第四話 場所選びは推察に直感を添えて
ルイナス→フランドール視点
広さは大した事はないが王城に匹敵する設備を揃えた浴場にその玉体を浸す。
最初はその手狭さにイライラしたものだが一月も暮らせば慣れてきてしまう。生まれた時から王族として暮らしてきたルイナスにとってまるで下々のような生活、いや……この建物から一歩も出れないのは軟禁と言えるだろう。
それに対してルイナスが大人しく暮らしていたのは絶対的な強さで守ってくれていたトニーという初めて愛した男を失い、完全に孤立したルイナスが生き残るための術だったからだ。
冒険者ギルドの施設に国が強制捜査をするのは難しい。精々受付で職員に聞き取りするのが関の山だ。
実際あの晩餐会から消息を絶ったルイナスの捜索に秘密裏に動いている工作員が何人もこの街に入って来ているのは聞いている。
大々的に動けないのは国が人員を割いてまで辺境に兵を送ったのが露見すれば他国の目を引いてしまうからだろう。
ルイナスもこの目で見るまでは信じられなかったが辺境の街はそのしょぼくれた響きに反して非常に活気のある街であった。
辺境地帯という他国に伏せられた広大な領土は未だ未開拓な場所も多く、まだまだ資源が眠っているとされている。歴代の王が国からこの地へ干渉する事を禁止していたのも頷ける。この事が露見すればエルドラド周辺国は一丸となってここを奪いに来るだろう。
ルイナスは当初、もはや味方が一人もいない国を捨てて辺境一帯を掌握して新たに国を興すつもりだった。
それを妨害する者はトニーという最強の剣で容易に斬り払えるのだから野心というものを持ち合わせていれば当然の発想だった。
しかし、それも失敗に終わりルイナスは全てを失った……はずだった。
「私は殿下の味方ですから!」
そう言ってのけたのはまだ幼さが残る辺境領主のゼニス・サーティンだった。
一体誰が話したのか、ルイナスにとって最後の拠り所だった乳母と幼馴染に裏切られた身の上話に共感した彼女はルイナスの無茶振りに振り回された挙句、屋敷が半分近く吹き飛んだというのにそう言ってルイナスの手を取った。
どう考えたってここは第二王子の後ろ盾であるモニカ・レバレッジを利用してルイナスを引き渡し、そっちに恩を売るべきところだ。
そうしないところに何らかの意図を疑ったルイナスだったがモニカ・レバレッジが家と縁を切っているという信じ難い話にルイナスは頭が痛くなる。
あの晩餐会でレバレッジの介入があったと思ったからこそルイナスは即行動に移さなかったというのに。
そして聞けばあのギルドマスターの入れ知恵だというではないか。しかもそのギルドマスターがいる支部に身を隠せと?
当然不満たらたらであった。服が無いからと受付嬢の制服を渡された時はキレかけたものだ。
「ヤバッ! 可愛い! いや美人! こんな受付嬢がいるギルドとか絶対人が集まりますよ! 即人気受付嬢ナンバーワンです! サインください!」
「ふん、当然だ」
ルイナスはチョロかった。
お世辞が嫌いな人間は多いというがルイナスはむしろお世辞が好きだった。言わせてる自分の権力が為せる事だったから。
だがギルドマスターがお世辞で言っていないという事は過ごす内にすぐにわかった。たまにルイナスが王女である事を忘れてるのかタメ口になる時があったし。
ギルドを一人で回しているという戯言も数日もしないうちに事実だとわかってからはその時間の使い方が恐ろしくなる。
内容が大した事がないにしても単純な事務仕事だけでも膨大な量だ。
そんな中隙間を埋めるように炊事洗濯や雑事をこなしており、ルイナスが毎日使うからと言って風呂掃除までしている後ろ姿を見た時、ルイナスは生まれて初めてデッキブラシを手にし、今や風呂掃除はルイナスの数少ない仕事となっている。
夜になったら夜になったで書類を抱えてルイナスのところに来たかと思ったら仕事をしながらくだらない話を延々とし始める。
正直この一月でルイナスのこれまでの人生を軽く超えるだけの会話をした。
生涯縁がないと思っていた友人という言葉が脳裏を掠めるくらいには。
「いや友人どころか一線超える気か!?」
ルイナスは想像力が豊かだった。
王族故に貞操観念も高いルイナスはトニーはおろか同性とも同衾した事はない。
ルイナス様をお守るためです。
そう言ったフランドールの顔が浮かぶ。
本当に、本当に腹立たしい事だが不覚にもドキリとした。
金の動きから第三者に察せられぬようゼニスはもちろんモニカからも金銭の支援は一切受けていないフランドールはルイナスの生活費を全て自腹を切っている。
尽くされて当たり前の地位にあるルイナスだが流石に思うところはある。
同衾くらいなら、まあ? 許さなくもない。
◼︎
「……で、貴様は寝んのか?」
「ルイナス様はこの山を見て私が寝れると思いますか?」
私のベッドに横になったルイナス様の問いかけに机に置いた書類を指差す。
今から一晩付き合う山だ。早く処理しないと精神衛生上良くない。
書類の山というのはなぜここまで人の精神を蝕むのか……人類に紙という発明は早過ぎたのではないか?
でも紙がなかったら世の中はきっと不便になっていたに違いない。
私は机に置いた紫色の炎が灯った蝋燭がルイナス様の睡眠を妨げないようにルイナス様から死角に移動させる。
ちなみにこれは蝋にだけ反応して燃えるという炎であり、書類ごと建物を燃やさないために開発された冒険者ギルド謹製の魔法アイテムで昔残業中の受付嬢がうっかり書類ごとギルドを燃やしたという失敗から生まれたとかなんとか。
「あ、めちゃ静かにやるんでルイナス様は気にせず休んでください」
「…………」
ルイナス様が無言で毛布に包まってしまった。
一つ屋根の下で暮らしてわかった事はルイナス様は騒いでいる間はまだいいのだが本気でキレ始めると静かになっていく。
やはり私と一緒の部屋で寝るというのは王族のプライドが許さないのだろうか? 親睦を兼ねて一緒にお風呂に入ろうとしたら桶が飛んできたし孤高こそが王者の証なのかもしれない。
とはいえ結界が直るまでは我慢してもらうしかない。私は仕事をしている内にルイナス様が寝息を立てるのを確認するとクラーケさんから受け取った巻物を広げる。
さてどうしたものか?
私が困っているのは厄災会議の場所となる会場の選定である。
ぶっちゃけると何処でもいい。というか辺境で開催出来たら楽だ。前回は王都にいた時に開かれたから王都で家から一番近い酒場を選んだ訳だし。
青薔薇……いや、月の雫でもいいかもしれない。酒場のテーブルよりは広い。
だが問題はマスター会議だ。
てっきり今日にでも会場の通達が来ると思ったのに全く連絡が来なかった。
クラーケさんにもう一日待ってもらうか? いや、次は首をポキッとやられてしまうかもしれない。いい人だが厳しい時は厳しいし。
となると残された手段は推察と直感でマスター会議が開かれる場所、最低でも国くらいは当てるしかない……言ってて無謀だと思わないのか私?
メアリさんの話ではエルドラドとその周辺国のギルドマスターを集めている。そこに私が選ばれた理由はなんだろうか? 普通に考えたら王都のギルドマスターで問題ないはずだ。
もし私に対して何らかの追求をメインにしているなら日程を延期してほしいなんて要求は無視されただろう。
となると要求は飲んででも私を呼び出したい理由があるはずだ。
私はチラリとベッドで眠るルイナス様を見る。毛布に包まっていた姿は今や大の字で堂々とした寝相の悪さを披露していたので落ちた毛布を軽く払ってルイナス様にかけ直す。
多分、ルイナス様の所在について探る気だなぁ。
周辺国から辺境へ差し向けられる諜報員の数は増えてきている。正式な部隊ではないにしても少々本格的だ。
まあ他国の王女が行方不明なんて知れば内情を探り、隙があれば攻める姿勢は正しい。
冒険者ギルドとしては国家間の戦争には何の徳もない。このまま真偽不明のまま膠着してほしいというのが本音だろう。
だが彼女は冒険者を私的に利用し国興しなんて企てた。それは冒険者ギルドの理念を冒涜する行為だ。多分ギルドはルイナス様を見つけたら消す気だな。
周辺国のギルドマスターまで集めたのは向こうで掴んだ情報と私の供述の差異を確認するためかな?
私がルイナス様を庇っていると判断したら一緒に消す気かもしれない。おお怖い。
でもこんな周りくどくやってる時点でルイナス様の所在は分かっていないと言ってるようなものだ。まあ、まさかギルド支部に匿ってるとは思うまい。灯台下暗しってやつだね。
「っと、余計な思考に逸れた」
今はマスター会議の場所を予測するのに集中しよう。
「くそッ、キサマも裏切るか……何? キサマも? お前も? マジ? 裏切り者多すぎだろ……裏切り者のバーゲンセールか?」
めちゃくちゃ裏切られてる……どんな夢なんだろう?
ルイナス様の寝言が気になって結局日付が変わるギリギリになってから巻物に開催地を記入する。
頑張れ未来の私!
私は正解している事をお祈りしながら書類の山へと手を伸ばすのだった。
ルイナス様は実はチョロいとわかったら付き合いやすくなるタイプ。




