか?」
その名前を聞いた瞬間、ラキスは手にしていたグラスを蝙蝠に向かって投げる。
蝙蝠はそれをヒラリとかわし、グラスは白い床に落ちて割れ、その中身をぶち撒ける。
「アイツが来るからでしょうが! コロすわよ!」
怒りと憎しみ、そして殺意に濡れた紫の瞳が爛々と輝く。それを目にした蝙蝠はやれやれといったように旋回する。
「まだ根に持っているのか」
「いや当たり前だから! アイツ、アタシの晴れ舞台をよくも……いやマジでよくも」
その拳を力の限り握りしめ、赤い血が白い肌を伝う。
「このアタシが魔王になった記念すべき最初の厄災会議、アイツどこに呼び出したと思う!? 酒場よ酒場! それも犬のションベン以下の酒を出すような死ぬほど狭いクソみたいなさ、か、ば!!」
「百回は聞いた」
思い出しただけで腹が立つ。力は足りているのに王剣が無かっただけで魔王を名乗れない屈辱の日々が終わり、他の魔王どもに魔王ラキスの名を知らしめる最高の場だったというのにいざ指定の場所に顕現してみれば飲んだくれた人間が馬鹿騒ぎしているテーブルのど真ん中、しかも裸踊りをしている腹の出た中年オヤジの隣である。
長年生きて来てあれほど屈辱的な事はない。
「せめて! 貸切に! しろ!!」
「そこか?」
叩きつけた拳で玉座が砕け散る。
「ああー!? もー! これ作らせるの苦労したのに! く、これも全部アイツのせいよ!」
砕けた水晶を拾って肩を落とす。そんなラキスの元に便箋を咥えた別の蝙蝠がやって来る。
「何よ……あっ!」
ラキスは手にした破片を放り捨て、蝙蝠から便箋を取り上げて中を見る。その文面を読み進めるにつれて先程まで吹き出していた怒りは消え、満面の笑みで飛び跳ねる。
「やった! 久しぶりのお誘いじゃない! ムカついてたから丁度いいわ!」
「何の話だ?」
「ふん、アンタらと違ってアタシの怒りを理解してくれる同志達からのお誘いよ! という訳で厄災会議より大事な約束が出来たのでバーイ」
使い魔へ流れていた魔力を切ると男の声を出していた蝙蝠が黒い霧となって消える。
ラキスは大事そうに便箋を胸元に抱き、さっきまでの怒りを忘れてルンルン気分で目を輝かせながらすぐ準備に取り掛かる。
数日後、魔王となって僅か三年足らずで数多の魔人がひしめく大陸北部の勢力図を塗り替えたラキス・ブラッドが突然支配地から姿を消すという緊急事態に周辺国や冒険者ギルドはもちろん、魔人までもが全く意図がわからないラキスの行動に警戒し、身動きが取れなくなる。
結果、大陸北部の水面下で動いていた陰謀や開戦準備が全て台無しになった訳だがそんな事、久しぶりの楽しいひと時を前にしたラキスにはどうでもいい事だった。
放たれた爆弾が爆弾を増やすバグ。




