第八話 盤上の一手
「お口に合いましたか?」
「ああ……しかし意外だった。お主は食事なんぞ、手早く済ませる事しか考えていないと思っていたからな」
リーマン翁の年齢を踏まえて味が濃すぎないようあっさりとした味わいにした蒸し鶏にしてみたが意外と好評だった。
メアリさんも完食してくれたし、これなら今頃食堂にいるルイナス様も美味い美味いと食べているに違いない。
「まあ普段ならお腹を満たせれば何でもありがたいんですがいい鶏肉をぞんざいに扱うなんて出来ませんから」
私は応接室へと案内したリーマン翁とメアリさんに食後のワインでも、と準備をする。
仕事にかこつけて酒を飲める機会は中々ない。グランドマスターを労うならかなり良いワインを引っ張り出しても許されるのではないだろうか?
「メアリさんも飲まれますよね?」
「……私は結構だ」
おや? メアリさんは大の酒好きだから喜んで乗ってくると思ったんだが……あ、そういえば酔うと脱ぐんだった。流石にグランドマスターの前では飲めないよね。
「ワシもいい……それよりも本題に入ろう」
「!?」
なん、だと? ここに来て酒無し? ツラい。
私は表情には一切出さないようにして手にしていたグラスを戻すとそそくさと席に着く。
「さて、今度のマスター会議だが……場所はわかっておろうな?」
いや普通に教えて? クラーケさんといい何でみんな私が何でもわかっていることを前提にしているんだろうか?
「……ロンダリング従国でしょうか」
「…………そうだ」
「…………」
よし、正解。
私は内心ガッツポーズをするが言い当てたら言い当てたでなんとも言えない反応をするリーマン翁とメアリさんに首を傾げる。
あれ、これ外しておいた方がウケが良かった感じかな?
「何故、この国だと?」
「そうですね……」
ぶっちゃけるとギルドが今牽制しておきたい国の中からルイナス様が関係しそうな国を選んだだけだ。
ロンダリング従国はその名の通り、大国に従属したいわゆる属国だ。
ただの属国と異なる点は複数の国に対して従属しているという事だ。
ロンダリングはエルドラドの他二国に属し、実質的な国家運営は三国の代表によって回されている。
これは国家間の緩衝地帯にある国に稀に見られる体制で各国が不穏な動き……例えば秘密裏に他国への軍事行動を起こしてもどうしたって緩衝地帯に情報が入るからそうなればどう上手く隠そうとも他二国にも伝わる。
そうして互いに下手に動けないよう相互監視するための国だ。
そしてこの国はルイナス様の母君の出身国でもある。
現エルドラド王はこの従属国のお飾り王族最後の一人であった母君を娶った挙句、その美しさから正妻にしてしまったのである。
他の王妃からすれば従属国の王女に正妻の座を奪われた訳だからそりゃ揉める。
そしてそのロンダリングときたら最近不審な動きが見られる。
相互監視の為に派遣している各国の代表が結託し、三国の情報と流通を束ねるこのロンダリングこそ三国の上に立つ国として相応しいと決起しかねないという話だ。
では何故今そんな話になっているのか? それはロンダリングの王家の血が流れた王女ルイナス様が行方不明になった後、この国に逃げたからではないかという噂が広まっているからだとか。
「だから事の真偽を確かめるためにギルドが違和感なく現地に人員を集められるように表向きはマスター会議ってことにしたのかなぁって」
まあそのルイナス様は辺境のギルド支部の食堂で飯を食って満足しているんだけどね!
「ウム……で、そのルイナスだが、ロンダリング国内で確認されたという情報が入った」
「そうなんですか」
じゃあここにいるルイナス様はなんなの。野生のツインドリルかな?
「彼奴には冒険者を私的に利用し国家転覆を企てた疑いもある……そんな彼奴を王として祭り上げ国民の士気と結束を高めたところで結果は分かり切っておる……フランドール・ファイナンス」
リーマン翁の声が低くなる。
「グランドマスターとして命じる……ロンダリング従国のマスター会議に乗じてルイナス王女を粛清せよ」
「……そういう大事な話は書面でいただかないと」
「阿呆……書面で残せんからワシが直々に来ておるのだ……」
「なんだ……てっきり私の顔を見に来てくださったかと思ってたのに……」
私は仕方ないといった感じに立ち上がるとリーマン翁の前に跪く。
「仰せの通りに、グランドマスター」
そう言って俯いたまま舌を出してやった。
◼︎
いつか来そうだとは思っていたがついに来たルイナス様の抹殺指令。さてどうしようか?
「じゃあマスター会議はブラフって事であれば特に議題もない訳ですよね?」
「いや、せっかく集まるのだから通常のマスター会議も行う」
じゃあ結局資料は纏めたりしなきゃじゃないか。仕事が増えたよ。やったね。死ぬ。
「でも何で私を? そういう目的なら王都や他にも適任な支部はあると思いますが」
「……ロンダリング側と繋がりがある可能性が僅かに見られる奴らには今回のマスター会議については公表していない」
なるほど、確かに辺境のギルド支部なんかにロンダリング側が根回しなんてしないだろう。実際ロンダリングと私は何の繋がりもない。
代わりにルイナス様とはズブズブだけど。
「でも私忙しくてロンダリングには一日も滞在出来ませんよ?」
「なら一日足らずで済ませればよい……」
無茶をおっしゃるなこの人は。
「話は以上だ、何か質問はあるか?」
「いえ……あ、せっかくいらしたんだから一局如何ですか? 私あれから結構練習したんですよ?」
そう言って私は応接室にある棚から赤い革張りのケースを取り出してテーブルに広げる。
それは大陸西部で大流行していた白軍と黒軍に分かれた十六個の駒を使って相手のキングを取り合うゲーム、盤上遊戯だ。
プレイヤーは交互に駒ごとに決められた範囲で動かし、自分の手番で相手の駒があるマスに自分の駒を重ねると取ることが出来る。
ただしチェストと宣言するとゲーム中一度だけ相手の駒に反撃する事が可能でキングを取るにはそれを考慮して攻めなければならない……リーマン翁が三度の飯より好きなゲームである。
以前対局した時はボロ負けしたので密かにリベンジの機会を窺っていたが今日がその時だ。
私は自腹購入した安物の盤と駒をいそいそと並べているとメアリさんが口を挟んできた。
「貴様、グランドマスターは多忙の身だ! このような遊戯に付き合うと思っているのか!?」
「……」
メアリさん? リーマン翁がめちゃくちゃショック受けてそうですけど?
「お主は先に馬車に戻っておれ……此奴にはワシから言っておく事がある……」
「……かしこまりました」
なんかざまぁみたいな顔をされてしまった。もしかして今から私が怒られると思ってる? この人チェス・トがしたいだけだよ?
メアリさんが部屋を出るや否やリーマン翁は懐から金貨を取り出し、弾く。
「裏で」
私がそれを見て答え、金貨はリーマン翁の手の甲に乗り、それを空いた手で押さえ、開く。
「表、ワシの先番じゃな」
「ええ、どうぞ」
盤を回転して白軍をリーマン翁に差し出す。
「フランドール……チェス・トを始めた以上、ワシとお主は対等なプレイヤー。それを心して聞いて欲しい」
リーマン翁が最前線に並ぶ歩兵の駒を手にする。
「ワシは、彼奴の始末には反対だ」
意外な発言に私の手が止まる。
「理由をお聞きしても? ギルドの禁忌に抵触してる方ですよね?」
まあ私も始末する気なんてさらさらないけど。さて平凡な攻め手にどう返していこうか?
「……ただの私情だ。だからワシも彼奴の始末に同意して、お主に命じた」
「でも本当は死なせたくない……つまりこの私にギルドの命に背けと?」
「言ったであろう? あくまで対等なプレイヤーとしての話だ」
それにしたって地雷発言過ぎる。こんなの他のグランドマスターや本部が知れば次は彼が狙われる番だ……まあ、誰がこの人倒せるんだという話になるけど。
私は黒軍の歩兵を前に進め、侵攻して来た白軍の歩兵を取る。
「随分と信頼いただけているようで……前任との関与を最後まで疑われていらっしゃったのに」
「……まだ根に持っておるのか」
「いえ? おかげでこうして遊戯に興じる事が出来てますし」
こちらを攻めた隙に騎兵を敵陣に突撃させる。むふふ、私の戦略にまんまと乗って来ましたね。
「せっかくですし賭けでもしませんか? 私が負けたら先ほどの話、こっそりご協力します」
「……そちらが勝ったら何を求める?」
「え、リーマン翁の私情ってのが気になるんで聞きたいなって」
つまり勝っても負けても私には何の損もない賭けだ。
「……最初から彼奴を殺す気はなかったな? お主が自分から賭けを言い出す時は負けても何の問題もない時だからな」
「さてどうでしょう?」
あら、流石にバレてたか。
「じゃあなんでも一つ、リーマン翁の頼み事を聞いてあげます」
「……なんでもときたか、良かろう」
そう言ってからリーマン翁の槍兵が私の陣形に踏み込んできた。
「あっ」
……チェスト二回使わせてもらえないかな?
陰謀渦巻くロンダリングにフランドールという一手が放たれた結果はどうなるのか。引き続き二章をお楽しみください。




