第六話 健全なる主従関係
雲一つない快晴の空の下、燦々と輝く太陽に照らされながら私は手にした木を削り出して作られた鳥に似せた笛を吹き鳴らすと鳥の鳴き声に似た音が響き渡った。
「何をしとるんだ?」
「あ、ルイナス様。お疲れ様です!」
お昼休憩を使って屋上で笛を鳴らす私の元まで箒を片手にしたルイナス様がやってくる。
暇を持て余した第一王女様は家事に目覚めたのか日中はギルド支部内を練り歩きながらひたすら掃除をして回っている。もちろん職員が使用するスペースに限るけど。
そんなロイヤルメイドのルイナス様に私は手にした笛を見せる。
「ちょっと知り合いを呼んでるんです。ルイナス様もやってみます?」
「……やらん」
ジッと笛を見てからルイナス様がそっぽを向く。まあ確かに頬を膨らませて笛を鳴らすなんて王女には向かない……いや、お掃除もさせたら大概ダメな気がするけども。
ルイナス様を横目にもう一度気の抜けた音を響かせる……反応はない。
これだけ天気が良いなら絶対飛び回っているはずだからシカトされてるかもしれない。
ぴーひゃらぴーひょろと軽快に笛を鳴らす私を奇怪な目で見ていたルイナス様が私の足元を見て顔を強張らせる。
「……呼んでいるのは知り合いなんだよな? なんかヤバいモンスターじゃないよな?」
「? もちろんですよ? 何故そんな発想に?」
「いや足元に並ぶ生の鶏肉を見たら誰だってそう思うが!?」
そう言って指差す先には丁寧に下処理を済ませた鶏肉がいくつも鎮座している。
私はチ、チ、チ、と舌を鳴らす。
「ただの鶏肉じゃありませんよ? 辺境が誇るブランド鶏、辺境地鶏ことヘンドリー! その最高品です! 昨日ルイナス様が美味い美味いって頬張ってた安物の半額鶏肉とはレベルが違います」
「美味いなんて一言も言っておらんわ! ……というかマジ? 王族に半額鶏肉喰わせたのか? そのヘンドリーとやらを出さずに?」
信じがたいものを見る目で私を見てくる。でも実はちゃっかり今夜の夕食用のヘンドリーは用意してあるのだ。
最近何を食べても目を輝かせてるルイナス様の事が気になってこっそりトニーさんに聞いてみたらどうも毒殺を恐れるあまりまともな食事には縁がなく、会食でも不味いだのなんだのと理由を付けて口にはせず裏で保存食を食べて来たという痛ましい事実が発覚した。
なのでルイナス様に美味いご飯を食べさせるのが楽しくて仕方がない。今夜はきっと上機嫌になるはずだ。
そんな計画を立てている事を悟られないよう、ふくらはぎにピシピシとキックを入れてくるルイナス様をスルーして笛を鳴らす。
「あ、来た」
「ん?」
青空に見えた一点の黒い影に向かって手を振るとこちらに接近してくると太陽を遮って私と私にしがみついて来たルイナス様に影を落とす巨体が屋上に降り立つ。
体長は成人男性のおよそ三倍はあり、翼を広げた姿はより巨大に見える。
艶のある鋭利な嘴と風に靡く体毛は夜空のように黒く、紫がかった黒色の翼を広げるその姿はいつ見ても雄々しさと美しさを見事に調和させている。
鋭利な鉤爪の生えた四本の脚と硬質な尻尾によって屋上の床に傷が入ったけどセレナちゃんの残した爪痕に比べたら誤差のようなものだ。
私は久しぶりに会う彼に両腕を広げて駆け寄った。
「ヘイカーさーん! お久しぶりでブッ!?」
「く、喰われてるぅ!?」
くぐもったルイナス様の声が届く。
視界が塞がれたがどうやら私の頭がすっぽり嘴に飲まれたらしく、分厚く熱い舌が私の額を撫でた。
「あー、大丈夫です。軽いスキンシップのようなもので」
「本当か!? どう見ても捕食されてるぞ!?」
まあ側から見たらそうだろうなぁ。
私は腕を回してヘイカーさんの嘴を撫でる。硬質な見た目と感触だが感覚はあるらしく乱暴な触り方をすると怒られるのでゆっくり丁寧に、である。
満足したのか飽きたのか、嘴を開いて私の頭が解放される。
ベタベタにされてしまったがこれがスキンシップだと知っていれば不快感もない。
まあ流石に人前に出れる見た目ではないから休憩終わり間際に軽く洗わなきゃだけど。
「相変わらずお元気そうでなによりです」
私が話しかけるとヘイカーさんは短く甲高い鳴き声を鳴らす。どうやら私に心配される程やわではないとおっしゃっている。
ちなみにヘイカーという名前は私が付けさせてもらった。正確にはグリフォンの王だから陛下陛下と連呼してたらそれが気に入ってそのまま名前になったという感じだけど。
「失礼しました。実は今日はヘイカーさんにお願いがあってお呼びしまして……あ、いきなり本題もアレですし食事されてからにしますか? 前に気に入っていただけたヘンドリーを用意してますよ」
私の頭より一回り大きなヘンドリーの生肉を一羽丸々抱き上げるとヘイカーさんがその嘴で咥えて丸呑みする姿を青ざめた顔でルイナス様が見上げていた。
「し、しかしグリフォンか……我が国でも騎獣として軍に導入するか議題に上がって育成を試みた事があったな」
「ええ、ヘイカーさんとはその時王都で知り合ったんですよ」
グリフォンは人を襲う時もあるが基本的には友好関係を結べる魔獣だ。特に赤子から育てれば人に従順な貴重な騎獣になる。なんせ馬よりも速いし空まで飛べるのだ。
国としては是非欲しい逸材だろう。
「おい待て……まさかコイツ、あの時我が国の厩舎を襲ったグリフォンじゃあるまいな?」
「……さあ?」
まああれは国も悪いよ。グリフォンを一から手懐けるためとはいえ彼らの巣から卵を奪って来ればどうなるか、火を見るより明らかだ。
ただヘイカーさんが率いた群れから奪ったのは不幸中の幸いだ。彼は他のグリフォンよりも賢く下手に人間を殺せば痛い目を見るのがどちらかわかっているから厩舎襲撃時も人的被害は避けていたし。
これが別の群れからだったらグリフォン総出で王都が襲われどちらも無事では済まなかっただろう。
「……そういえば報告書にあったな、厩舎がグリフォンに襲われる前に卵が何者かに奪われていたと……」
私です。
いや、仕方ないのです。当時国の動きとギルドに上がって来たグリフォンの動きに何か関連性がありそうだったから突いてみたらグリフォンが奪われた卵を強襲して奪い返しに来る事がわかった。
そしてそのグリフォンは一級冒険者でも歯が立たない強さだとギルドでも広まっており、もし討伐依頼なんて来た日には頭を抱えるのは冒険者、そして私たち受付嬢だ。
なら穏便に済ませるために卵を盗んでさっさと群れに返そうとしたのである。
ただ強襲に来たヘイカーさんは私の予想よりも速くて強かった。
私が卵を盗んだ直後に厩舎を襲って暴れ散らかした後、卵を持っていた私は彼に攫われた訳だが話の分かるグリフォンで良かった。普通のグリフォンだったら多分八つ裂きだったよ。
「まあ馴れ初めはとにかく私とヘイカーさんは強い主従の絆で結ばれた仲なので安心してください……え? 肉はもう無いかって? 私の給金では今日はこれで精一杯なのでご容赦ください」
「……まさかキサマが従側ではないよな?」
何を言ってるのだルイナス様は。主側が土下座なんてする訳ないのだから見ればわかるじゃないか。
人外の知り合いが多い事に定評のあるギルマス代理。




