第七話 グランドマスター
腹ごしらえを済ませてすっかりリラックスしているヘイカーさんの傍に座って地図を広げる。
「実は十日後にここまで私を送っていただきたくて……行ったことあります? 空に危険な魔獣もモンスターもいないから対空監視はザルで空中散歩には最適ですよ」
ざっくりと移動ルートを書き込んでいくとカチンと嘴を鳴らされる。
「なんです? ……ああ、渡りワイバーンがこの空域を通ると……それを狙ったドラゴンと鉢合わせになるかも? じゃあコッチからはどうでしょう?」
流石普段から空を飛び回るだけあって詳しい。ああでもないこうでもないと打ち合わせしていると蚊帳の外にいたルイナス様が話しかけてくる。
「なあ、当たり前のようにしてたからスルーしていたがグリフォンと会話してるのか?」
「? グリフォンは賢いから人の言葉を理解されますから」
「いや、そっちだけじゃ会話にならんだろ。グリフォンの言葉がわかるのか?」
「まあ、なんとなくこう言ってるなぁってニュアンスですけど……ああ、彼女はルイナス様といって……流石ですね、仰る通り人間の王に連なる御方ですよ」
「待て、今私の話題になってるのか? うう、めちゃくちゃコッチ見てる」
ルイナス様がヘイカーさんの眼力に怯んでいる。確かにおっかない目をしているが彼ほど理性的なグリフォンはそうはいないから露骨に馬鹿にしたりしなければ大丈夫なのに。
「ルイナス様を見て高貴な……自分と同じ王の雰囲気をしていると仰っています……え? まじで? あとその髪からは覇気と類を見ない美があると」
「! わかるか! この高貴かつ美しき髪型が! 何だ何だ種族の王ともなればわかるものなのだなぁ! こやつなどこの髪型をツインドリルだなんだと抜かしおってなぁ!」
めちゃくちゃ喜んでる。
さっきまで離れていた距離がほぼゼロじゃん。なるほど、ルイナス様と仲良くなるにはまず髪型を褒めればいいのか。
「それじゃあ今度私もセットしてみようかなぁ」
「!! よし、なら私が手ずから整えてやろう! 前からギルドマスターの癖に覇気が足らんと思っておったのだ!」
うおっ、すごい食い付きだ。数段飛ばしで距離が近くなれた気がする。共通の趣味嗜好というのは大事という事か。
「お手柔らかにお願いしますね……あ、すみませんヘイカーさん。それでは当日は夜出発という事で」
そろそろお昼休憩も終わるというところで私は立ち上がってスカートについた土埃を払っているとゆっくり起き上がったヘイカーさんがその嘴に一本の黒い羽根を咥えて私の髪に突き立ててきた。
「あっ、ありがとうございます。ヘイカーさんの羽根ペンってめちゃくちゃ丈夫だから助かります」
私の一日に書く文字数はハンパない。並の羽根ペンでは一日と持たないから備品代も馬鹿にならないのだがグリフォンの羽根から作ったペンの持ちは凄い。
本来魔法の媒体や装備品などにも使われる希少な素材だから羽根ペンに使うなんて贅沢をしている受付嬢は私くらいなものだろう。
深くお辞儀する私に対してカチンと嘴を鳴らすとヘイカーさんはその場から一気に跳躍して翼を広げる。
並のグリフォンは多少助走をつけてから空を飛ぶがヘイカーさんほどの膂力があればそんな予備動作もなく一瞬で空を舞う。
あっという間に豆粒サイズにしか見えない距離まで飛んで行った彼に手を振って見送る。
「さて私もちょっと身支度したら午後の受付業務に戻らないと……ルイナス様、どうかしました?」
「いや……」
ルイナス様の視線が私の頭で揺れる羽根に向けられる。私はそれを抜き取り手に取るとゆらゆらと揺らす。
「これが欲しいんですか? 何本もあるから私は構わないんですけどヘイカーさんがなぁ」
昔セレナちゃんに貸してたら尻尾で叩かれたんだよね。あんまり気軽に貸し与えるなという事かもしれない。
前にテトラさんに貸したのも市販品を選んだりと見ていないところでも気を使っているのだ。
「でもルイナス様の事は気に入っているようでしたし頼んだらくれると思いますよ?」
綺麗な黒羽をそっと鼻元に寄せる。太陽の光を浴びた羽根はなんとも落ち着く香りがする。
そんな私を見て呆れ果てたようにルイナス様が呟いた。
「……罪なヤツ……」
「?」
一体どこにギルティな要因があったというのだろうか? 尋ねてみてもルイナス様が教えてくれなかったので結局謎のままだった。
◼︎
柔らかな洗髪剤の香りをほのかに漂わせながら午後の受付業務をこなしているとなんとも珍しい客人が姿を見せた。
その人物はメアリさんに車輪付きの椅子を押されてギルド支部に入って来たのは鳶色のローブを着た白髪の老人だった。
「あれ? リーマン翁じゃないですか!」
「久しいな……息災か、フランドール」
シワが深く、頬がこけた御高齢の御仁で確か九十は超えているはずだがその眼力は実に力強くただならぬ雰囲気を纏っていた。
それもそのはず、彼は冒険者ギルド最高幹部であるグランドマスターの一人、ルドルフ・リーマン氏なのである。
「話がある……今晩時間は取れるか?」
「ええ勿論です」
「ん……」
私の返答に満足そうに頷くと手にしていた杖で床を突く。それが合図だったようで車椅子のハンドルを手にしたメアリさんがゆっくりと踵を返す。
「……」
なんだか不満そうな顔でメアリさんがこっちを睨んできた。ギルド本部勤務のグランドマスター付きとか私たち一般的受付嬢からしたらこれ以上ない出世だというのに……何が不満なんだろうか?
「ギルマス、あれ誰?」
「おかえりなさいシュラさん。あれってリーマン翁の事ですか?」
受付の順番が回って来たシュラさんが出した報告書の内容を確認しながら依頼完了の処理を進めながらちょっとした雑談に興じる。
「めちゃくちゃ強いよね? 足は悪そうなのに」
「そりゃトニーさんが現れるまでドラゴンを無傷で討伐した唯一の剣士でしたからね」
しかもトニーさんみたいなとんでもないスキルも無しに成し遂げたと聞いている。
その後冒険者を引退してギルドの職員になったらしいがあまり過去を話したがらないから謎多きおじいちゃんである。
「へぇ〜、頼んだら遊んでくれるかな?」
「うんやめましょ? どう転んでも結果は私がめちゃくちゃ怒られて終わるだけですからね?」
シュラさんの遊びって遊びじゃないからなぁ。いや、デスゲームと表現するなら遊びになるのかな?
「それにシュラさんもそろそろ昇級ですよ? 審査前に問題を起こしたらまた落としますからね」
「わかってるって。次はギルマスの口から合格って言わせて見せるから!」
金袋を手に元気に走り去っていく姿は微笑ましい。実力的にはとっくに一級なんだけど過去のやらかしと審査前に大体やらかすから万年下位冒険者のままなんだよね。
随分前からシュラさんの一級審査申請書を用意しているというのに日の目を見るのは一体いつになるのやら。
ところで夜にリーマン翁と会うなら流石にどこかで会食する手筈をしたほうがいいかもしれない。
しかし下処理を済ませたヘンドリーは今夜には食さないと傷んでしまう……それはもったいなさ過ぎる。
こうなったら私の家庭的一面を披露するか! 自炊なら費用も抑えられるしルイナス様を置いて外に食事というのも安全面を考慮すると危険だしね。
前科何犯あるんだ……。
そんなフランドールの元に訪れた上司の目的とは……?




