第二話 サミットのお知らせ
深夜、アポなしで来訪した彼からゴボリと言葉が漏れ出る。
「このオレが冒険者ギルドなんぞに用があると思っているのか、フランドォル」
辺りがまるで水中に沈んだかのような無音が広がる中、ゴボゴボと水の中に響くような声が届く。
慣れ親しんだホールにいながら水底に立っているかのような冷たい感覚が身体を包み、息が出来なくて困る。
息出来ないんで、ちょっと抑えてもらっていいですか?
私は溺れた人間のようなジェスチャーを送る。いや、実際溺れかけている様なものだ。
今、目の前にいる人の周りは深海も同然なのだから。
マ、ジ、デ、シ、ヌ!
無呼吸受付業務が出来る私だっていつまでも息ができなきゃ死ぬしか無い。身振り手振りで溺死寸前アピールをしているとようやく周囲を満たしていた冷たさが引き、私は常日頃当たり前にある空気に感謝する。
「ゴホッ、ゲホッ、あー死ぬかと思った。あんまりか弱い美少女を虐めないでくださいよ」
「この程度で死ぬほうが悪いとは思わんか? フランドォル」
「全く、微塵も、思いません、が?」
そう言って私はぐしょぐしょに濡れた制限の裾を絞る。
辺りに水気は一切無い。だというのに全身を濡らすこの塩辛い水がつい先ほどまで私が海の底にいたのを物語っていた。
私は濡れた髪を摘んでわざとらしく口を尖らす。
「う〜、髪がきしむ。一応女の子なのでその辺気にしてるんですよ?」
「だったらこんな時間にィ、起きててどぉする戯けがァ」
「ぅっ」
ぐうの音も出ない正論だ。というか前に寝不足はお肌の敵って話をしたのを覚えてたらしい。
いや、覚えてたなら寝てるかも、と来訪は控えない? もし寝てたら今ので起こす気だったとか……? 寝耳に水ってレベルじゃないな。
「それにしてもご無沙汰していますクラーケさん」
ビッチャビチャのスカートを摘んでお辞儀する。
出会い頭に碌でも無い出迎えをされたが、コッチ方面の知り合いは大体こんな感じがデフォルトなのでこっちも普段通りに挨拶をする。
目の前にいるのは鍔の広い帽子を被った人の頭蓋骨の頬骨から下は無数の艶かしい黒紫色をした触手が垂れ、その眼窩からは海鼠のような青黒い目が伸びて私を見つめている。フジツボのついたマントを羽織り、船乗りを思わせる服の下は今は見えないが腐乱死体を思わせる軟体生物のような身体をした異形の魔人。
クラーケ・オーレ・オーシャ。
私とは古くからの知り合いで、深海の王なんてカッコいい二つ名で呼ばれている方だ。
初見なら丸三日は食事は出来ないであろうおっかない見た目だが慣れてくれば一緒にディナーくらいは出来るかな。
誘っても断られたけど。
「で、今夜はどのような御用件で?」
「わかっている事ォいちいち確認する気かぁ?」
いやわかんないって。たまたま近くを通りがかったから顔見せに来てくれただけかもしれないじゃん。
私としてはそっちの方が嬉しい。
「此度のォ案件にはキサマが必要になる。盟主代行として十三日後の厄災会議に来てもらう」
厄災会議、それは目の前にいるクラーケさんみたいな暴れたら世界を滅ぼしかねない人達が何らかの案件で揉めて、ガチで殺し合う前に一旦落とし所を見つけないか同格の人たちを集めて平和的に話し合う場である。
ここで話が拗れたら多分どっかの国が巻き込まれて滅びるからマジでやめてね?
そんなおっかない場に呼ばれるのは勘弁だが知らない内に争われるのも困る。
……しかし開催日が引っ掛かるな。
「十三日後?」
……マスター会議と日程被ってるじゃん。
「あのー、その日は先約がありましてぇ」
「……」
……足元が冷たい!
無言の脅しはやめてほしい。
「わかりましたって。行きます。行きますって……ところで今回の会議は何がキッカケですか?」
「新たにィ発見された王剣だ」
「あーなるほどぉ」
王剣、それは魔王を名乗るために必要な魔人たちの間に伝わるアイテムの総称で、遥か昔にその強大な力を封じて世界各地に散ったとされている。
恐らく見つかった王剣を奪い合って甚大な被害が出る前に話し合いで収めたいのだろう。
人間からすれば持っているだけで災厄や不幸を招き寄せる超が付く呪いのアイテムだが、これ無しに魔王を名乗るのは恋人がいないのに自分はモテる、と風潮するくらい恥ずかしい事だと私は解釈しており、魔王と名乗るに相応しい力を持つ魔人からすれば喉から手が出るほど欲しいアイテムのはず……会議めちゃくちゃ荒れそうだな。
「会議の場は一任する。明日までに選定しておけ」
そう言ってズルリと触手を伸ばして私に巻物を渡して来る。粘液でベタ付くが気にせず受け取って巻物を開く。
これには転写の魔法が込められており、ここに書き込んだ文字や絵が同時に魔法をかけた巻物にも反映されるようになっているというクラーケさん謹製のめちゃくちゃ便利なアイテムだ。
個人的にも欲しいから売ってくれないかな?
そんな巻物の内容を確認してみれば今回の会議の主題と出席者、そして何故か議長として私の名前がデカデカと記載されていた。せめて事前に相談してほしい。
空白になっているのは開催場所のみか、せめて時間も決めさせて欲しかったが、これなら場所をマスター会議が開かれる会場に場所を合わせれば何とか両方の会議に出席できそうだ。
「……間違ってもこの前のような場所を指定するなよぉ?」
クラーケさんの触手が私の顎を撫でてくる。そのまま首を絞めかねない迫力だ。
「今回は勝手がわかってますから大丈夫ですって」
まあ前の会議の時も忙しかったから場所は私に選ばせて、と頼んで当時王都に住んでいた頃、家から近い行きつけの酒場を会議の場に選んだのは失敗だった。
厄災に例えられる魔人たちが一同に介して小さなテーブルを囲む姿はかなりシュールで会議の前に私への説教が始まったもんな。
というか前回やらかした私にもう一度場所選びさせるとかクラーケさんも大概ヤバいな。
「今、新たな王は不用だ。この意味はわかるなァ?」
「アイアイサー。頑張るんで触手を首に巻き付けるのはやめません?」
ペチペチと触手をタップしているとズルリと離してくれる。
「ゆめ忘れるなァ、十三日後だ」
ゴツンと革のブーツを鳴らして踵を返したクラーケさんを呼び止める。
「え、もう帰るんですか? せっかくなんでお茶でも」
「茶なぞ飲むかァ、そんな暇があったらもう少しマトモな結界でも張っていろォ」
「クラーケさんが入ってくるのを防げる結界なんてあるんですか? ……というか別にクラーケさんが入って来るのを邪魔するような結界にはしてなかった筈なんですが」
だからこそ誰が来たのかわからなくて警戒したというのに。
「…………」
あ、この人結界に触れる前にぶっ壊したな?
魔法は得意なんだからせめて確認してからにしてほしい。知り合いが入って来るのを阻むような狭量な結界にはしてないんだから。
「戸締りして寝ろォ」
そう言い残すと波打つ音と共にクラーケさんの姿が消える。寝たいのは山々だが新しく仕事を持ち込んで来た人に言われてもなぁ。
手にした巻物を巻き直し懐に収める。
磯の香りのする身体を一度洗ったら仕事の続きだ。
「あー、なんか海鮮が食べたくなって来た」
内陸に位置するエルドラド王国では海鮮はかなり贅沢な品だ。なんせ海を見たことがない人も多い国である。
「あ、会議の時にクラーケさんに何か獲って来てもらおう!」
実に名案だ。彼にとって海は庭のようなものだし私の首を捻るより簡単だ。
そうなるとちょっと気が重い会議も楽しみになってくる。
大変な仕事の中にちょっとしたご褒美を用意する。これこそ仕事を楽しくするコツである。
フラン、会議のトリプルブッキングに挑む。




