第二十一話 先輩vs後輩
支部の屋上でセレナちゃんから聞かされたトニーさんの死。その後に続けられた内容に私は頭を抱えた。
「ちょっと待って!? じゃあ今会場で私そっくりの殺人ゴーレムが暴れてるの!?」
「ええ、まあトニーさんの不意をつくために先輩に似せた分、戦闘能力は低いから殺せても精々後一人か二人くらいですよ」
じゃあ今私そっくりのゴーレムが皆にメッタ打ちにされてるのか……なんか身体の節々が痛くなって来た。
「あ、今モニカ様に首飛ばされました。視界の共有はここまでですね」
「首をっ……!?」
つい自分の細首に手を当ててしまう。
五級への昇級の時は人間を真似たモンスターを倒せるかわからないなんて謙遜していたがしっかりやり切っている。ならきっといずれ上位に至れるだろう。
「モニカ様も強くなりましたね。今は五級でしたっけ?」
「モニカさんは前から実力はあったんだよ? ちょっと盗賊にも優しかっただけで」
「そっかー、皆一年で結構変わったんだね……」
「ねえセレナちゃん、これからどうする気?」
どういう事情があったとはいえ王族の護衛を襲ったとなれば罪に問われる。私が庇い切れるレベルはとっくに振り切っている。
「逃げる? 今ならいいルートが」
「……何でですか?」
「うん?」
「何でここまで先輩に迷惑をかけてるのに私を助けようとするんですか? トニーも殺して、先輩の顔にドロまで塗ったのに」
「何でって言われても」
トニーさんをセレナちゃんが殺したからといってセレナちゃんを恨む気はないし、その逆もまた然りだ。当人たちの問題が現在進行形なら私も介入しただろうがすでに実行に移した事はもう取り返しがつかない事だ。
そして本当にトニーさんが死んだとして、だからってセレナちゃんを国に引き渡したらトータルで私は大切な知り合いを二人も失う事になる。なら一人でも助けたいというのは当然じゃないだろうか?
……いや、これはもう少し私に力があればセレナちゃんが行動に移す前に止められたんじゃないかという自分の無力さを償うための……
「セレナちゃんが辛かった時に助けられなかった贖罪、かな」
私の言葉にセレナちゃんが力なく笑う。
「先輩が悪い訳じゃないです。だって先輩に気づかれない様にあちこち手を回したのは私なんですから」
「セレナちゃんが?」
「先輩って引くくらい色んな情報を集めちゃうじゃないですか……普段の先輩なら王女の来訪だってもっと早く気付いていたはずです。そうさせないよう先輩のキャパをオーバーさせるために色んな組織に情報や金を流して事件を起こさせて、依頼を増やして……それでも気付かれそうだから時期が近づいたら街中で横流しした違法ゴーレムを使った犯罪を犯そうとした連中のゴーレムを暴走させたりして……」
つらつらとセレナちゃんがその罪を吐露する。
私はこれをどういう心情で聞けばいいんだろうか?
「それに先輩も命を狙われたでしょう? あれ、誰が依頼流したか、わかってるんじゃないですか?」
「……セレナちゃんの口からは聞きたくないかな」
そんな私の望みは、やっぱりあっさり潰える。
「私に決まってるじゃないですか。流石に先輩も命狙われたら仕事を後回しにして自分の事を優先するかなって……ほとんどいつも通りでちょっと……いやかなり引きましたけど……」
「狙っといて引かないでよぉ……」
というか同僚にガチで命を狙われたのは三回目だ。セレナちゃんは目眩しがメインらしいからそれほど酷い目には合わなかったけど。
いずれにせよ、ここ最近の違和感の原因はわかった。
私のやり口をよく知っているセレナちゃんなら私の目を掻い潜れるし、私が懇意にしてる相手にも顔が効く。私から頼まれた、もしくは私に内緒でサプライズを計画してる、なんて言ってしまえば皆協力して私に情報を回さなかったんだろう。
今回使ったゴーレムの搬入や襲撃に利用した犯罪者が秘密裏に街に入れたのも私の裏口を利用されていたという訳だ……あれ、これひょっとして私が悪い?
「先輩はこれでも、私を助けるんですか?」
「別に私を殺したくてした訳じゃないし私は生きてるし、私はセレナちゃんをどうこうするつもりはないの……この話おしまい! ほら良い逃走ルートを考えよ! おすすめはねぇ」
「先輩」
私の前でセレナちゃんが手にした書類をその手に広げる。
羊皮紙ではない真っ白な紙。それは辺境ギルド支部の設立時にギルド本部とサーティン家の印章、そしてエルドラド王国の国璽が押された登記証明書である。
美しい紋章と金字で綴られたそれは辺境ギルド支部が運営していくには必須の最重要文書である。
万が一にもそれを失えばこの辺境ギルド支部の運営停止は免れない。
「セレナちゃん、それは本当にだめだよ?」
「ごめんなさい先輩、私を……許さないでください」
そう言って、その手に握りしめた証明書を細切れに引き裂いて紙片が宙を舞う。それを目で追った私はある事に気付き、目を伏せながら大きく肩を落とす。
私は本当にどうしようもない。大切な後輩のその後を仕事の忙しさにかまけて確認もしなかったせいで彼女がここまでする理由がわからない。
トニーさんに捨てられたからってギルドに楯突く必要なんてない。では何故か?
聞きたい事は沢山あるのに、今の私はギルドマスター代理としての責務を演じる必要が出来てしまった。
「セレナ・フィンテック……ギルドマスター代理として、ギルド規程に基づき、あなたを粛清します」
出来る限り感情を殺して、決して口にはしたくない宣告を最後の後輩に告げた。
◼︎
国に属さずに武装勢力を率いる以上、組織として守らなくてはならない規程が存在する。
国や領土によって多少の改定はあるものの、表向きの規程はどれもよくあるものばかりだ。
規程を破れば罰則があり、内容によっては降級処分、さらに悪くなればギルドからの除名処分もありえる。
そんな中、表向きは存在していない規程が存在する。
あらゆる依頼を引き受ける以上、ギルドに集まる情報は膨大なものになる。
ダンジョンから出土したアイテムの種類やモンスターの討伐依頼数、行商隊の往来の数に盗賊などに襲われた事案の数。一つ一つは大した物ではないにしても全てをまとめ上げるとその支部近郊の治安や国力が透けて見える。それは転ずれば戦争のキッカケにもなり得る情報となる。
一時期はそれらを求めて冒険者ギルドにスパイを送り込む国も多かった。故に冒険者ギルド職員の書類の扱いには無数の決まりがある。
中でも重要書類や機密書類といった金字で綴られた書類を意図的にギルド支部外への持ち出しや破棄を行なった者に対しギルドマスターは規程に基づき、対象への粛清が義務付けられている。
「セレナ・フィンテック……ギルドマスター代理として、ギルド特務規程に基づき、あなたを粛清します」
フランドールのその宣告に、セレナは紋章の刻まれた手の甲を強く握る。
「蠍尾、起動」
セレナの声紋に反応して制服に仕込んだ核が起動すると屋上の石タイルが核に吸い寄せられ、セレナの尾てい骨から歪な蠍の尻尾が形成される。
それはゴーレムクラフトの学習過程で生まれた装着型ゴーレムであった。
「ッ!」
風を切って振り下ろされた尻尾はフランドールに目掛け叩きつけられると床に巨大なヒビが入り、舞い上がった粉塵で視界が塞がる。
セレナがトニーを倒すために見出した可能性は彼が手を出しにくく、なおかつスキルを絶対に使わない相手……すなわちフランドールを再現するためにゴーレムクラフトの技術に目を付けた。
そしてそれはセレナにとって自らも知らなかった才能を開花させるキッカケであった。
僅か半年で既存のゴーレム製造技術を過去のものにし、ゴーレムをいわゆる使い魔としてではなく自らを強化する鎧に見立てた新しいゴーレムの稼働術式を生み出した。
とはいえセレナ自身には戦闘に秀でた才能がない。視界を塞ぐような大味で雑な攻撃を取ったのがその証拠であった。
「先輩……死んじゃいましたか?」
想像以上の威力に自分でも驚くがセレナはこの程度ではフランドールがくたばらない事をよく知っている。前任ギルドマスターが蒸発した時、フランドールは口封じに殺された……生きてたけど。
あの時に比べたら今の攻撃は蚊に刺されたようなものだろう。
尻尾を身体に巻き付ける様にしてセレナは土煙が晴れるのを待つ。こういった時に無闇に攻撃しては危険だということは数多の冒険者たちの報告から学び取っている。
この土煙に乗じて逃げたかもしれない。だが支部を囲む様に配置した鳥型のゴーレムの視界にはフランドールが出てきた様子は映っていない。複数の視界共有にセレナの脳への負荷は常人には耐え難いものだが、地獄の残業に比べたら大した事はない。
この小動物サイズにまで抑えたゴーレムの開発、ゴーレムとの視界共有もまたセレナの成果であった。
これら全て駆使してようやくギルドの業務を並行するフランドールを出し抜けたという有り様でセレナは改めてフランドールの異常さに震えたものだ。
「人型に落とし込まずに部分的に動くゴーレム……? すごっ、オリジナル? ……どうしてウチの受付嬢のみんなは受付嬢をやってたのか不思議な才能を持ってるんだろ……?」
ようやくフランドールの反応が返ってくる。
土煙が晴れた先に立っていたのはセレナがあまりにも見慣れた受付嬢の装いになった姿であった。
「……先輩、もしかして今の隙に着替えて来たんですか?」
「だってアレ一張羅だよ? 流石に着替えるって」
命を狙われた一撃の直後に着替えて来る余裕があるというのがすでにどうかしてるが、制服はフランドールが受付嬢の身を守るためにどこぞの魔法使いに頼んで魔法を幾重にもかけられている。戦闘を行うなら理にかなった選択ではある。
身構えたセレナに対してフランドールはどこまでも自然体だ。だがセレナの瞬き一つの間にその距離をゼロまで詰めていた。
「ッ!?」
蠍尾の甲殻でフランドールの拳を受けられたのは運が良かったと言わざるを得ない。
なんせ続け様に放たれたフランドールの蹴りは蠍尾の隙間を縫う様にセレナの腹部を蹴り抜いてきたのだから。
制服の防御魔法がなければ一撃で意識を持っていかれただろう。
軽く数メートルは蹴り飛ばされたセレナは蠍尾の先端部を床に突き立てて速度を落としてから着地する。
「いま、のは……!」
数メートルは離れていた距離を一瞬で詰めるその動きは単純に速いという訳ではなかった。その距離を詰めれる速度を殺さずにセレナを攻撃していれば間違いなく一撃で終わっていたからだ。
「まさかあの盗人の!」
「本人は反省してるんだからその呼び方やめたげて!」
「くっ!?」
セレナは再び一歩でゼロ距離まで寄って来たフランドールが振り下ろした踵から飛び退く様にして回避する。
今見せた動きはセレナの人生において不快な人物ワーストランキングの上位をキープしている男、クライム・エッジが得意とする歩法術、縮地だ。
目的地となる足場を足元に寄せるという意味不明な瞬間移動で魔法でもスキルでもない……鍛錬の果てに辿り着く境地、超技能と呼ばれるカテゴリーに類する技だ。
「なんで先輩が使えるんですか!?」
「いや、報告内容が嘘くさすぎて移動方法についてカラクリを聞き出してたら教えてくれました」
セレナは絶句する。そういえば冒険者たちの報告で戦い方や倒し方に矛盾や疑問があったら根掘り葉掘り聞き出す人だった。大抵の冒険者は話を盛るからな……。
フランドールがそういった冒険者たちの戦闘考察においてセレナが知る限り思考を放棄したのはそれこそトニーくらいだった。まあ光ったら全て終わりなんて理解のしようがないのはわかるけど。
だからって聞き齧った技術を自分でも出来る様にまでになる?
セレナはあのクライム・エッジの事件を思い出して歯噛みする。
先輩の期待と信頼を裏切り、商会ギルドから超が付くほど罵倒され、毎日のように謝罪に行くあの背中は本当に痛ましかった。
そして先輩が謝りに行っている間の業務がセレナに集中したあの地獄の期間を生み出したクライムをセレナは今でも恨んでいる。
「そういえば最近会ってましたね。実はそういう関係だったんですか?」
「? そういう?」
ダメだこの人。やっぱり愛とか恋とかそういった部分がまっったくわかってないじゃないか。
セレナは視界から唐突に消えたり現れたりするフランドールからの攻撃を防ぐのは諦めて蠍尾を縦横無尽に振り回して攻撃する隙を与えないという戦い方に移行する。
しかしフランドールは迷わずに突貫して来た。
自らが犠牲になる事に全く躊躇しない性格の現れのような行動に対しセレナは蠍尾で抉り取るように自らの周囲の床を破壊する。
あの歩法術が足場を引き寄せるのであれば踏み抜こうとした対象が破壊されて唐突に無くなればバランスを崩すか失敗するはずだ。
だがセレナはいざ戦うと決めたフランドールのセンス……というか想像以上に容赦がないという事を思い知らされる。
「なっ!?」
眼前にフランドールの靴底が迫る。
虫も殺さない様な笑顔をするくせに、セレナの顔面を足場と見做した縮地を使って踏み抜いて来たのである。
「ひゃっ!?」
咄嗟に顔を逸らしたがバランスを崩したセレナの足をフランドールが払い、背中から転倒させる。セレナが戦闘技能に秀でていれば蠍尾で身体を支え、攻めに転じられただろう。
しかし所詮一年前まではデスクワークがメインの受付嬢。そのまま背中から落ちて無防備になったセレナの頭に目掛け、天まで振り上げたフランドールの踵が振り下ろされ、床が叩き割れる音と共にぶしゃりと何かが潰れる音が屋上に響いた。
実はちょっと戦える系ヒロイン




